第2話 村にて



 俺は思い出をたぐりながら、神社がある方へと向かった。確か小学校の裏山に石の階段があって、その階段を上がった先に神社があったはずだ。


 小学校は、メインストリートの裏路地を抜けた先にひっそりと建っていた。廃校となってしまった学校はとても空っぽな感じがした。夏休みなどで子供がいない学校と決定的に違う何かがあった。空虚な感じが。

 この小学校の隣には味噌屋の倉があり、今も味噌を仕込んでいるはずだ。その隣には消防団の待機所がある。メンバーは老人ばかりだろうが、それなりに活動は続いているはずだった。だが、今はどちらも無人のようだ。あたりには誰もいない。聞こえるのは虫の鳴き声だけだった。


 裏山を見上げる。結構高さがある。この村全体が山を切り開いて出来た土地にあるのに、その村の中にさらに山があるというのも不思議な気がした。もしかしたら人工の山なのかもしれない。

 裏山のふもとには石造りの立派な鳥居があり、そこをくぐった先に石段があった。思い出にあるより幅が狭い。人とすれ違うことも難しいほどだ。階段を上がり始めると、20段ほどで息が上がった。まだ緑色を保ったままの紅葉が階段にしなだれかかっていて風情があったが、そんなものを見上げる余裕はすぐに消えた。

「都会暮らしで体が鈍ったかな……」

 そんなひとり言を言いながら、太ももをよいしょと持ち上げて、階段を上がっていく。


 50段ほど上がると、広場に出た。その更に先にまた階段が続いているのが見える。が、そちらに行く必要はない。俺の目的地はこの広場であった。

「結構広いな……」

 おそらくテニスコート3枚分ぐらいあるのではないだろうか。

 子供のころ、祖父母に連れられて、よくこの広場に来た。ここで村人は夏祭りをしたり、餅つきをしたりしたものだった。ここで御神輿を担いだこともあった。だから、この土地は神社のものだと俺は思っていた。きっと村人たちもそう思っているに違いない。

 だが、そうではなかったのだ。



 役所の人の言葉を思い出す。

「鳴沢さんの曾祖父の時代になるのですが、神社前の広場は、村に住む全男性の名で登記されたようです。つまりその土地は村の男全員の共同所有となったわけです」

 曾祖父というと、ひいじいさんだから、明治から大正にかけての話だろうか?

「そして、曾祖父の皆さんが亡くなったとき、土地の相続が行われず、今日まで放置されてきたようです。固定資産税は村人を代表して誰かが払ってきたようなのですが、それが昨年にストップしました。そこでうちが調査しましたところ、最後に払っていたのは鳴沢栄一朗さんだったことが判明いたしました」

 伯父さん、人が良かったからな。

「現在、その広場は誰のものなのか役所もよくわかっておりません。なんせ大正時代に登記されて、その方々の子孫が今どこにいるのか、全部で何人いるのかもはっきりわからないのです。もしかしたら相続人が1000人いるなんてこともあるのかもしれません。しかし、確実に言えることが一つあります。それは、古くからその村に暮らす世帯の方は全員が土地の所有者であり、納税義務があるということです」

「はあ……」

 なんとも返事のしようがない。

「それで、まずは鳴沢栄一朗さんのご親族にお手紙を差し上げて、一番最初にご連絡いただいた方に村人代表になっていただこうと役場のほうで勝手に決めさせていただきまして、最初にお電話してくださった鳴沢祥吾さんがこのたび代表になったというわけです」

「待ってください、そんなの勝手に決められても困ります」

 なんだ、その詐欺みたいな話は。

「そちらの固定資産税は結構お安くなっておりますので、それほど御負担にはならないかと」

 トンチンカンなこと言い出したぞ、この役所の人。

「いや、値段の問題じゃなくてですね」

 固定資産税を払うということは、土地を所有すると認めることになりはしないか。そうすると管理の問題も出てくるだろう。飛行機の距離に住む俺が代表者に適任だとは思えなかった。

「お支払いいただかないと困ります。税金を滞納されますと差し押さえとか、いろいろ面倒なことになりますよ」

「そんなこと言われても困るんですが」

「そうですか……。それならば、これは、ご提案なのですが」

 役人は急に声をひそめた。

「八須見村に行って、税金を肩代わりしてくれそうな方を探されてはいかがでしょう? うちとしては税金を支払っていただけるのなら誰でも構いませんから」

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