「トロージャン」

戦争という状況において、敵対する者の命など特に軽いものである。

そこにいちいち憐憫などをかけていたら、自らの死にも繋がるからだ。


そんな事が出来るのは、絶対に負けぬという自信と余裕と実力のある者だけである。



――――――――――――


岩陰に二機のアームヘッドが対峙していた。


片方は帝国の文月、その鎧は黒く表面には黄金の文様が走り、高級感を醸し出している。

もう片方は連邦のヴァンデミエール、既に四肢を激しく損傷しており、地面に倒れこんでいた。


文月は両刃槍を回転させた後にヴァンデミエールの鼻先に突き付けた。

ヴァンデミエールは多少もがくものの、最早それ以上機体が動かないらしい。


あと一撃とどめを刺すだけで、この小さな戦いは終わりを告げるだろう。


文月が武器を振り上げた時である。そのコクピットに通信が届いた。

モニタからは敵機の送ってきたものであると確認できる。

投降を申し出る気であろうか?仕方なく回線を開く。


「・・・・・・し、死にたくない!どうか!命だけは!・・・・・・」


案の定そうであった。


「何を今更。それを捨てる覚悟が無いのならば、どの道待つのは死だけだ・・・・・・!」


黒の文月は無情にも、槍と角で足元の敵を串刺しにした。


ヴァンデミエールの崩壊を確認した直後。

突然、文月のモニタの表示が歪みだし、次にはノイズの砂嵐が流れ、そして・・・・・・。

「!?」

帝国パイロットは我が目を疑った。

自機の腕がひとりでに動き出し、手先の両刃槍を振り回し始めたのだ。


「何だ!?止まらないっ!?」


やがて落ち着いたその矛先は、自らのコクピットに向けられていた。




プラント帝国軍のとある基地の一室に、三人の軍服の姿があった。


「キャロライン!ダーカス!俺たちの次の任務が決定したぜ!」

部屋に入ってきたばかりの若い男が言う。


「おっ!?やるじゃん!さっすがリーダーじゃん?」

呼ばれた一人の男、ダーカスが答える。


「一体どんなお仕事なの、ジン?」

続いて紅一点、キャロラインだ。


「要するにリズの重要補給基地を叩くって作戦だ!

 そこには何度も襲撃をかけちゃいるが、今まで行ったどの部隊も返り討ちにされたって話だぜ」

リーダー、ジンが言う。


「そんな任務を任されるってことは、オレら『カロータ隊』も名を上げたってことじゃん!?

 ホームランド防衛戦やゼリーフライ作戦でのオレらの活躍が、

 いつのまにやらネームバリューを高めてたってやつじゃん!?」


「でもでも、そもそも捨て駒にされてるって考えられない?」


「心配ないぜ!この作戦には他の部隊も助っ人で来てくれるようだし、

 更にあの”血染の羽毛”までも参加するらしいって噂だ!」


「・・・・・・じゃあむしろライバル多すぎって感じじゃん!」


「ま、どっちにしても、私たち『カロータ隊』にとっては、

 ”超えるのに申し分ないハードル”なのよね!」


「その通りだぜ、キャロライン!

 俺たち『カロータ隊』には根となるチームワークが、葉となるアームヘッドがある!」


「それって師匠のお言葉じゃん?」


「これは、私たちが師匠を超えていくための、大きな一歩になるわ!」


「見ててくれよ師匠!俺と『カロータ隊』の、

 そして俺の新機体、武甲文月の真の力を!!」


「私の高機動型弥生もね!」


「ついでにオレのブートン・デスメタルカスタムもよろしくじゃん!?」


こうして、アームヘッド遊撃小部隊『カロータ隊』は、次なる戦いへ向け息を合わせるのであった。




所変わって、リズ連邦軍の中規模補給基地。


汚らしい廊下の端を、一人の少年がとぼとぼと歩いている。

頭を下げ、伸ばしたままの髪は目や顔を隠し、体に力は入っていなく、だらりとしている。

その上に頬はこけ、全身がやせ細り、実に不健康そうな外見で、その様はホラー映画の怪奇をも思い起こさせる。


しかし彼は、迷い込んできた孤児難民などでは、決してない。

そう、パイロットなのである。

それも、この基地の数少ない『番人』の役に就いている。


彼が、足を引きずりながら食堂に入ると、席に座っていた屈強な体つきの男たちが睨みつけていた。


「俺たちが、今度この基地の防衛に派遣されてきたメンバーだ。宜しく」

少年は返事も返さず、ただ静かに、端の薄暗い席について通信端末をいじくった。



「・・・・・・挨拶もなしか。なるほど・・・・・・

噂通りのガキだな」


「お前、今までここに派遣されてきた部隊を、

みーんな盾にして皆殺しにしてきたらしいなぁ!」


「なぁ、噂の味方殺しってのはどうやってんだ?

知りてーな、俺らを殺して見せてみろよ?」

男たちが口々に言うが、少年は何の反応も見せぬままだ。


「シカトこいてんじゃねーぞ!このクズ野郎!!」

一人の短気な男がいよいよ少年を蹴り飛ばした。

少年は、文字通り紙クズのように無様な態で転がっていった。


「あぁ?どうした?俺を殺してみろよ!」

喧嘩慣れしている他の男達は、出る幕もないとその様子を笑って見ているだけだった。



「・・・・・・・・・る・・・・・・・・・ゃる・・・・・・・・・」


少年が口を開いた。



「あん?聞こえねーよ!!?」



「・・・・・・・・・てやる・・・・・・!・・・・・・してやる・・・・・・!!・・・・・・」


低く小さく唱えられた念仏のような少年の言葉は、僅かにしか届かない。



「だから殺ってみろッつってんだよッ!!」

短気な男は少年にもう一度蹴りを入れる。

それから唾を吐き捨てた後、その得体の知れぬ底なしの怒りを床に叩きつけるように、

足音を響かせながら去っていった。


食堂が消灯された後、少年は再び、ゆっくりと廊下を歩いて行った。



少年はパイロットであるが、普通のパイロットではない。

基地に立ち入る者を壊滅させる存在として、先ほどのような人々にも名が通っている。

だからといって、異名を持つような凄腕のエースという訳でもない。

彼に対する”クソ野郎””最低の屑”などといった暴言こそが、もはや彼の異名となっていると言っても過言ではない。


しかし彼自身は、匿名のソーシャルメディアなどにおいて”トロージャン”という名を好んで名乗っている。



自室に戻った少年は、卓上通信端末を起動すると”トロージャン”としての活動に入った。


「・・・・・・ああいうバカは本当に死ななきゃ理解できないようだな・・・・・・

 まぁ駒として扱うにはバカな奴の方が気楽でいいんだけどさ・・・・・・」


”トロージャン”はぶつぶつと言いながら、慣れた手つきで裏・動画サイトを開いた。

それから携帯型記憶装置を接続して端末内にデータを移動すると、

サイトに一つの動画ファイルをアップロードした。


その動画は『発狂パイロット』シリーズと題したものの一つだ。

今回の内容は、ヴァンデミエールを倒したはずの黒い文月が、突然暴走し自殺を始めるというもの。

映像は何故か様々なアングルで撮影されており、更には暴走機パイロットの悲鳴までも録音されている。

それは通常の手段では出来ないことであったし、ヤラセや合成にしてはあまりにも生々しすぎた。

こういった動画を撮影し演出できるのも、”トロージャン”の特権なのだ。


しばらくすると彼の端末の画面に、幾つもの警告の表示や怪しげな画像が点滅を始めた。

少年は小さくため息をつくと、自身の作ったソフトウェアを立ち上げて、

それらウイルスやマルウェアの送信元を一挙に特定する。

先ほどの動画サイトや、彼の存在に反感を抱くネットワーク上の人々からの攻撃であった。

”トロージャン”は彼らに対し、お手製の複合ウイルスをぶち込んで、停止あるいは再起不能に至らしめた。


少年はパイロットである前にハッカー、クラッカーであった。

万能とまでは行かないが、悪質であるという点では天才的なレベルに達している。

”トロージャン”はネット上において全ての邪魔を排除する方法を知っていたし、

逆に特定の相手を永続的に苦しめ続ける方法も知っていた。


彼は動画のみるみる上がっていく再生数と支払われる広告料、溜まっていく閲覧者の個人情報、

どしどし寄せられる誹謗中傷コメントを確認すると、薄ら笑みを浮かべて端末の電源を落とした。




ある夜のことである。

リズ連邦・中規模補給基地の周辺、取り囲むようにして残っている未整備の悪地に、

プラント帝国軍アームヘッドの連合部隊が集い、敵の様子を伺っていた。


その中には、遊撃小部隊『カロータ隊』や”血染の羽毛”セイントメシアの姿もあった。


「これまた随分と手薄じゃん?」

カロータ隊の一人、ダーカスが言う。


「向こうもまだ様子を見ているのかもしれないわ、

隠し玉で大物がいるのかも」

チームメイトのキャロラインが返した。


「何であれ俺たち『カロータ隊』はベストを尽くすだけさ!

 各機戦闘用意!一番乗りで行くぞ!!」

リーダーのジンはそう言い、新たな愛機・武甲文月を走らせた。


カロータ隊の三機の突入を受け、補給基地から防衛アームヘッド群が展開を始める。

ブリュメールの砲火網を、三機のアームヘッドが掻い潜り距離を詰めていく。

続いて残りの帝国アームヘッドも岩陰から飛び出し、カロータ隊に気を取られている敵機に対し追撃を始めた。

連邦の防衛アームヘッドはそれ以上数を増す事は無く、物量の差では帝国側が勝っている状況だ。


「どうりゃぁ!!」

ブリュメールの一機が、大砲で弥生を殴りつけて地に埋めんとする。

弥生は激しい衝撃を受け、足関節がひね曲りよろめいて倒れた。


「雑魚め・・・・・・!」

ブリュメールはブレードを抜いて手早く止めを刺す。

突如そこへ通信が入る。信号は味方からのものであった。

「こりゃ・・・・・・あんガキか?」

周囲の敵機に注意を払いながら回線を開く。


「・・・・・・・・・・・・・・・」


しかし流れてくるのはノイズだけである。


「何だ?もっとデカい声で言いやがれ!こちとら忙しいんだ!!」

だが少年の声が聞こえるよりも早く、弥生の一群が襲い来たために、

ブリュメールは通信を切って迎え撃つこととなった。


ブレードを振る瞬間のことだった。

機体は途端に手を放し武器を放り投げて、動かなくなった。

「クソッ!?」

ブリュメールは六機の弥生の刃に一斉に貫かれ、装甲を破られる致命傷を負った。


「・・・・・・まさか・・・・・・ガキに、殺される!?」

満足に動くことの出来なくなった連邦機に尚も弥生の群は迫る。


丁度その時、それぞれの弥生に受信が知らされる。

それは目の前のブリュメールが出した投降申請で、弥生は刃を向けたままで攻撃を止めた。

「投降!?オレがか?」

ブリュメールのパイロットはモニタを見て愕然としていた。

彼自身は、投降する意思はなくまだ足掻いていたのである。


弥生は敵機を足元に、その武装を破壊して無力化を行っている。

しかし、その矢先である。

弥生の群れは突如として、両手とアームホーンを乱雑に振り回し、ブリュメールの周囲を走り回りはじめたのだ。


「なんだクソ!今度は何だよ!!」

短気な連邦パイロットは、”トロージャン”に対して通信を入れるが、繋がらない。

弥生はやがて、ホーンを足元に叩きつけて敵機を少しずつ啄んでいく。


「・・・・・・おいバカ!?やめろ!・・・・・・やめさせろ!!?・・・・・・」

機体を貫く刃は次第に速度を増していく。


「・・・・・・もう・・・・・・やめてくれ・・・・・・助け・・・・・・」


情けない悲鳴を上げながらもブリュメールは、

弥生のアームホーンによってメッタ刺しにされ、原型を留めぬ程にバラバラの残骸となった。



”トロージャン”は暗闇の中でモニタの光を浴びていた。

僚機が倒されたその頃、頬張っていたポテトチップスをコーラで飲み下した。

「悪いのは、殺せと言ったオマエだろ・・・・・・?

 まあでも、おかげさまで六匹も引っかけることが出来ただけ、無駄死にじゃなかったね」



暴走を始めた弥生の群は、他の帝国機に対しても見境なく攻撃を仕掛けた。

その標的の中にはブートン・デスメタルカスタムの姿もあった。

「いったい何事じゃん!?」

カロータ隊の一人・ダーカスは、ブートンの持つ鎖鎌で弥生の攻撃をいなす。

同時に後退するが更に別の弥生に切り込まれて、浅い傷を負うこととなった。

「しっかりするじゃん!?気を確かに持つじゃん!?何が起こったわけじゃん!?」

ダーカスは二機の弥生に通信を回し、パイロットの状態を確かめる。

すると返答は確かにあった。

「分からない!!ただ・・・・・・」

弥生からの声はそこで途切れた。

それと同時に、モニター上の表示がぼこぼこと激しく歪み、後にモノクロの砂嵐へと変化した。

ダーカスの目前にあったノイズは、やがて薄れ、モニタにはあるものが浮かび上がっていた。


そこに映し出されていたのは、伝説上の生物"馬"の半ば腐乱しているような死骸であった。

唖然として見ていると、死骸の腹部が不可解に収縮し、中で何かが動いているのが判る。


「冗談きついじゃん・・・・・・」

ダーカスはモニタを操作しようとボタンを押すが、馬の腹が動くだけだった。

続いて機体の操縦桿を動かす。馬の腹が膨れるだけだった。


操縦不能となったブートンに対し、二機の弥生は改めて武器を振り上げる。


ダーカスはいよいよ死を覚悟して目を瞑った。

しかし外から響く激しい衝突音に、開眼せずにいられなかった。


「大丈夫か!ダーカスッ!!」

「私たちが来たからには!」

暴走弥生からブートンを救ったのは、同じくカロータ隊の武甲文月と高機動型弥生だ。


「二人ともっ・・・・・・命の恩人じゃんっ!」


「何、『カロータ隊』リーダーとして当然の事をしたまでだぜ!」

「さあダーカス、気を取り直してこの状況の原因を探るわよ!?」

チームメイトのジンとキャロラインがそれぞれ言う。


「ありがとじゃん・・・・・・。

 そ、そうだ、さっき弥生に通信したら、いきなりブートンが操作効かなくなったんじゃん?」


「えっ?それって・・・・・・」

キャロラインが言いかけた時、彼女とジンのアームヘッドは、

弥生とブートンの同時攻撃に晒されていた。


「ちくしょう!ダーカスまでッ!?」

武甲文月は背後の弥生を弾き飛ばして、もう一度ブートンへ向いた。

「どうして!?『敵』はいったい何者なの?」

高機動型弥生も、暴走機体の包囲から抜けきった。


「申し訳ないじゃん・・・・・・完全に乗っ取られちゃったじゃん・・・・・・」

ブートンは依然として武器を振り回し、弥生群と互いに傷つけあいを始めた。


「キャロライン!暴走機の武装解除を行う!」

「了解!」

カロータ隊の二人は、暴走したアームヘッドを引き剥がす為に再び飛び込んだ。

武甲文月はブートンを蹴っ飛ばして群れから離し、更に接近をかけた。

すぐさま立ちあがったブートンは鎌を振り下ろし、文月の装甲を貫く。

「これ以上は無理じゃん!?・・・・・・早くオレを倒すじゃん!?」

ダーカスが促すも、ジンの機体はブートンの両腕を掴んで、力づくで攻撃を封じていた。

「何言ってんだ!俺たちはカロータ隊の仲間だ、助けるのに努力や命を惜しむかよ!」

「リーダー・・・・・・っ」

「ジン!ダーカス!大丈夫!?」

キャロラインの弥生もブートンの背後に周り、腕に手を回して動きを封じる。

「行くぞキャロライン!せーのっ!!」

二機のアームヘッドは、同時にブートンの肘先を切り取って武装解除した。

それでも残りのアームホーンや大砲が封じられたわけではない。

もがくダーカスを、ジンとキャロラインが肩を持って抑え、三人四脚の形で後退を始めた。


その直後。

ブートンの膝が力なく折れて、全く動かなくなった。

それは先ほどまで盛んに動いていただけに、麻痺でも起こしたかのような止まり方だった。


「しっかりしろ!ダーカスッ!!」

「だめ・・・・・・じゃん・・・・・・!?」


武甲文月と高機動型弥生がブートンを起こした時、

正面から突進してきた弥生がアームホーンを展開、

ブートンの大砲から胴体、背中までを貫いて爆散させた。


「ダァァーカァァースゥゥッ!!??」

「いやぁーッ!?」


ダーカスは、カロータ隊の仲間に支えられた状態で、その目の前で殺されたのだ。




”トロージャン”はその光景を、不気味に笑いながら撮影していた。

「他人を命懸けで助けようとすんのは大したもんだよ。

 でも必要なのは自分の心配だったんだよね。もう手遅れだ」

少年はそう言いながら、親指で二枚のコインを弾いた。



「きゃっ!?何!?」

親しんでいた仲間の死に、パニック寸前だったキャロラインの元に、

追い討ちをかけるように次の変化が襲った。


ダーカスと同様、彼女の機体のモニタにも、不可解な馬の死骸が表れていた。

キャロラインが自らの暴走を止めるために操作するが、その努力は実らなかった。

高機動型弥生はブースターを全開にして急加速、すれ違いざまに別の弥生の首を刎ねた。


「落ち着け!そいつらは操られてるだけだ、キャロライン!」

「違うわ!?私も乗っ取られてるの!!」

「何だと!?」

キャロラインの弥生は両手の短剣でジンの文月に斬りかかる。

武甲文月は刀でそれを弾いた後、もう一方の手で弥生の腕を捕えた。

高機動型弥生は、掴まれている文月の腕に狂ったように何度もナイフを突き立てる。

「もう・・・・・・ダメだわ!早く、私から離れて!ジン!!」

「くそッ・・・・・・!俺は・・・・・・ッ、どうすればいいッ!?」


セイントメシアが、残骸となった最後のブリュメールを蹴飛ばす。

「ここのアームヘッド・・・・・・まるで酔っ払いだ」

連邦側の防衛アームヘッドは全滅したはずだが、依然として戦火は飛び交っていた。

「やはり妙だ。帝国機までもが暴走を始めている・・・・・・!」


武甲文月と高機動型弥生の刃が激しく交わる。

それは模擬戦の時とは違う、命を奪いにかかった攻撃だ。

「ジン・・・・・・手加減はしないで、私があなたを殺してしまう前に・・・・・・」

「キャロライン!俺はお前に負けないし、お前もそんなラジコン操作なんかに負けやしねえよ!!」

「だけど・・・・・・っ」


その時、二機の頭上に月を背負った影が現れる。

”血染の羽毛”は、体にまとわりついた弥生を翼を広げて弾き飛ばし、カロータ隊に接近をかける。


一方”トロージャン”はろくに噛んでないポテトチップスを飲み込んで喉を傷めた。

「ちっ!セイントメシアが割り込んできやがった!」

そして少年は仕方なさげに手元のスイッチを押した。


「・・・・・・うわっ!?これが、俺たちを・・・・・・」

武甲文月のモニターにも馬の死骸が表示された。

やがて画面の半分にキャロラインの様子が映り、彼女の方でもジンの姿が映しだされた。

「一体どうしたの!?次はなんなの!?」

パニック状態のキャロライン。

「わからない!俺もお前やダーカスと同じになっちまったようだ!」

ジンがコントロールパネルを殴る。


「・・・・・・応答しろカロータ隊!何が起こったか!?」

セイントメシアは二機にそう通信を送ったはずだったが、それはメシア自身のOSによって阻まれた。


モニタには幾つもの警告表示が浮かび、送信先回線から数千種ものウイルスが検出されたと告げていた。

「ウイルス・・・・・・通信によって全てのアームヘッドが感染していたのか!?」

それは恐らく真実であったが、敵味方関係なく死に至らしめる電子攻撃など正気の沙汰ではないと思えた。


武甲文月と高機動型弥生が、”血染の羽毛”に襲い掛かる。

メシアは剣と短刀を二振りの翼で受け止め弾く。

そしてスタッフで横なぎするが、二機が避けて掠めるだけに留まった。

「こうした動きをするのは、単に暴走しているわけではない、何者かが操作しているということだ」


”トロージャン”の周囲には幾対もの操縦桿があった。

彼は今、片手につき一体の敵アームヘッドを操作している。

「セイントメシアが相手じゃあ、この二人にはもう少し粘ってもらわないと!」

少年はそう言って、足元のペダルを数回踏んだ。


”血染の羽毛”が二機の帝国アームヘッドとのチャンバラを演じる間、

その装甲の表面では数回、鋭く短い金属音がした。

「何だ?」

危険を察したメシアが、背後に向かって回し蹴りを放つ。

足先のホーンは、飛んできた注射針のような矢を引き裂いて、その中の液体を撥ね散らしていた。


武甲文月の刀がセイントメシアのスタッフと競り合う。

そこへ襲い来る高機動型弥生のナイフは、開かれた血染めの翼によって受け止められた。

しかし次に彼を襲うのは、飛来する幾つもの注射針。

メシアは前後のアームヘッドを無理矢理弾くと、次いで針を蹴りで弾いた。

方向の変わった毒矢は、文月と弥生の肩口を射抜き、すぐさま武器を手放させた。


”トロージャン”はコーラを吐くような勢いで笑った。

「スゴい、スゴいよ”血染の羽毛”!!

 電子ウイルスも物理ウイルスも完璧にガード!!

 ・・・・・・流石だね。だけど負けを認めたわけじゃない。ここからが本番さ」

少年は、一瞬のみ文月と繋がれたセイントメシアの回線を突き止め、ハッキングしようと模索する。

それから興味を失ったカロータ隊の二機を思い出し、二つのサイコロを投げた。

「おっ?・・・・・・まあいっか」


ジンとキャロラインはモニター越しに見つめ合っていた。

「うう・・・・・・わたしは・・・・・・わたしたちは・・・・・・」

「泣くなよ、キャロライン。

 救世主セイントメシアが何とかしてくれるさ・・・・・・」


次第に腹の動きが早くなる馬の死骸。

そして突然に駆け出す、武甲文月と高機動型弥生。

アームホーンを立て、”血染の羽毛”へ一直線に突撃する。


同時に彼らを囲むようにして無数の注射針が射出される。


セイントメシアは一瞬にして高く飛び上がり、それら全ての攻撃を回避した。


しかし走り続けた文月と弥生は、全身を毒矢に貫かれ、

そのフレームが、細胞が硬化して動けなくなった。


走った勢いのまま、向き合って空中で衝突する二機。

そのアームホーンは、互いに深く突き刺さっていた。


「・・・・・・き、キャロ・・・・・・ライン・・・・・・ッ・・・・・・」

「・・・い・・・・・・いやぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」


激しく動いていた馬の死骸の腹は、破裂して幾つもの血塗れの頭蓋骨をぶちまけた。


カロータ隊の二人は、目前で死に絶えていく仲間の生身の姿を、

互いに見ながら死んでいくこととなった。



「流石のセイントメシアも、お二人さんを救う方には手が回らなかったね。まあ妥当。

 さあ、次は君の番だよ”血染の羽毛”?」

そして”トロージャン”は恐るべきスピードでキーボードを叩きはじめた。



セイントメシアが足元を見下ろす。

暴走していた弥生もいつの間にか相討ちとなって果てていた。

既に敵・味方共に、生存している機体反応も無くなっていた。

では、後は補給基地を潰せば終わりだろうか?

それは違う。

アームヘッドを電子ウイルスで操作する者、

注射針の物理ウイルスで機能停止を狙っている者がいる。


その敵は果たして、基地内の安全地帯に潜んでいるのだろうか?

そうだとしても、アームヘッドを容易に遠隔操作することが可能なのか?

調和によるものならば、なぜ自分はその被害を受けないのか?

やはり操作妨害に関しては通信を介したウイルスの影響だと言える。

いや問題は敵の位置だ。まずは基地に攻撃を仕掛け、その尻尾を掴むのもよいだろう。

”血染の羽毛”は補給基地に対して急降下した。



「・・・・・・ふひひひひ、さすが、メシア。セキュリティも他とは比べ物にならないや。

 君が、基地に辿り着くのが先か。それとも僕が君の防壁を突破するか、あるいは毒矢の餌食になるのが先か・・・・・・!」

”トロージャン”は久々の強敵に歓喜した。



セイントメシアは、地上より打ち出される無数のウイルス注射針の回避を強いられて、

基地へは容易に近づけぬ状態であった。

そんな時モニタに幾つもの警告表示が現れ、やかましく音を鳴らす。

今現在、激しいサイバー攻撃を受けているという証拠だった。


「不本意だが堅実にやるよりないな!」

メシアは毒針をかわしながらも、その射出元の方向へ向けて降下する。

降り立った先にあったのは、岩陰に隠された自動砲台だ。

血に染まった翼を軽く振るだけで切断、破壊する。

これらの砲台を一つずつ沈黙させれば、脅威が減る上に敵の本体へと巡りつける可能性もある。

問題はさっさと済ませなければセキュリティを突破される危険があることだ。

セイントメシアはウイルス針を全身の刃でひたすらに弾いていく。

そして出所である砲台を斬り、次の砲台、その次、その次の次と、的確にその数を減らしていく。

だが依然として本当の敵の姿は見えぬままだった。



”トロージャン”はダミー砲台の反応が次々に消えていくことを受けて、

鼻血を流してモニターにかじりつきながらも笑みを浮かべたままだった。

「さすがブラッディフェザーは早いね!!でもあと少しで君も操り人形になる」



血染の羽毛が砲台を切り裂いた瞬間、同時に複数方向から毒針が発射される。

それらの殆どを迎撃するが、内の一本がセイントメシアの左眼を貫く。

天使は視界の半分を失いながらも、次々に自動砲台を破壊していく。


「あと少し・・・・・・!」

”トロージャン”は強敵の内部への侵入を目前にして、舌なめずりをした。


セイントメシアが最後と思しき砲台を叩き潰す。

再び上昇をかけ、向かってくる毒針が無くなったことを確認した。

結局敵は基地内から電子攻撃をしていたということだ。

”血染の羽毛”は全身の刃を展開して、全速力で補給基地に接近をかけた。


「ああ、もう壊し終わったのか、もうちょっと待っててよ」

少年は落ち着き払ってそう言った。


メシアが基地中心へ接近しレーザーを連射した時、

再びウイルス注射針がどこからか飛来し、メシアの右腕に突き刺さった。

肩から先のフレームがすぐさま麻痺し、持っていた武器が基地の屋根へと落下した。

”血染の羽毛”は毒針の発射方向を見逃さなかった。

迅速に発射位置へと降下するが、その岩陰に自動砲台は隠されていなかった。

今までとは違っている、『敵』はこの辺りに隠れている・・・・・・?


「やばいな~!感動だよセイントメシア!ここまで来るなんて只者じゃない!

 でも~、ゲーム・オーバー。オマエは発狂したかのように無様に死ぬんだ!!」

”トロージャン”の間近ではセイントメシアが辺りを見回していた。

そして少年は躊躇いなく実行キーをタイプした。


彼のモニタに、妙な顔のような紋章が浮かび上がった。

それが古代戦士の付けていた仮面だという知識は、”トロージャン”にはない。


「何?防がれた?そんなわけない!こんな所に割り込む余地があるはずがない、

 なんで通らない?何を持って僕の攻撃を防ぐことが・・・・・・」

首を傾げながら実行キーを連打する”トロージャン”。

外の様子に目をやると丁度、セイントメシアが背を向けた所だった。

「ふふひ、甘いなァッ!!」


”血染の羽毛”が振り返りざまに毒針を弾き飛ばす。

背後にあったのは単なる岩であった。針を飛ばす銃口などはない。

だが敵との距離が近いことを確認するには充分であった。

そこにあるのは岩。

だがメシアは経験上、それに敵が潜んでいる場合があることも知っている。

天使は躊躇いもなく岩に斬りかかり、その一部を砕いた。

”トロージャン”の目の前では、セイントメシアが自分へ向かって岩を掘り進めていた。

「見つかったっ!?ウソだっ!!?冗談冗談!?

 ・・・・・・し、しょうがない、作業は中断だぁっ」


次にウイルス注射針が飛んできたのは、セイントメシアの後方、しかも足元だった。

やはりそこに銃口は無い。しかし一方向から一発のみ発射されていることから、

敵の本体そのものが地面という安全地帯へ逃げ、隙を見て撃ってきたと考えられた。

だが、岩から地面の中に移動することなど、可能なのだろうか?


思案する”血染の羽毛”の側面に、再び毒矢が襲い掛かる。

翼で弾いて振り向く。そこには低い岩。姿なき敵は動いている。

しかしわざわざ地中に潜むようなら、不可視化が能力の正体ではなかろう。

その時背後から迫る凶器に気付いた。


振り向いたセイントメシアの右眼は、氷のように冷たい輝きを放っていた。


その瞳は、隙間を這うゴキブリのごとく逃げまどう、真の敵の存在を見透かしていた。

透視の調和能力の発現である。


”トロージャン”は地面の下を難なく歩き回っていた。

セイントメシアは続けて加速調和を発動、敵の頭上をぴたりと追跡する。

更に剛力調和によって脚力を増幅、足元を蹴り掘って標的の姿を露わにする。

「うわぁっ!?」

何にも隠れることなく姿を明らかする”トロージャン”。しかし彼は瞬時に、岩に溶け込むようにして再び消えた。

”血染の羽毛”は全く惑わされることなく、そこへ刃を突き立てた。


「・・・・・・・アイツ・・・・・・完全に僕を見ていた・・・完全に追っていた・・・・・・。

 ジャマーだって完璧にかけてるはずなのに・・・・・・逆探知だってありえない・・・・・・。

 ハックするにももうちょい時間が・・・・・・アイツから見えるんならこっから出てもお終いだ・・・。

 どうする、トロージャン?」


”トロージャン”が早口で言っている間にも、セイントメシアは岩を削り進んでいた。

少年は人生史上最高のスピードでタイピングを行うも、彼の攻撃の全ては画面に出る奇怪な仮面によってことごとく弾かれた。


「ハァ!ハァ!・・・・・・僕こそが、先駆者なんだ!

 それがなんで、こんなふうにおいつめられんだ!!

 ひ、ふふひひひ、そうかぁ、調和だなぁ、チートだ、卑怯な裏技つかいやがってぇ」


血塗れの翼が岩壁を大きく抉り取る。

そこには、細長い銃口と思しき筒が露出していた。

ウイルス注射針が射出されると同時、屈んだメシアが翼でライフルの先端を斬り掃う。


「ああーっ!ハァハァハァ、だめだ、もうだめだ・・・・・・

 し、死ぬ!死ぬ?・・・・・・い、いやだ、イヤだぁ・・・・・・・・・」


密室の中の少年は、全方向から響き渡る凄惨な衝突音に震えていた。


”血染の羽毛”の元に通信が入る。


「・・・・・・こっ、殺さないでっ・・・・・・し、しぃ、死にたくないぃぃっ!

 ・・・・・・ど、どうかぁっ!命だけはっぁ・・・・・・!」


”トロージャン”の声がメシアに届く事は無い。

そのメッセージもまた、自然と彼お手製のウイルスを帯びていたからである。

それが、心からのお手上げ、本気の降参であったとしても、その意思は誰にも通じることはないだろう。


セイントメシアは非情にも足を引き、最後の一撃を構える。

少年の生存本能が告げる、これを避けねば命はないと。


紅白の天使の攻撃直前、”トロージャン”の機体は、

岩の中から透過するようにして側面へと跳ね上がる。

メシアは一切のぶれなく、分かりきっていたようにそれを追って、

敵の体が半分、岩から出かかった状態のところへ、鋭い蹴りを打ち込んだ。


「あ・・・・・・あ・・・・・・!」


セイントメシアの爪先には、今まで砕いてきたウイルス注射針の毒液がたっぷりと塗られていた。

”トロージャン”の機体は、自らの麻痺毒によって殆どの機能を停止し、

遂には『自分より質量の大きい物に透過できる』調和能力さえもその効力を失ったのだ。


”血染の羽毛”の目前では、貧弱なアームヘッドが体の右半分を岩に埋めたまま、固まっていた。


「う、う、うあ・・・・・・」

調和の解かれた”トロージャン”は、体が霊体のように岩に透き通っていた感覚から、

徐々に通常の感覚に戻りつつあった。

つまり、半身が物理的に岩に入り込んでいる、あるいは岩が体に入り込んでいる感覚に戻るのだ。


「うううう、うがああああ!・・・いたい、いたい・・・イタ、イ・・・・・・!

 こ、ここ・・・・・・殺して、くれ・・・・・・ころ・・・・・・して・・・・・・」


「殺すなと言ったり、殺せと言ったり。

 もう少し、ゆっくり考えて答えを決めたらどうだ?

 ・・・・・・そう、そこで、ゆっくりと、考えておくんだな・・・・・・」


セイントメシアは、岩からはみ出た敵の足やカメラ、アンテナ類を斬り潰すと、

そこへ向ける一切の意識を失くしたように、補給基地への攻撃を再開した。


少年からの通信には、皮肉にもウイルスが絡んでいなかった。



「・・・・・・・・・し・・・・・・・・・ね・・・・・・・・・」



”トロージャン”は薄れゆく意識の中、複数のモニタに流れるノイズの向こう側に、あるものを見ていた。

それは、腹の中で何かが蠢いている、腐敗した馬の死骸――彼が、自身のトラウマに基づいて作った映像だ。


やがてそれが膨れ上がり、血に染まった頭蓋骨を吐いた時に、少年は息絶えた。



――――――――――――


戦争という状況においては、追い詰められ、死んだ方がマシだと思える場合もある。

そこで死を選ぶ者が強いとか、死ねない者が弱いとか、そういう事は一概には言えぬものだ。


選択の余地を与えることが出来る、自信と余裕と実力を持った敵。

その掌の上に乗せられていることに、変わりはないからだ。

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