「要塞の男」
多くの戦時中と同様、ギガントマキアの中には、やはりというか幾つもの都市伝説が存在する。
超兵器の急速な普及によって混乱を極めた時代……。
その裏でうごめいていた多数の思惑に、偶然触れてしまった者の話だ。
――――――――――――
パイロット達の間で囁かれていた都市伝説『要塞の男』。
”空が分厚い雲で覆われ、暗澹とした荒野に彷徨う時。
霧の彼方に聳える影が、山となり、丘となり、崖となり、岩壁となり・・・・・・。
遥かな背景から次第に迫り、そのどれでもない実態を現した巨大な要塞は、
ひたすらに地を滑り、あらゆる物を噛み砕き、全てを飲み込んでいく・・・・・・”
多少のばらつきはあるものの、噂の全容はこのようなものである。
いつ、誰が言い始めたのか、どこで誰が目撃、あるいは遭遇した出来事なのか、何故それが『要塞の男』と名づけられたのか?
あるいは作り話や例えとして、夜間戦闘や常に注意を怠らぬ為の教訓としての噂なのだと、説く者さえいた。
この都市伝説を多くの人々が語っていたが、その全てを知っている者は一人としていなかった。
リズ連邦共和国領、エシナレフ州の広大な荒地。
赤茶けた地肌が一面に広がり、草木もまばらにしか生えていないそこには、
巨大な残丘が大幅に間隔を空けて立ち並んでいる他には、何も無い。
それでもかつては、空気が澄んでいるゆえにくっきりと浮かび上がる、
ビビッドな青空と赤く照り返す岩山のコントラストが自慢の観光名所であった。
開戦後から次第に客足が減り、物好きなリジアンが僅かに足を運ぶ程度にまで寂れたが、
現在では再び、各国からの来客で賑わいはじめているという。
今までも注目の的であった岩石群に、アームコア・オーパーツ等重要資源が埋蔵されているとの情報が広まったからである。
そして今も巨人達が賑やかに集まり向かい合っている最中であった。
かたやプラント帝国軍のアームヘッド、文月が二機に、後ろにはセイントメシアが控えている。
対するはリズ連邦のアームヘッド、ヴァントーズ三機を背に、一体の大柄なアームヘッドが仁王立ちしている。
「見たことのない機体だ、あれは?」
文月のパイロットが問いかける。
「コクピット周りの特徴からいって、ブリュメールが祖体のようだが・・・・・・」
村井幸太郎も敵の姿を見てそう考察した。
目前のアームヘッドはバイキングを思い起こさせる角の生えたヘルメットをかぶり、
白い髭を蓄えている上に腕は長く太く、両肩には大型の盾を備えていた。
その体はここにいる全てのアームヘッドに比べ二回り以上も大きく、充分すぎる威圧感があった。
「よくここまで気づかれずに入ってきたもんじゃなあ?」
髭のアームヘッドからは、しゃがれた老人の声が届いた。
「気づいた奴らを全て倒して来ただけだ、ここからもそうさせてもらう」
「ほう!お前が”血染の羽毛”セイントメシアか。
元気な内にお手合わせできて、ワシも幸運じゃわい!!」
老パイロットが駆け出しながらそう言い放ち、アームヘッドの巨体が両腕の武器を振り下ろす!
バイキングソードとハンドアックスは血染の羽毛のホーンによって遮られ競り合った。
それを合図に動き出すヴァントーズと文月。壮絶な戦いの火蓋が切って落とされたのだ!
幸太郎と老人の間で幾度も刃の応酬が繰り広げられる。
だが、彼らは外界で次第に起こる変化に気を取られずにはいられなかった。
快晴だった空は見る影も無く、岩の塊のような雲が厚くかかり、夜のような暗さを演出している。
その上、いつのまにか濃霧が取り囲んでおり、彼ら全員の視界を奪っていた。
「いったい何なんだ?」
「これでは戦えそうにないのう、ここは休戦といくか?」
老人が冗談めかして言うと、セイントメシアは動きを止めた。
それに気づいた周囲の機体も、攻撃姿勢のままに一旦後退していった。
依然向かい合う両軍の間に、不気味な静寂が流れる。
「・・・・・・この状況は・・・・・・そうだ、あれだ・・・・・・」
「お前、あんな子供騙しを信じるってのかよ?」
文月のパイロットが言い合う。
「落ち着いてくれ。それより今は敵も不用意に手を出せない状態だ。
このまま霧に紛れて離脱するのも手の内だ」
幸太郎は極めて平静にそう言った。
「どうするんです?」
「少しでも視界が明らかになりゃあ、敵は襲い掛かってくるはずじゃ。
今は備えて、霧が晴れ次第先手を打つのみ!」
連邦のアームヘッドは互いに少しずつ距離を広げて、次の行動に備えた。
しかし霧も雲も厚くなる一方で、彼らから時間の感覚も奪っていった。
見渡す限りの白い空間に、独り立ち尽くすセイントメシア。
「異常気象か・・・・・・こういう地域は住みたくないな」
そう言いながらレーダーを見やる。敵の移動が確認できたが、その反応もやがて弱まった。
「ジャミングか?厄介だな・・・・・・」
セイントメシアは旋回しながら辺りを見回すが、目視の方が心もとなかった。
だが丁度一回りしたあたりで、幸太郎は目を凝らした。
視線の先の遥か向こうには、霧の中に薄ぼんやりと浮かぶ山のシルエットがあった。
しかし霧が出る前は、その方向には地平線がはっきりと見える平野だけが広がっていたはずだった。
「あんな山、さっきまであったか?」
幸太郎が念のため確認をとる。
「・・・・・・やっぱり・・・・・・あれは、あれは山なんかじゃありません!」
「いい加減にしろ!元々霧が山を隠してて、それがこっちに流れてきただけじゃないのか?」
文月のパイロットが言う間、幸太郎は山を注視していた。
心なしか少しずつ・・・・・・黒味を増している?
「我が老眼でしっかりと解る。あの山はワシらに向かって速度を上げて迫っとる」
「そ、そうですか・・・・・・」
「ワシはボケとらん!!山がボケてみえるんじゃ!!!」
連邦の老兵とヴァントーズパイロットの会話だ。
「血染の羽毛、このまま待機していても仕方がない。
俺が一旦見に行ってくるから、奴らの追撃を止めてくれ」
文月の片割れが言い、遠くに見える巨影に向かっていく。
「ちょ、そんな無茶な!」
「解った。正体が判ったら通信をよこしてくれ」
気弱なパイロットを遮って幸太郎が返す。
しかし連邦側が気づいて攻撃を仕掛ける様子はまだ無かった。
「特に、問題は無い」
「まだ異常無しだ」
文月からの定期的な報告が帝国チームに届く。
「・・・・・・まだ大丈夫だ、しかし何だ?」
シャリシャリシャリシャリ・・・・・・。
「何の音だ?」
通信の裏で鳴る奇妙な音は幸太郎たちにも聞こえていた。
ジャリジャリジャリジャリ・・・・・・。
「近づいている・・・・・・遠くに見えるだけなのか?」
「もう戻った方がいい、悪い予感がする」
「了解した」
カリカリカリカリカリ・・・・・・。
何の音だろうか、届いてくる音に幸太郎は耳を澄ませていた。
乾いた音だ。小石を道路に転がす音に似ている。
「地震か!?」
突然通信から大声が届いた。
「どうしたんだ!?」
ガリガリガリガリガリガリ!!!!
「うっ」
そこでパイロットの声はノイズに変わった。
「どうした!?応答しろ!」
「見てください、あれ・・・・・・!!」
ぼんやりとしていた山の影は、いつのまにか岩肌を見せて視界を占める面積を増していた。
そして、先ほどまで通信の向こうで聞いていた音を、すぐそばに聞き取ることができた。
「地面を砕く音か!?逃げろ!!」
「ついに・・・・・・ついに来たんだ・・・・・・!!」
セイントメシアと文月が、迫りくる巨岩の直線上から離れる為に霧の中を突っ切る。
逃げついた先には、先ほどの髭のアームヘッドが待ち受けていた。
「ありゃあ何なんじゃ!!」
「間違いない!!”要塞の男”は実在するんだ、今ここに!!」
若い文月パイロットの焦りの叫びだ。
「なに?」
連邦の老兵が聞き返した時、山から聞こえる音が一瞬変わり、その後一層強まって響き渡った。
岩は間違いなくこちらに向かって進路を変えたのだ!
ガリガリガリガリガリガリ!!!!
加速した黒い影は恐ろしい音を上げ、空気を振動させ地面を破壊しながら突き進む。
危険を察知した両軍のアームヘッドはそれを避ける為に散開した。
「うぎゃああああああ」
文月からの声だ。
その瞬間を幸太郎は見ていた、通り過ぎる巨岩から掘削機の付いた腕が伸び、足元を砕いて文月を下に引き込んだのを!
そして文月が消えた後の一瞬、レーダーが複数のアームコア反応を捕らえたことも!
「おい!どうした!!」
同時に反対側に居たヴァントーズも取り込まれたようであった。
老兵は近くの僚機を確認し、一体が謎の岩にやられた事を知って更に距離をとった。
先ほどまで山のように見えていた巨大な岩は、
今彼らの目前を通り過ぎ、再び霧の中に飲まれていったのである。
「間違いなくアームコア反応があった・・・・・・アームヘッドなのか?
巨大だがプリュヴィオーズではない、何だ・・・・・・!?」
セイントメシアの眼光が霧の中で帯を引く。
「おい、さっき”要塞の男”と聞こえたが・・・・・・」
連邦の老兵から声が届いた。
「ああ、あいつらが言っていた都市伝説だ。まさか実在するとはな」
幸太郎はこれまで微塵も信じていなかったが、こうなっては認めざるを得ない。
「・・・・・・それ、ワシの二つ名だと思うんじゃけど?」
「なに?」
幸太郎が聞き返す。
「じゃから、”要塞の男”は、ワシのことじゃって」
霧の中から歩み寄ってきた髭のアームヘッドは、確かに大柄で重装甲ではあった。
「ご老人が、”要塞の男”だって?調子狂うな」
「それはこっちじゃ!あんな得体の知れぬ奴をワシの名で呼ぶなんぞ!」
「俺は呼んでないぞ。・・・・・・あんたがこの辺のパイロットで、
ちょうど都市伝説がここの話だから、色々手違いがあったんじゃないのか?」
「とんだとばっちりじゃな。別人として有名になっちまうなど、けしからん!」
「随分こだわるな・・・・・・」
「若造よ、ここへ来た目的はアームコア採掘の場所取り合戦じゃな?」
「・・・・・・今の奴もそうだというのか。そうなら真っ先に俺たちに向かってきた事も説明がつく。
邪魔なアームヘッドを解体してコアが手に入れば、掘る手間も省けて一石二鳥だ」
セイントメシアが照らしていた霧の先で、再び黒い影が色を濃くしていた。
「また来るぞ・・・・・・?」
巨大な岩はメシアへ向かって猛進していた。
「どうやら狙いは俺のようだな」
七つのTレベルアームコア、それを奪う為だけに襲い来る敵は初めてだ。
「ワシは同僚の仇討ちと”要塞の男”の名に懸けて、奴を倒すつもりじゃが。
お前さんはどうする?とっとと逃げてもワシらは追わんぞ?」
「俺も引き下がるつもりはない。ひっくり返して奴の正体を確かめてやる」
「では共同戦線を張るかの?」
「悪くないな。・・・・・・そうすぐには死ぬなよ?」
セイントメシアは飛び上がって、迫る岩山を見下ろそうとする。
しかし周囲の霧は上に行くほど煙のように濃くなり、そもそも上から降ってくるもののようだ。
「奴が煙を噴いているのか?」
”要塞の男”のアームヘッド・ヴァイソンキングは、
両肩の盾を展開し、六門の大砲を岩壁へ向けてぶっ放した。
「どうじゃ!どうじゃ!!」
岩の表面で激しい爆発が起こり、加熱した破片が飛び散った。
それでも進んでくる勢いは衰えない。
「そこを離れてください!」
老兵を追ってきた二機のヴァントーズが、バズーカの砲撃とダイナマイトのような手榴弾で巨岩を迎撃する。
先ほどよりも遥かに大きな爆発、岩に入った亀裂がより深いものとなった。
「・・・・・・ずいぶんいい武器をもっとるのう」
セイントメシアが巨岩の頂を貫いた・・・・・・その時である。
メシアの刃は布のようなものを突き通しており、敵を覆っていたそれを捲る形になっていた。
岩のようなシルエットの上半分は、シートを被って偽装したものだったのである。
メシアはスタッフを振って岩柄シートを完全に引き剥がした。
その下には、コンビナートのような煙突と工場機械・・・・・・そして、無数の対空装備が隠されていた!
「何だと!?」
突然の激しい十字砲火を浴びて、幸太郎はふらつきながら射程を逃れた。
「化けの皮が剥がれたか!」
”要塞の男”は巨大な怪物の脇に逸れて大砲を撃ちまくる。
下半分は本物の岩で囲まれているようだが、その芯となる部分は確実に存在するはずだ。
連邦のアームヘッドは、岩の盾を破壊する為に攻撃を続けた。
いっぽう巨大要塞の意識はセイントメシアに向けられているようだ。
対空砲火だけでなく、岩を破砕するノコギリのついた長いアームを振り回して、叩き落そうと狙っている。
その行動はやはりアームコア目当てであるように幸太郎は感じ、気に入らなかった。
しかし攻撃は大味とはいえサイズがサイズなので、近づいて反撃するのは非常に困難だった。
「そんな盾でワシらが食い止められると思うか!慢心じゃな!!」
岩をも砕く激しい爆撃が霧の中で光る。
そして”要塞の男”が放った渾身の砲丸が遂に岩肌を抉り、盾は今まで受けた亀裂から連鎖的に崩壊を起こした。
「こりゃ爽快じゃわい!!」
「はい!この調子で・・・・・・!」
ヴァントーズの一機が言いかけた時、飛散する砂利の中を赤い閃光がよぎった。
それは瞬時にヴァントーズの持っていたダイナマイトを貫いて、一瞬にして鮮やかな火球を咲かせた。
「お、おい、なんじゃー!!」
”要塞の男”とその僚機は、今現在セイントメシアが受けているのと同じだけの集中砲火に晒されていた。
岩の盾の下にも矛、すなわち大砲や光学レーザー砲、ミサイルポッドやガトリング砲を隠していたのである!
「これが本当の姿か・・・・・・!」
後退するセイントメシアの中で幸太郎が呟いた。
残丘から転じて、奇怪な機械の塊というべき姿となった要塞が、連邦機の頭上を影で覆う。
「なんぞ・・・・・・なんぞ!?」
要塞は機体の四隅に付いた巨大な鎌のような爪で岩の盾を保持していたようだった。
その刃の表面では鋸の歯が高速で動いており、要らなくなった盾を手放した事を示している。
ヴァイソンキングの装甲に刺さったのはレーザーの雨だけではなかった。
巨大な釘に似たものが無数に射出され、全方位の敵を迎撃していた。
「こいつはあれじゃ・・・・・・おーばーてくのろじー、というやつじゃ!」
「まだ生きてるか、ご老人!」
”要塞の男”に”血染の羽毛”の声が届く。
「なんとかな。どうすんじゃ!?」
「アームヘッドでさえ自重を支えるには精一杯なんだ、これだけの巨体なら!」
「足を潰せばいいんじゃな!?」
「頼んだぞ!」
セイントメシアは防御能力の調和を発動して、飛び交う火線に突っ込んでいく。
巨大要塞はすかさず武器の大半をメシアに向け迎えうつ。
「しかし・・・・・・どれが足なんじゃ?」
老人の目の前では鋸刃のついた無数のキャタピラが蠢いていた。
硬化したメシアの装甲はあらゆる飛び道具も受け付けず、紅白の天使は限界まで接近をかけていた。
狙うは、この濃霧を噴いている煙突だ。
スタッフを振り下ろすと同時、下から競りあがってきた巨大な採掘機が唸りを上げてそれを食い止めた。
その火花は下にいるヴァイソンキングにも降りかかっていた。
「よし!これ全部足じゃな?」
両肩の大砲をキャタピラへ向けて連射する。
が、強靭な歯の回転に全弾が飲まれていき、その爆発は遠くに聞こえた。
「けしからん!まったくもって!けしからん!」
「足元の地面を狙ってみてはどうですか?」
バズーカを担いだヴァントーズが、キャタピラとすれすれの位置に砲撃する。
すると要塞はがくんと揺れ、減速がかかったようだった。
「効いてるようだな!」
ほぼ同時にセイントメシアの翼が閃いて、細い煙突の一本を斬りとばした。
噴きだす霧の勢いが一瞬増したのち、そこは完全に沈黙した。
ヴァイソンキングがヴァントーズの肩を叩く。
「ようし、よくやったぞぉ!」
「あとでお年玉でもくださいよ?」
その時、ただでさえうるさかったキャタピラの音が更に恐ろしいものに変わり、耳を劈いた。
そのキャタピラは元より地面に穴を開けるために付けられたものである。
回転しながら浅い穴を掘り、足元を均すと、次に四隅の巨大な爪を地面に突き刺して立ち上がった。
宙を浮いたキャタピラは、自ら作った段差を乗り越えて再び進みだす。
「ばかな!」
ヴァントーズは再びバズーカを連発し、敵の足元を抉る。
「ダメだ避けろ!」
老兵の叫びと同時に、無数の釘がヴァントーズめがけ放たれた。
ヴァントーズは引き下がるも、背後の岩に激突し、首や手足を貫かれて磔となった。
「許さん・・・・・・貴様は、貴様はワシが!」
頭上の敵を鋭く睨みあげる”要塞の男”。
しかし巨大要塞の腕である採掘機は容赦なく振り下ろされた。
ヴァイソンキングの盾がノコギリの回転を真正面に受け止めた。
強化合金同士の削りあい、強度は同等だがそれゆえ鋭く回転する鋸が打ち勝つのだ。
やむなく切り離した盾はみるみる引き込まれていき、無残にも細切れになった。
「退けご老体!部下の死を無駄にする気か?」
メシアのレーザーが採掘機を牽制する。
「しかしこうも!こうも簡単に、意にも介さずに殺られるというのは!」
”要塞の男”の言葉はセイントメシアとしての自分に宛てられているようにも感じた。
謎の敵が現れさえしなければ彼らも障害物でしか無かったはずだからだ。
「ならば!こいつにもそれを思い知らせてやればいい!」
幸太郎の返答の後、ヴァイソンキングが大剣を採掘機に叩きつけて後退した。
「”血染の羽毛”!奴の足元を崩し支脚の大鎌も斬りとばす、できるな?」
「両方やればいい!奴の狙いは俺だ、奴を仕留めるのはお前だ!」
セイントメシアは敵を撹乱するように複雑な軌道を描く。
要塞はそれを注視し執拗に二本の掘削アームで叩き落とそうとする。
そして再びキャタピラ周辺の大地が炸裂する。
巨大要塞はまた地面を均しつつ転回し、ヴァイソンキング目がけて一斉砲撃を始めた。
”要塞の男”は烈しい砲火に包まれながらも少しずつ進み続けた。
「あとわずか・・・・・・もう少しの辛抱じゃ・・・・・・!」
その時、老兵の頭上を標的である巨大な爪が通り過ぎて行った。
「お先に失礼」
対空砲火から解放されたセイントメシアが、隙をついて支脚の一本を両断したのだ。
「・・・・・・よけろ若造!!」
「おおっと」
釘射出と採掘機の連続攻撃を避けてみせる”血染の羽毛”。
だがその先には、ショベル型の巨大な回転刃のついた掘削アームが待ち構えていた!
「!!」
「やらせんぞ!!」
”要塞の男”は咄嗟にハンドアックスを投擲する。
それは掘削アームに食い込んで怯ませ、瞬間的にメシアの逃げる隙をつくった。
「借りができたな」
「こやつの狙いはあくまでお前さんのアームコアじゃ。
引き続き囮をやってもらって、その間にワシが地道に崩していく。いいじゃろ?」
「なるべく早くしてくれ?」
せわしなく飛び回るセイントメシアと、それを追って旋回する要塞の眼下で、
ヴァイソンキングはひたすらに後退していく。
「あの爺さんどこへ行くんだ?」
「よっこらせっと・・・・・・」
”要塞の男”は拳と膝を地に着いて、肩の大砲を前に向け固定砲台となった。
こうした遠距離攻撃は、本来の彼なら嫌がって避けるスタイルなのだが、ある種これこそ”要塞の男”なのだ。
「的がデカすぎんだ!絶対必中じゃ!!」
ヴァイソンキングの激しい砲撃が、巨大要塞とその足元を襲う。
一発一撃は微々たる損害であったが、そのダメージは確実に蓄積されて、同様に地面も崩れ始めていた。
やがてそれはタンクの大爆発としてその成果を表し、続けて二本目の支脚を破壊することに成功した。
「まだまだこれからじゃよ!」
ヴァイソンキングは休むことなく、要塞の足元、左側の地面だけに砲丸を撃ち込み続ける!
ガゴン!!ガガガガガ・・・・・・
片側だけ掘られた穴に遂につまづく巨大要塞。
自重で苦しげに軋む音を上げながら、キャタピラをフル回転させて再び足元を安定させようとしている。
隙を見たセイントメシアがすれ違い、数本の煙突を奪い去っていく。
なおも続くヴァイソンキングの砲撃を浴びながら、負けじと弾幕を張りつつ地面を掘る。
やがて巨大な要塞は、掘り続けて結果的に深くなった穴の上に嵌る形で、ようやく安定を得た。
しかし2本の支脚を奪われた今、自力で穴から這い出す方法はない。
メシアと老兵は敵の動きを封じることに成功したのだ。
「これで奴は袋の鼠、井の中の蛙、その他もろもろじゃ!!」
だがそれは、それだけだった。
動けぬ要塞は全方位への迎撃を更に強めて、低く構えるヴァイソンキングでさえも蜂の巣にしようとしていた。
「なんということじゃ!本物の要塞になりやがった!」
「しかも穴に入って足元を隠している。バランスを崩す作戦はもう通用しないな」
その間にも”要塞の男”は無数の攻撃を受け、遂に肩盾の一つや増加装甲を砕かれてしまった。
一方セイントメシアも調和の常時発動は厳しく、集中砲火の中で無傷ではいられなかった。
「ああくそ、このままではジリ貧じゃぞ?」
「こちらがやられるのが先か、奴の武器を全て破壊するのが先かだ」
「ええと、まずお前さんが囮になっている間にワシがぶっ放しながら近づいて、
採掘機をぶっ壊したら砲台をぶった切るから、援護頼むぞ」
「作戦というよりゴリ押しだな、だがやるよりあるまい!」
(盾を失った今、ワシは狙われたらそれまでじゃ・・・・・・
だが、血染の羽毛なら奴を倒してみせるじゃろうて)
「ぬおおおおおおおお!!」
ヴァイソンキングは左肩の大砲を撃ち続けながら突進する。
巨大要塞の砲台は依然として、逃げ回るセイントメシアに向けられたままだ。
”要塞の男”は敵に無視されていることを苦く思いながらも、決死の覚悟で向かうのだ。
接近を察知した要塞が、壊れかけの採掘機でヴァイソンキングに止めを刺さんとする!
「なんのおおおおおお!!」
バイキングソードがノコギリと噛み合い、花火のような火花を生じながら回転を抑え込む。
ヴァイソンキングは怯むことなく、拳の先のナパーム弾を至近距離で発射!
炎上する巨大要塞はガトリング砲を乱射して、邪魔な”要塞の男”を退けた。
「”要塞の男”は陥落せんぞーッ!!」
大きく振りかぶったヴァイソンキングは力ずくで大剣を放り投げる。
バイキングソードは要塞の工場部分に突き刺さり更なる爆発を生んだ。
「ようやっと突破口が開けたわい!」
”要塞の男”は立て続けに両腕のナパーム弾をひたすら撃ちこむ。
もう一つの要塞はいよいよヴァイソンキングに向き直り、健在な掘削アームでその首を狩ろうと襲い掛かる!
「ぬわぁーッ!?」
掘削攻撃を寸前で受け止めた左肩の盾は、みしみしと音を立てて引っぺがされていく。
そして至近距離で放たれた巨大釘によって最後の砦は木っ端微塵になってしまった。
「もう止めておけ御老体!」
セイントメシアは要塞の周囲を往復し、すれ違いざまにレーザーを連射することで牽制する。
先のヴァイソンキングの攻撃が功を制し、一帯の霧は薄まってきていたが、
引き換えに全ての武器を失った為、”要塞の男”は引き下がらざるを得なかった。
満身創痍のヴァイソンキングは岩陰へと退避し、セイントメシアと巨大要塞の攻防を見た。
(・・・・・・しかしこのままでは、奴を倒したのがこのワシだと自慢できなくなる・・・・・・なんとか手柄を・・・・・・)
セイントメシアは空中でアクロバティック飛行しながら、巨大な掘削アームとのチャンバラを演じる。
ショベルアームを蹴り上げて、唸って迫るノコギリを・・・・・・根元から斬り裂く!
”要塞の男”が与えたダメージが、確実に蓄積している証だ。
しかし要塞は、残った煙突から黒煙を吹き出しメシアを攪乱、そこへ釘弾幕を撃ちこんで敵に後退を強いる。
「メシアに飛び道具など必要ないと思っていたが・・・・・・この敵にレーザーでは厳しいな」
「待たせたな!”血染の羽毛”!!」
離れたはずの老人の声だ。
「!?」
ヴァイソンキングは片手に岩の塊を持ち、実に勇ましく現れた。
「・・・・・・ついにボケてしまったか」
「ボケとらんわい!!
若者よ、真の要塞というものはそこに見えぬもの、如何なる障害にも動じぬ心構えじゃ!!」
「どわっしゃあぁーーーいッ!!」
気合の叫びと共に投石!!
岩は回転し放物線を描きながら巨大要塞に接近!
迎撃のために構えた釘の発射装置は、隙を狙っていたメシアによって破壊される!
その隕石の行く手を阻むものはない!
バグゴーン!!
要塞上の工場に岩石が命中し大爆発!
辺りを包んでいた霧は、紅く光って激しく散らばった後、やがて完全に晴れた。
巨大要塞の各部で連鎖的に小爆発が起こり、違法建築めいた武装の山は次第に崩れていった。
「上手くいったな、”要塞の男”。お前の勝ちだ。
奴は、このまま生け捕りにして正体を暴いてやる。異論はないな?」
「木っ端微塵にしたら気持ちいいじゃろうが、仕方あるまい」
”要塞の男”がそう答えている間のこと。
巨大要塞は炎上しながらもゆっくりと転回していた。
そしてヴァイソンキングに背を向けた所で停止する。
直後に、背負ったタンクに付いたランプが点滅する。
上空で見下ろすメシアは敵の妙な行動に気づいた。
「後ろだ、ご老人!」
要塞は球状のタンクを切り離し、それに自ら銃口を向けた!!
「!!?」
眩い光と衝撃。
一足早く飛ばされるヴァイソンキング。
幸太郎はすぐさま、自らの行動に後悔したが遅い。
爆発の渦に巻き込まれ、地に叩きつけられるセイントメシア。
その上で響き渡る、悪夢のようなキャタピラの唸り声。
大きな地響きは、快晴を取り戻した広大な荒野に吸い込まれていった。
ヴァイソンキングが立ち上がると、そこにセイントメシアの姿はなく、
目前では壊滅状態に近い巨大要塞が、岩を砕くキャタピラ刃をひたすら回し続けていた。
高速回転しているが、進んでいる様子はない。
つまり、削っているのだ。あの下には・・・・・・
「なぜじゃ、”血染の羽毛”・・・・・・。
何を血迷って、このワシをかばったんじゃ・・・・・・」
”要塞の男”の危険に気づいた幸太郎は、爆発の直前に彼の機体を蹴りとばしていた。
結果、タンクの爆心に居たのはヴァイソンキングでなくメシアだった。
巨大要塞は今、セイントメシアの7つのアームコアを採集するため、
脚部のキャタピラで噛み砕き、吸い上げているのだ。
「ちくしょう、返せない借りを残しやがってよお・・・・・・。
もうワシは決めたぞ。ワシはこいつを完膚なきまでに叩きのめし塵と散らしてやる!」
ヴァイソンキングの武器は、もう両の拳しか残されていなかった。
要塞へ向けてゆっくりと歩みだすヴァイソンキング。
その姿を、要塞のカメラに付いたサーチライトが照らし、見下していた。
「・・・・・・ぬおおおおおおおお!!」
右拳を振り上げて、鬼神のごとく迫る”要塞の男”!!
巨大要塞に付いたあらゆる発光装置が輝いて、それを迎える!!
ガゴ・・・・・・ンッ・・・・・・!
閑散とした荒野に響き渡る、重く鈍い金属音。
「!?」
ヴァイソンキングの拳は、まだ敵の元に辿り着いていなかった。
突如、宙に浮きはじめる巨大要塞。
「・・・・・・なるほど。裏側に弱点あれど、この巨体を裏返せる者など存在しない。
そう・・・・・・このメシアを除いてはな・・・・・・!」
要塞は確かに、その下敷きになっていたセイントメシアの両腕によって持ち上げられていた。
メシアの瞳は、地の底に通じているような深い緑に染まっていた。
古代戦士の使っていた力の一つ、剛力の調和能力だ。
大股を開き、全身を軋ませながらも立ち上がる”血染の羽毛”。
頭上に巨大な要塞を掲げたまま、ゆっくりと振りかぶり・・・・・・放り投げた!!
「やれ!”要塞の男”!!」
「気を取り直して・・・ぬおおおおおおおお!!」
”要塞の男”渾身の鉄拳が、鋼鉄の壁に突き刺さる!
そのままナパーム弾が炸裂し、自らの右手ごと敵の腹を撃ち破る!
裏返った巨大要塞は腹側からも爆発炎上して崩壊し始め、ようやく再起不能に至ったらしかった。
が、その時。
要塞の裏側の一部分が爆発と共に射出され、ジェット噴射しながら地を滑った。
セイントメシアは容赦なくそれを先回りし・・・・・・両断!
再びの爆風と共に、散らばる無数のアームコア。
そして同時に、そのパイロットと思しき人影も転がり出てきた。
脱出艇を吐き出した巨大要塞の残骸は、不自然にも更なる大爆発を起こして、広大な空間を揺るがした。
「証拠隠滅というわけか」
幸太郎が爆発に振り向いて呟く。
「む?」
”要塞の男”は、脱出艇から転がって倒れている人物に向けて目を凝らした。
「・・・・・・これで、”要塞の男”は正真正銘このワシだということが証明されたな・・・・・・」
「倒しはしたが、いったい何者なんだ?パイロットはまだ生きているようだが」
幸太郎が脱出艇の燃え盛る残骸を覗き込みながら言った。
「・・・・・・さて、”血染の羽毛”。これからどうする?
”要塞の女”はワシが嫁にでも貰うとして、後はこれだけのアームコア・・・・・・。
お前さんもワシも手ぶらでは帰れんだろう?最後に一戦交えるか?」
姿から要塞の面影もなくなったヴァイソンキングが言う。
「冗談きついな、いろいろと・・・・・・。
弱った協力者を倒して帰ったら”血染の羽毛”の名が廃る。
今日のところは山分けで手を打とう?」
「ふん、まあよかろう。しかし幸運だったな若造よ。
完全な状態のワシと戦わなくて済んで」
「ああ残念だな。御老体がもう少し元気なら、今戦ってやってもよかったんだが」
「うっ・・・・・・ま、まあそうじゃな。
”血染の羽毛”!次、会った時がお前さんの最期じゃ!!」
「楽しみにしておこう・・・・・・せいぜい長生きするのだな、”要塞の男”!」
機械油に汚れた”血染の羽毛”は、アームコアを抱え込みながら、地平線の彼方へと消えていった。
「・・・・・・申し訳・・・・・・ございません・・・・・・セツザさま・・・・・・」
荒野に突っ伏した”要塞の女”は、静かにそう呟いた。
――――――――――――
「要塞の男」の性格を考えると、話をかなり盛っていてもおかしくはない。
信じるか信じないかは、あなた次第だ!
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