「妖怪蜘蛛魔女」

優れた能力を持つ者は、よく怪物などと揶揄されるが、

本当にそれ以外の部分でも怪物じみている奴が、たまにいるものだ。


そういう利用できる問題児は、大問題を起こすまで自由に振舞わせておく風潮が、

少なくともアームヘッドパイロットに対してはあった。


だから社会でやっていけないような危険人物も、

戦場では名誉の悪名を掲げて、堂々と居座る事が出来たんだな。


――――――――――――


鈍色の曇天がどこまでも広がっている。

そんな空の下を、セイントメシアは飛行していた。

突然の任務は、窮地に陥ったある部隊からの、救援要請であった。


ここは禿げた山に囲まれた山岳地帯。

目下を果てしなく、枯れ朽ちた木々が埋め尽くしている。

こんな所で戦闘をしていたのか?


紅白の鮮やかなセイントメシアが、色のない痩せた土地に降り立つ。

今いる開けた場所の外では、黒く歪んだ巨大な枯れ木が所狭しと並び、

頭上の高さまで、細く長い枝を複雑に絡ませあっていて、まるで化け物に囲まれているようだった。

枯れ木も山の賑わい・・・・・・でもこの不気味さ、無い方がましだ。


レーダーにはアームコア反応が一つあり、移動すれば他にも検出できそうな予感がする。

木々の間は暗く、遠くまで見通すことは出来ない。

この枯れきった森の、枝で出来た壁の間に、味方または敵のアームヘッドが隠れているのだろうか?


セイントメシアはゆっくりと木々の間を進んでいく。

細く長い枝が時折行く手を阻む。

メシアはそれを気にせず折って進み、あるいは斬りとばして新たに道を作った。


別のアームコア反応。それも、進むにつれ増えていく。

しかし周囲には陰鬱な朽ちた森しか見えない。

村井幸太郎は身構えた。

しかしその時、友軍の機体反応がレーダーに出現した。

続いて、通信が届く。幸太郎はすぐに回線を開いた。


「・・・・・・・・・ザ・・・・・・・・ブ・・・・ッ・・・・・・」


セイントメシアの中で、大音量の耳障りなノイズが流れた。

驚いた幸太郎は急いで音量を下げる。

しばらく待っても一向に言葉は聞こえてこなかった。

こんな山だ、電波が悪いのか?

いや、それだけではない。さっきからアームコアの反応も感度が悪すぎる。


目の前に突き当たった、枝の塊でできた壁を切り払う。

その向こうに見たのは奇妙な光景であった。


そこにはおびただしい数の枝が、蜘蛛の巣のように絡み合って空を覆っていたが、

それだけでなく、木々の間にワイヤーのようなものが複雑に張られていた。


その下には、アームヘッドの残骸、それも弥生の四肢などの他に、

ヴァントーズなどの連邦の機体の一部とおぼしきものも、散らばっていた。

まるで、アームヘッドを見境無く食べる怪物の巣のような印象だが、そんな訳はない。


枝に引っかかった無数のパーツを眺めながら、血染の羽毛は進む。

目の前の、交差したワイヤーの間で、弥生タイプの生首がこちらを見ていた。

ホーンとカメラアイが焦げており、首から下を焼ききられたようになっている。

なるほど、アームコア反応の正体はこれか。

だが、機体そのものの反応もあったはずだが?


その時、ノイズの音量が再び大きくなった。

幸太郎は軽く頭を抱えつつ、音量を下げようとした。


「・・・・・・・・・たす・・・・・・・・・けて・・・・・・・・・」


それは微かに聞こえた。

ノイズの中に薄っすらと、聞き間違いと思いたい・・・・・・。


だが通信の雑音の中には、苦し気な喘ぎ声のようなものが含まれていた。

どこかに助けを待つ機体がある・・・・・・。


メシアが周りを見るが、散乱した戦車の残骸しか見当たらない。

再び、枯れ枝の壁を切り崩す。


なんとその向こうには、

無数のワイヤーに絡まって動けなくなっている、

黒焦げで首無しの弥生の機体があった。


「通信していたのはお前か?」


幸太郎の問いには反応しない。

すでに息絶えている機体であったか・・・・・・。

そう思ったときだった。


「ケケケケケ」


通信から流れる不気味な笑い声!

その時、四方八方の木々の間の暗がりから、銃声が鳴り響く。


黒焦げの機体とセイントメシアを囲って、

マシンガンが激しく撃ち込まれる。


血染の羽毛の強力な覚醒壁アウェイクニング・バリアーが、それらの実弾を全て弾いた。


「どういう訳だ?」

セイントメシアがいびつな木々を裂く。

その向こうには、多脚砲台アラクネの姿があった。


メシアは容赦なくその一機を切り裂く。

その間にも背後からマシンガンの集中放火を受けていた。


「無駄だと分からないのか?」

幸太郎が振り向くと、次には接近戦用のアラクネ・アサルトが、

杭打ち機のような武器を向けて迫っていた。


メシアは撃ち出された杭をスタッフで受け止めた。

反動で退くアラクネを、血染の刃で貫いた。


だがその間、別の機体の杭が装甲に食い込んだようである。

振り向きざまにスタッフを振るう。逃げ遅れた一機を倒した。


すると木々の間から、フックのような武器がいくつも射出されてくる。

それはセイントメシアの突起部に引っかかったが、大したダメージにはならなかった。


幸太郎が闇の向こうの敵を睨みつける。

アラクネ群の歩く音が寂れた森に響いて、マシンガンが黙った。

撤退か?


そう思ったとき、枯れ木の間が青白く光った気がした。

実際そうだ。暗闇の中、雲もないのに地上に稲妻が走っている。

少なくともこの山は非常に乾燥して寒い。静電気のようなものか?

いや、これらは、この森に張り巡らされた、ワイヤーを伝っている!


メシアは気づいた。装甲に食い込んだ杭に、ワイヤーが結ばれている。

そして、先ほど放たれたフックもみな、ワイヤーの先に付けられたものだった。


しかし遅し。ワイヤーを伝った青白い光は、八方からセイントメシアに流れ込んだ。



バヂヂヂヂヂヂヂヂィッ!!!!



高圧電流がメシアの装甲の上で弾けて、激しい音と光が寂れた森を照らす。


生体であるアームヘッドは、電撃を受けて幾度も痙攣を起こした。


焼き焦がされて、異臭と黒煙に包まれるセイントメシア。


恐ろしい拷問が終わった後には、黒く煤けてぐったりとした血染の羽毛の姿。



先ほどのアラクネの群れは、念入りにも、マシンガンを撃ちながら包囲を始める。

「すっかりバリヤーが消えてるぜ」

「ちょろいもんだな!」


それは素人らしい、非常に危険な判断だった。

セイントメシアは突然、体にこびりついた焦げを掃うように、翼を大きく広げた。

そのまま全身を豪快に振り回す。

それだけで体に付いた電撃ワイヤーを斬り飛ばし、周囲のアラクネを引き裂いた。

血染の羽毛の足元に、型落ちの旧兵器の破片が散らばった。


セイントメシアは先程の電撃で、機械としてのカメラとレーダーを傷めていた。

しかし幸太郎は深く同調し肉体の感覚を強めることでそれを乗り切っていたのだ。


たとえアラクネ相手でも油断すべきではないな、幸太郎が反省会を始めたその時であった。



再び、木々の間の暗がりの中で青白い稲妻が飛び交う。

セイントメシアは、次の高圧電流を危惧し身構える。だがワイヤーに触れてなどいない。


その時、真正面の木の隙間から、二本のワイヤーが一直線に猛進してきた。

スタッフで払いのけようとするメシア。だがワイヤーはしなって刃に巻きついた。


電撃が届く前。血染の羽毛はスタッフを振り上げて、ワイヤーの先の相手を引き寄せる。

暗闇に、不気味に輝く二つの紅い眼が浮かび上がった。


現れたのは連邦の強襲用アームヘッド・バンシールだった。

バックパックにあるX字の電力装置の柱には、ワイヤーがコイルのように幾重にも巻きついていた。

また4つの柱の先端には、余ったワイヤーが鞭のように伸びており、なるほど蜘蛛のように八本足に見えた。

バンシールと相対したのは、幸太郎にとってこれが初めてだった。


バンシールはたぐりよせられながらも、電撃を流しつつその手にある銃剣を向けて突進する。

セイントメシアはスタッフを地面に突き刺した。これで電流は流れまい。

引っ張られる勢いの中、気づいたバンシールがワイヤー鞭を絡ませようと伸ばした。

急激な接近。バンシールが直前で止まる。メシアは肩の翼刀をバンシールの顔に突きつけていた。


「ケケケケケ」

バンシールのパイロットと思しき女が魔女のように笑う。

しかし声質は老婆ではなかった。


「『蜘蛛魔女』というのはお前のようだな」

幸太郎はその異名を噂に聞いたことがあった。


「ケケケ・・・・・・アンタも噂通りの、残酷な天使だねぇ。

 さっきのアラクネには、通信でアンタをからかう為だけに、

 捕虜も一緒に乗せてたってのに。

 全く勘ぐりもせずに、情け容赦なく殺しちまうとはねぇ!」

蜘蛛魔女は高笑いしながら銃剣を向ける。


「何だと・・・・・・!」

セイントメシアは更に威圧的にホーンを近づけた。


「おっと殺るつもりなのかいいい!?

 アタシの隣にいるこの小娘も同じように殺すつもりかい?

 お仲間がみんなアンタに殺されたって悲しんでるよぉ!

 カワイソーにねぇぇぇぇ!!」

バンシールの背中で、再び青い火花が散った。


「何が目的だ!」

幸太郎は、確証がないものの人質の存在を示唆され手を出せずにいた。


「何が目的だって??

 アンタ、アタシを山賊やテロリストなんかと思ってるのかい!!

 アタシはねぇ、れっきとした連邦のパイロットだよ!

 さっきのアラクネ乗り共も、アタシが特別に調教した連邦軍人さぁ!

 アタシらの目的はねぇぇぇ、最初からアンタを討つことだったんだよぉぉぉ!!!!」

メシアの頭と翼のホーンに、鉤の付いたワイヤーが巻きついた。


「貴様、この蜘蛛の巣には連邦機の残骸もあったな!

 こんな作戦を認めるほど、リズ連邦は腐敗しているのか!?」

幸太郎の怒りに対し魔女は笑った。


「あれはこの巣に迷い込んじまった愚かな奴らだよ!

 貴重なアムヘを無駄にしやがってさ・・・・・・。

 そういう訳でアンタもここで食い散らかしてやるよぉ!!」


再び強力な電流が走った。

それはセイントメシアだけではなく、ワイヤーを伝って木々の間にも広がった。

漏れ出した稲光が、蜘蛛の巣となって暗黒の森に張られた。


電撃を受けながら幸太郎は考える。

これだけの電気をバンシール一機が取り扱うはずはない。

調和か?いや、ならばわざわざワイヤーで巣を張ったりするだろうか?

そもそもこのワイヤーは、送電線に使われているものか?

どこからか電気を送っているならば、中継器あるいは発電機が必ず仕込まれている!


セイントメシアは焦がされながらも、頭上へ向け宙返りキックを繰り出した。

それは頭と翼に巻きついたワイヤーを切断する。

糸の切れた反動で倒れるバンシール、メシアはそのまま加速して離れた。


「無駄だっての!」

巣を構成するワイヤーはいつのまにか数を増していた。

駆け抜けるメシアの装甲を、電気を纏った鋭いワイヤーが触れ、溶断せんとする。


電流の中継器は遠くに隠されているのか?

いや好き勝手を振舞うこの敵に、それだけの設備が提供されているとは思えない。

おそらくは山を通っていた継電装置を勝手に改造したものを隠している。

人質をとっているらしいバンシールを倒すのは後だ。

この邪悪な巣を、陰鬱な森を破壊してしまえば!!


セイントメシアは翼の一振りで張られたワイヤーを切断した。

勢いのまま黒い木々の間に突っこみ、連続で蹴りを繰り出し枯れ木を砕く。

巣の支柱となる異形の森を、次々に崩していく。


「なんてことしてんのさ!!」

蜘蛛魔女の怒りのボルテージが上がり、電撃ワイヤー鞭を振り回して迫る。


だが、先ほどよりも強い電流は、この山の乾燥しきった大気と、

メシアによって砕かれて舞う木粉と接触したことで、

ついに爆発、発火を起こしたのだった。



一瞬にして、枯れた森は業火に没した!



炎の中、幸太郎はそれまで闇に紛れていた黒い箱を発見した。

セイントメシアは次々に、炎に耐え忍ぶ幾つもの電源装置を両断していく。

再び爆発が、閑散としていた山に響いた。



すさまじい炎に囲まれながら、セイントメシアとバンシールは睨みあった。


「アンタは本当に残酷だよ!!

 恐ろしすぎて小娘も気を失っとるわ!!」

強力な電源を失ったバンシールが、仕方なしにレーザー攻撃を放った。


「生きているのならそれでいい」

レーザーをかわしたメシアが接近、翼を用いてバンシールの両腕を刎ねる!


「馬鹿を言うわ!人質なんか意地でも渡さないよぉ!

 まあここで焼け死ぬのも御免だけどねぇぇ!!」

上に向けて急加速するバンシール。


だが頭上に張られていた、崩れたワイヤーの巣が逃亡を阻害した。

動きの止まったバンシールの足を、空中でメシアが斬り飛ばした。


四肢を失った蜘蛛魔女の機体が炎の中に落ちる。


血染の羽毛は素早く降下し、コクピットを開ける為に接近した。

だが直後、バンシールの背にあった、四本のワイヤー鞭がしなり、

メシアの手足に巻きついた。


「そうはさせないよぉ・・・・・・!

 アンタも・・・・・・ここで焼け死んじまえ・・・・・・!!」


セイントメシアはそれを払いのけることはしなかった。

壊れかけのカメラアイが光る。

調和の一つ、浮遊の力が発動した光だ。


血染の羽毛は、蜘蛛魔女の糸が絡みついたまま、力強く浮上する。

そして頭突きでワイヤーの巣をぶち破ると、最初の着地地点まで退避した。



再び着陸するセイントメシア、それに吊られていたバンシールは一足早く地面に衝突していた。

メシアは素早く蹴りを放ち、蜘蛛のコクピットをこじあける。

その中には確かに、気を失った女性パイロットと、恐ろしい魔女の姿があった。


「ヒヒヒ、ひ、人質は生かしといたんだからさ!今更アタシを殺さなくてもいいだろう?エェ??」

恐ろしい形相の魔女は、煤を浴びたために怪物じみて見えるだけで、実際は完全に逃げ腰であった。


「そうさせてもらおう」

幸太郎はバンシールのコクピットから捕虜を回収する。

蜘蛛魔女には妨害する気力も残されていないようだった。


捕虜を乗せたセイントメシアが離陸する。

魔女はほっと息をついた。


「・・・・・・これで済ますと思ったか!」


突然メシアがバンシールのコクピットを閉め、機体を抱え上げて飛び立つ。

それから、炎ゆらめく森の上空で投げ捨てた。



「ギエエエエェェェェェ!?」



『蜘蛛魔女』ことレイト・ジョーベンは悪魔のような断末魔を上げながら、自ら起こした山火事に飲まれていった。




――――――――――――


でも、悪はどこまで突き詰めても悪でしかないのだから、

悪事でどれだけ名声を得たとて、いつかは報いを受ける事になるんだな。


しかしこの蜘蛛魔女、怪物じみた生命力の持ち主で、今ではテロリストの首領をやってるそうだ。


どんどん続けよう、次の話は・・・・・・。

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