「疾風の蒼燕」

「俺、この戦争が終わったら結婚するんだ・・・・・・」


ああ、なんて甘美な響きなんだ・・・・・・。

君もそう思うだろう?

しかし悲しいかな、そうした夢や理想を儚くしている現実がある。

そんな運命を仕向けるのは神か悪魔か、いや・・・・・・もしや天使でさえも?


―――――――――――――


玄関で向かい合う一組の男女。

それは仕事に赴く朝において、ごく日常的な風景である。

だが彼らは少し事情が違っていた。

女はその瞳に涙を溜める。

男は言った「必ず帰る」と。

女は言った「約束だよ」と。

愛を誓った二人は、しばしの別れを経て再会した後で、新たな旅立ちをしようと約束する。

ひととき、口づけを交わし、男は姿を消した。




「疾風の蒼燕」とは、ジルバート・ヒューリケンが戦闘機乗り時代に呼ばれていた愛称である。

それは、普段の彼が義理堅く、物腰も柔らかであるのに対し、

ひとたび愛機に乗り込むと、狂気じみた強さを見せる点が評価され、また恐れられてそう名づけられた。

彼に対する狂気とは、凶暴な性格に豹変してしまうなどといった意味ではない。

恐れられていたのは異常なまでの集中力だった。

相手に固執し一切逃がすことなく撃墜していくその姿、戦いの最中には一切の仲間の通信をも受け取らない。

これでもかというくらいに無口な暗殺者となり、大きな戦果を上げて帰ってくるのだ。


そんな彼に転機が訪れたのは、多脚戦車アラクネそしてアームヘッドへと兵器が進化し、

戦力の体勢が陸戦重視に移り変わってからの事であった。


戦闘機による爆撃などは依然として戦車や建物への攻撃として有効ではあるものの、

アームヘッドに対しては全く土俵が異なる上、対空攻撃が出来るアームヘッドが登場した場合には全く歯が立たなくなる。

そこでリズ連邦軍はアームヘッドによる空戦を見越しその準備を始めた。

まず優秀な戦闘機パイロットから、アームコア適性を持つ者を抜き出し、その一部をアームヘッドパイロットに転向させるのだ。


ジルバートは偶然にも、強く適合するコアを当てられた為、晴れてアームヘッド乗りとなった。

そして、彼の異常な集中力は、本能的に行われるアームヘッドの操縦にさえ強い適性を見せたのだ。

「疾風の蒼燕」は再びエースパイロットとして、数々の戦果を上げていった。

その功績が称えられ、今では将来の跡継ぎを養成する教官となり、空戦という面でリズを支える存在となったのである。




空は透き通るような快晴。

ジルバート・ヒューリケン教官率いる教育部隊”ブルースワローゲール”は講習の最中であった。

桔梗色といった色合いのヴァンデミエールを先頭に、橙に蛍光色のマーキングを施された同じくヴァンデミエールが立ち並ぶ。


「これよりフライトシステムを用いた実習訓練を行う。

 皆シミュレーション通り、”確実”を留意して挑んでくれ」


軍学校から来たパイロットたちが規則正しくアームヘッドに乗り込む。

ジルバートはそれを見届けると空を見上げた。


「本当に良い天気だな」



ヴァンデミエールの群れが、編隊を組んで空中で円を書く。

「上手だぞ。これで君たちも立派な戦闘機乗りだ」

ジルバートは冗談を交えつつも、巧みに自分の真似をさせる事で編隊を組ませている。


各機は非常に安定して飛行していた。

ように見えた、その時だった。


「あ、やばい!」

若いパイロットの焦る声、バランスを失ったヴァンデミエールが、回りながら高度を下げていく。

このまま落ちては戦闘機同様ただでは済まない。


パイロットはどうやって脱出するか思索しようとするが、それも焦りが強まって叶わない。

もはや打つ手なし、同級生たちがそう目を瞑った。


だが、学生パイロットの機体は墜落する前に空中でぴたりと静止した。

一体何が?

驚いたパイロットたちが、教官の機体を見る。

青紫のヴァンデミエールのホーンが光り輝いていた。


「君たち、調和能力を見るのは初めてだったかな」



しばしの休憩の後、教育部隊は再び実習を始めた。

「次はいよいよ戦闘機動の演習をするぞ。

 なに、難しく考えるものじゃない。そうだ、全員がかりで私を捕まえてみろ」


アームホーン以外の武器がオミットされた、橙のヴァンデミエールが縦横無尽に飛び回る。

教官の機体が、追尾されないようにランダムな軌道を描いているからである。

これは戦闘機では困難な、アームヘッドのフライトユニットならではの小回りだった。


やがて次第に慣れてきた学生パイロットが、息の合った動きで教官を追い詰めはじめる。

あと少しで手が届く、そう思ったときに桔梗色のヴァンデミエールが消えた。

教官が急加速したのと、自分達がそれ以上進めぬように、動きを制限されているからであった。


「と、このようにしてアームヘッド戦闘は従来の兵器とは全く一線を画している。

 調和による特殊な力に対しては、性能に頼った正攻法が通じない場合が多い。

 異変を感じた時、能力を使われたと判断できる時には、相手の能力が何であるか知り、

 またそれを無効化あるいは打ち砕く為の発想が必要になってくる。

 これを習得することは非常に難しい、だが覚悟を決めておくだけでもかなり違ってくるぞ」


ジルバートはそう言って調和による制御を解く。

生徒たちは教官の能力が何なのか思案しつつも迫る。


捕まる寸前に蒼いヴァンデミエールは動きを止めた。


「ここまでだ」


一機の敵性反応・・・・・・。

しかしレーダーは七つのアームコアを検出している。


まさかアイツか?噂には聞いていたが・・・・・・。

幸い、敵とはまだお互いに目視できていない位置にいる。

かなりの高度を飛んでいるようで、目標は我々でないとも考えられる。

しかし・・・・・・我々をアームヘッド部隊と誤認して、上空から奇襲をかけるつもりなら?

生徒の機体にはアームホーン以外の武装はない、いやあったとしても戦えるはずがない。

このまま遭遇したら、学生が全滅することも当然考えられる。それは何としても避けなければ。

奴は高速で接近してきている・・・・・・今から、逃げ切れるのか?


ジルバート教官は考えた後、生徒に至急、退却するように告げた。

「とにかく高度を下げろ。それからまっすぐに基地へ帰れ。止まるなよ」


青紫のアームヘッドが舞い上がった。

足元には逃げていく学生のヴァンデミエール。

レーダーを見る。

敵の反応は頭の遥か上、直線上にあった。

そして急降下してくる。

ちっ!焦って一度に逃げ出したからこちらの動きに気づいたか!

ならば・・・・・・ここで食い止める!


「疾風の蒼燕」ヴァンデミエールが急上昇を見せる。

稲妻のごとく降下してくる敵機。


バーチカル!

垂直に交差する、青紫の燕と、紅白の翼!


弾きあって態勢を立て直し向かい合う。


やはりこいつか、帝国の新型、セイントメシア!


紅白のアームヘッドは、眼下の学生ヴァンデミエールをちらと見たのち、スタッフを構える。

対してジルバートは、愛機のニーブレードを展開、急加速してメシアを掠め、逃げるように空へと向かう。


セイントメシアも翼を日光で輝かせながらそれを追う。

疾風の蒼燕は予測されないよう複雑な軌道を描きながら空を駆け抜けた。

血染の羽毛は翻弄されることなくぴったりと後ろをつけていた。

その様子はまさしく、現代のドッグファイト!


しばらくしてメシアの刃が届く。

対しヴァンデミエールはニーブレードを振るい弾いた。

メシアの連撃、いなす蒼いヴァンデミエール。

次には血に染まった翼が迫っていた。

ジルバートはヴァンデミエールの長い頭を振り回し、一撃必殺の毒牙を弾き回避した。


しかし……空中接近戦における反動というものはつくづく危険である。

無抵抗の状態からどれだけ早く立て直せるかが勝敗を握っているのだ。

その点では、血染の羽毛より疾風の蒼燕のほうが僅かながら抜き出ていた。


ヴァンデミエールの二振りのブレード、そしてアームホーンによる連撃が繰り出される。

セイントメシアは不安定な姿勢のまま、体を更に回転させる事でそれを弾き返した。

逆に衝撃を受けるヴァンデミエール、ブラッディフェザーは止めを刺すため追撃にかかる。


だがその時、セイントメシアの前進が止められた。

その隙に蒼燕のホーンが叩きつけられる、だがメシアも同じくホーンで返すことで避けた。

再び生じる反動、後退していくヴァンデミエールに対し、メシアはそこから動かなかった。


セイントメシアは自分の動きが左右に限定されている事に気づく。


一方ジルバートの機体はそれを尻目に、反動を利用したまま加速し撤退を始めた。

こいつは今の状況で、一人で戦える相手じゃない。

疾風の蒼燕は無謀だと判断した戦いを続ける事はしない性質だ。


桔梗色のアームヘッドは急激に高度を落とし、帰路につこうとする。

そこで異変に気づいた。

後方にまだ友軍反応が残っている。逃げ遅れの学生がいるのだ。

まだ間に合うか?ジルバートは向かった。


そこには横転している蛍光色のヴァンデミエールの姿が。

「大丈夫か?」

教官が急いでその機体を起こす。

学生は礼を言いながら素早く元のコースに戻る。


セイントメシアは、姿を消したのち高度を下げて戻ってきた敵機について、

撤退に見せかけて下方から奇襲を仕掛けるつもりだろうと、判断した。


ブラッディフェザーは刃を突き立てて垂直に降下する。

その目下には学生のヴァンデミエールが!


そこで再び動きを止められた。

目の前に躍り出る「疾風の蒼燕」のヴァンデミエール。


しかしセイントメシアは左右に動けることを確認するなり、移動しつつもレーザーを放った。

ジルバートは、調和で足止めしたまま逃げることも不可能だと判断した。

そして次にメシアの左右前後移動が封じられた。

上下に移動するメシアの周りを旋回、蒼燕が切りかかる。

斬られた血染の羽毛であったが、急激に上昇して避けようとした。


するとガクン、と上への移動が止められる。

当然だが斜め方向への複合的な移動さえも封じられている。

セイントメシアは次に自分が移動できる方向はどこか考えた。

敵の調和は少なからず、自分を近づけぬ為に方向を切り替えていることが分かる。


疾風の蒼燕は、調和を用いてどうやってこの敵から退避または撃破するか考えた。

ジルバートの調和は、標的の移動方向をある時点を基準にした縦・横・奥行きの3軸に捉え、

その内の2軸の方向への移動を封印する能力である。

つまり標的は少なくとも垂直または水平移動しか出来なくなる。

制限方向はジルバートが自由に切り替えられるので、敵を近づけないように動きを操ることが出来るのである。


蒼いヴァンデミエールは、メシアの制限移動の死角にあたる斜め方向からの斬撃を仕掛ける。

傷を負ったセイントメシアは武器を振り返す、ジルバートは一気に上昇をかけてかわす。

上移動が許されたメシアはそれを容赦なく追った。

ジルバートは学生の機体から離れた事を確認した。


ブラッディフェザーの上昇が無理矢理止められる。

その瞬間に背後からニーブレードが襲った。

間一髪、翼を用いて弾くセイントメシア。

メシアはそのまま右手に移動する。

素早く縦と横が制限された。

そこへヴァンデミエールの斜め斬りがコクピット表面を掠めた。

メシアは奥りへの移動でダメージを免れる。


直角移動に制限されているセイントメシアに対し、死角からの一撃離脱を繰り返す疾風の蒼燕。

メシアがレーザーで狙い撃つ、しかしその角度にも限界があった。

制限の下では機動力も本来の性能が発揮できず、ヴァンデミエールの方が速い有様だ。

無論それはジルバートの実力からもたらされる事実であった。


その時、セイントメシアが許された方向へ高速で移動した。

対し蒼燕もその方向を制限、メシアはその瞬間に行ける方向へと高速移動。

再びジルバートが調和で食い止める。同時にメシアのスピードは別方向へ向けられた。

こうしていれば調和の射程範囲から出る事は不可能ではないはずだった。


「疾風の蒼燕」は、かつて恐れられた異常な集中状態を取り戻していた。

メシアの逃げる方向を高速で予測し、食い気味に調和で方向を切り替える。

自機での追尾も忘れず、敵が隙を見せた時にはすれ違いざまに小攻撃を加える。

そうセイントメシアは袋の鼠となったのだ!


村井幸太郎はあくまで冷静だった。

自分は敵の調和によって押さえ込まれている。

だが、空間支配系調和による拘束を長時間持続できるのか?おそらく厳しいはずだ。

更にヴァンデミエールは射撃武器を持たない。

よって例え死角から攻めてくるといっても、必ずこちらに接近戦を仕掛けてくるのだ。

そしてセイントメシアは全身に可動アームホーンの毒牙を備える。当てることは決して難しくない。

そうヴァンデミエールは袋の鼠となったのだ。



空中で不自由を強いられるメシアと、その周りをジグザグと飛び回る蒼燕。

背後から接近するニーブレード、対し血染めのホーンが向けられた。

当たる前にジルバートがそれを避け、頭部のホーンを当てんとする。

メシアは平行移動でかわした。その移動も阻害されブレードが突き立った。

血染の羽毛は怯まない。あくまでもアームキルを狙った。

高機動でかわす疾風の蒼燕、突進するメシアが毒牙で裂いたが表面的な傷だ。

追撃するメシアの動きが止まる。加速したジルバートは敵の周囲を高速で巡った。


そうジルバートは調和による方向の切り替えを超高速で行う事によって、メシアの移動を完全に封じていた。

ヴァンデミエールはブレードとホーンを突き立てて、敵機の外周をまわりながら、恐るべき動体視力で関節部を狙う!

逃げられぬままに全身の関節を貫かれては、ブラッディフェザーとてひとたまりもない!



その時、セイントメシアの瞳が輝きを放った。

調和の発動だ。

メシアは赤い残像を残しながら空を駆け巡り、制限された移動の幅を広げていく。

それはかつての超古代戦士が使用した高速移動の力!

セイントメシアの七つのアームコアには、その七人の戦士の魂が宿るのだ。


疾風の蒼燕は、その超スピードを高速で制限し押さえ込もうと集中を強める。

もはやお互いに調和を酷使したゴリ押し勝負であった。

突如セイントメシアが手足を広げる。飛行形態へと簡易変形した。

調和による加速に更に拍車がかかり、もはやジルバートの制限方向の切り替え速度を超えていた。

蒼燕は超高速で移動する相手を把握しようと必死だ。だがこれ以上は人間の認識を超えたレベルのものである。

音速以上のものを正確に認識しろなどと!?


一方セイントメシアは速度が上がるにつれ、状況の把握をそれに適応させていた。

それは異常な集中力がなければ成しえない事、疾風の蒼燕のように。


いまや立場は逆転していた。止まぬメシアの高速移動に対しジルバートは方向を切り替え続ける以外の行動を封じられている。

制御を解いた時・・・・・・ブラッディフェザーは一直線にすれ違い一瞬で勝負を着けるだろう。

ならばその前に、こちらから仕掛ける!


蒼いヴァンデミエールが急加速して迫る。

セイントメシアは音速のごとく定められた方向を縦横無尽に飛びまわる。

ジルバートは超高速制限を再び始めた。

集中しろ!もっと集中を!集中!

メシアの移動の振れ幅が縮小していく!


救世主の背後、一直線に迫ったヴァンデミエールはホーンを突き刺した!


だが同時、背を向けていたはずのセイントメシアは変形を解いており、

その血に染まった翼で、正確に疾風の蒼燕のフライトユニットを斬り飛ばしていた。


まさか!私は集中しすぎていたというのか?

そしてジルバートの集中は途切れた。


高速で落下する疾風の蒼燕のヴァンデミエール。

巨大な地上が迫ってくる。

レーダーを見やる。

制限を解かれたセイントメシアは、上空から垂直にこちらへと降ってきていた。

スタッフの刃を向けながら!


”確実”だな、セイントメシア。

ジルバートは、これ以上調和で抵抗をしても逃げられはしないと思った。

ああ私はこのまま死ぬのだ。

頭をよぎるのはこれまで自分が撃墜してきた数々の敵の姿。

戦闘では極度の集中状態で、感情を一切伴わずに、惨たらしく敵を殺してきた。

この結末は、因果応報なのだ・・・・・・。

しかし集中が途切れ感情を持った今、そんな風に達観して事実を受け止めることなど出来ない。

死ぬのは嫌だ――


「カトリーナ!!」


唯一の思い残しである恋人の名を叫ぶ。

彼は戦いの中で初めて言葉を発したのであった。

そして自分の仕留めてきた敵、いや人間たちの心境を知った。

お前も同じ道を辿るのか・・・・・・セイントメシア!



「疾風の蒼燕」のヴァンデミエールは、上空から来たメシアの刃に背から胴の中心を貫かれ、血しぶきを上げた。


セイントメシアは地面に接触する直前、スタッフを引き抜き、一気に上昇。

そのまま変形し、本来の任務へと赴いて行った―。



地上には、血に染まった桔梗色の残骸が散らばっていた。





カトリーナは、婚約者の訃報を受け、愕然としていた。

そして泣き続け、泣き腫らしたあと、次には怒りと狂気が襲った。


カトリーナは、鋏を片手に、金切り声を上げながら、幾度も枕を突き刺した。

いつしかそれは、彼女の手も掠め、血を流させた。

ばらばらに引き裂かれた、枕と彼女の心。



部屋には、血に染まった羽毛が舞い散っていた。



―――――――――――――


結婚は、少なくとも二人を幸せにするだろう。

だが、戦争は、誰を幸せにするだろうか?

悲しいかな、それに答えられなくとも、人間はその過ちを繰り返さずにいられないんだな。


・・・・・・さて、次の話にいこうか?

次はだね・・・・・・。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る