巨人戦争英雄譚

こぜに

「獅子騎士」

やあ、よく来てくれた。

いまどき大昔の戦争話を聞きたい若者なんて珍しい。

しかし踏み込んでしまった以上は、私の長話に付き合ってもらうよ。


そうだなあ……いきなり私自身の体験を話しても、結構地味だからなあ……。


あの頃、最強のアームヘッドとして君臨していた「血染の羽毛ブラッディ・フェザー」セイントメシア、

それから、それに立ち向かった私の同僚たちの、戦いの記録から話そうか。


――――――――


リズ連邦軍の、とある小規模な駐屯基地。


ここに配属されることになった、一人の少年兵が基地を練り歩いていた。

赴任してからさほど時間は経っていないが、この基地の最大の特徴に気づき、またすでに後悔していた。


そうここには、見る限り女性しかいない。

ここの『リーダー』の元に案内するということで、誘導を受け歩き続ける間、

少年は通り過ぎていく女性達に可愛い可愛いといった言葉をかけられ続けた。


ここはハーレムか?

いいや、とんでもなく場違いな所に来てしまったという認識の方が強い。


そして少年はリーダーの待つ部屋にたどり着く。

見ることとなった光景は、少年にとって少々刺激的なものだった。


「来たか新入りボウズ、まあ座れや」

部屋のど真ん中の巨大なソファに腰掛ける、爆発した様な金髪でピアスだらけの男。

そして、その周りを取り巻く、わざとらしく腰をくねらせたようなポーズの美女たち。


少年は、そのチャラ男がリーダーであると直感すると同時、さらに帰りたい気持ちが強まった。



ここはハーレムであった。ただしリーダーという雄にとっての。

美しい女性たちはみな、少年に優しくしてくれたが、彼にとってはあまり面白い環境ではなかった。

女衆はリーダーのことを「ナイトさま」などといった具合に慕っているようである。

「獅子騎士」・・・・・・。

少年はその異名を聞いたことがあった。

そしてその名から連想したものは、獅子のように勇猛果敢に戦う古風な戦士の姿であった。

しかし・・・・・・このリーダーがその獅子騎士なのだとすれば、あまりにもギャップが大きすぎる。


リーダーは毎日、仕事の時間よりも女性陣とのイチャイチャベタベタする時間をあからさまに多く取っていた。

少年もパイロットの端くれであったが、結果的には雑用的な仕事が多くなっていた。

面白くないと耐え忍びつつ、幾週も粘り強く続けていた。


そんなある日。

少年はアームヘッドの整備に当たっていた。

リーダーの機体は、DH重工のマンスナンバー・ブリュメールである。

頭部のヘルメットは、放射状に広がった棘に覆われ、その様は獅子のたてがみのようである。

肩には、デフォルメされた骨付き肉の絵で示された、キルマークがびっしりならんでいた。


作業を忘れて眺めていると声をかけられた。

「調子はどうだ?新入りボウズ」

肩に手をかけてきたのはリーダーであった。

事務的なもの以外での会話はこれが初めてである。


少年が要領を得ない返事を返すと、リーダーはがはははと笑った。

「そうだよな!ここはまだお前にとっちゃ面白くはない。

 上司である俺が、毎日女遊びしているように見えるだろうからな」


リーダーはそういった後、作業をしていた女性陣の方を見て、声を潜めた。

「だがよ、これも仕事のうちなんだ。それも、いずれはお前に引き継いでほしい仕事だ」


少年がぎょっとして見ると、リーダーは笑って続けた。

「ここにいる女どもは、ああ見えて優秀なパイロットが多い。

 つまり、女の『恐ろしい部分』っていうのを、戦闘にフィードバックするのが得意な奴らだ。

 そういう女に限って、カリスマに心酔したり妄信したりすることを求めてたりするわけ。

 それが裏切られた時、ヒステリーを起こして、『恐ろしい部分』を暴走させちゃったりするんだぜ」


リーダーは、心なしかいつもより気弱そうに見えた。

「そのヤバい衝動を抑えるのが俺の役目だ。

 ここの女豹どもは喧嘩こそしないが、機嫌を損ねすぎると俺が殺されかねない。

 要するにこの基地は、危険かつ強力な猛獣めすどもが送り込まれてくる檻なんだぜ。

 お前はそこに投げられた餌だ……それか、新しい長となる雄だな」


少年がリーダーらしからぬ弱気な様子に思わず笑うと、彼も苦笑いする。

「俺は本気で言っているんだぜ。超・女好きの俺でも楽しいのは最初だけだ。

 だが俺が『獅子騎士』と名を馳せているように、戦果は充分に上げられる。

 俺が戦わせてる女たちの、指示への従順さ、チームワークは……ヤバい。

 だから戦闘じゃあ、やつらに任せておけば何も心配する事は無いな」


「これでここの正体が大体分かったろ?」

少年は、リーダーが意外といいやつかもしれないと思って礼を言う。

「おう、頑張れよ。いつ出撃するかわからねーから、俺の機体をしっかり磨いとけ」




そして出撃の時が来た。

基地に攻め入って来たのは、指揮官機・文月を筆頭に量産機・弥生で構成されたプラント帝国の小隊。


女エースパイロット達は、それぞれに与えられたヴァントーズ、およびヴァンデミエールで出撃する。

数は圧倒的に上だ。


少年も自分のヴァントーズに乗り込む。

そして女性陣と並列するために進もうとするが、肩部をつかまれた。

「まだ行くなよ」

リーダーのブリュメールであった。


恐怖の女狐部隊は、敵が来る前より待ち伏せている別働隊を配置しており、

すでにプラントの小隊は囲まれている形となっていた。

そして狩りが始まる。


「かかれーッ!」

リーダーの指令が下った。

「うおおおおおお!!!」

その美貌からは想像も付かない、漢女らしい怒号と共に、

エースの群れが帝国機に襲い掛かった。

退いて体勢を立て直そうとする敵は、次々に背後から強襲を受け、更にたじろいだ。

その様はさながら肉食哺乳類の狩りに駆逐される草食哺乳類。


「マリーア、そっちにいった文月を!」

「はいっ!」

「ジャネット嬢は後ろから回れ!」

「了解!」

リーダーの指示に従ったパイロットは、しばらくして指揮官と思われる文月を仕留め、その頭部を掲げてみせた。


「ってな感じでやってほしい訳よ、ボウズ」

ブリュメールが腕を組みながら言った。



しかしその直後、リーダーと少年の耳を、女性たちの悲鳴が劈いた。


「どうしたッ!?」


女狐部隊が囲む目の前に、ヴァンデミエールの首が落ちてきた。

アームコア反応は7個。敵機は1機。

奴は上にいる。


少年とリーダーが見上げる。


巨大な太陽をバックに、輝くシルエットは、優美な天使にも恐ろしい悪魔にも見えた。


血染の羽毛ブラッディ・フェザー』だ。


そのまま急降下するセイントメシア。


非常事態に気づいたエースたちは、逃げ出すような事もなく、標的に立ち向かっていく。

着地したメシアがスタッフを振るい、同時にその翼を滑らせた。

取り囲んで迫り来る連邦の機体、しかし救世主の刃はすでに濡れていた。

3体同時アームキル。


「コニー!ベル!マサコ!」

リーダーの声が響く。


「そんな、メシアがどうしてこんなところに!?」

マリーアのヴァンデミエールが、膝部ニーブレードを展開、メシアに迫る。


「決まってんだろう、あたしらの実力を聞きつけて、潰しに来たのさ!」

ジャネットのヴァントーズも、メシアの背後を狙っていた。


彼女らに対して横向きに構えたブラッディフェザーが、翼を再び広げる。

二人はアームホーンでそれを受け止め防ぐことで、覚醒壁アウェイクニング・バリアーが衝突した反動で互いに退き間合いをとった。

だが直後、ジャネットの機体には脚部のアームホーンが、マリーアの機体にはスタッフの刃が突き立てられていた。

続いて自壊する2体。


「あ、あの二人が・・・・・・」

残ったパイロットは、まるで天敵に直面した獣のように、硬直するか背を向け逃げるかを選ばされた。


メシアが次の狩りに向けて身構える。

そこへ駆け向かったのは、少年のヴァントーズであった。

彼はこのまま、あの優しかった女性たちがこの天敵に取り殺されるのを見ているのは我慢ならなかった。


「よせ!お前は!」

リーダーのブリュメールも遂に動き出す。


しかし、セイントメシアは少年のヴァントーズを飛び越える。

そして踏み台にした。

急降下する。狙いは一際派手なブリュメール。


「ボウズ言い忘れていたがな、ボスは群れで一番強くなきゃ務まんないんだぜ!」

一対の牙のような大刀を逆手に持つ、『獅子騎士』。


メシアの刃と交差して、火花を散らした。

反動で下がるブラッディフェザー、対し獅子騎士は猛進する!

だがそこへ血に染まった翼が、後ろから包むように振り下ろされた。

「騎士様っ!」

二機の間に飛び込むヴァンデミエール。

自ら、リーダーの盾となり自壊した。


「キャミーッ!?・・・・・・テッメェェェェッッ!!」

怒髪天を衝く『獅子騎士』!

メシアはヴァンデミエールの残骸を蹴って、さらに引き下がる。

ブリュメールは飛んでくる仲間の屍を避け、二振りの牙をかざした。


「許さねーぞッニワトリ野郎ッ!!」

獅子騎士は牙の片方を投げる。それはメシアのスタッフによって弾かれた。

その次の瞬間にはブラッディフェザーの首筋に牙が突き立っていた。

獅子騎士はそこまで近づいていた。

セイントメシアはこの程度では怯まない。

むしろ接近した今、次を最後の一撃にすると決めた。


「見ておけボウズ!これが俺の!」

全身の血染めの刃が致死の角度を探り当て、一挙にブリュメールへと迫る。

少年は加勢しようと必死だった。

アームホーンがリーダーの装甲を切り裂く。

だが、それは外側からだけのものではなかった。

ブリュメールがアーマーをパージする。

そのフレームの周りは牙で出来た針山となっている。

それらの牙がメシアのホーンを弾き返していた。

獅子騎士は、すでに刺していた牙を引き抜き、メシアの後頸に引っかけるとその切先を掴み、両腕の輪で囲む。

対するブラッディフェザー、動じずレーザーをコクピットに向けて放つ。


「―所詮この世は弱肉強食!!」

獅子騎士は被弾する中で、救世主の首を刎ねんと、地面を蹴って全体重をかける。

それでもメシアは倒されず、ああ非情にも、レーザーで脆くした部位をホーンで突き刺そうと定める。


そこへ少年のヴァントーズが背後から襲った。

刺されたセイントメシアは後頭部で突き、少年の機体を弾き飛ばす。

体勢を直した獅子騎士は、体に生えていた牙を両手先につけ、更に恐ろしい猛獣の様相となった。

そして獅子のように飛び掛る。その勇猛果敢な姿は、少年の思い描いた『獅子騎士』そのものだった。


やがて、ブラッディ・フェザーの体に猛獣の爪が食い込み、

獅子騎士のブリュメールのコクピットを、メシアのスタッフが貫いていた。

血しぶきは、地に落ちた肩装甲のキルマークを紅く塗りつぶしていた。


―セイントメシアには、キルマークなど必要ない。

破った敵は最早数え切れず、そしてその返り血が証となる。

だがそれも終われば洗い流す。それでも尚染み付いて残るような血は、

血染の羽毛に討たれ名誉の戦死を遂げた、せめて証を残して散りたい武士の意志によるものか……


村井幸太郎はふとそう思い、セイントメシアは惨劇の荒野を去った。


――――――――


そうそれで、私はこの話を、その少年だった男から聞いたんだよ。

彼はその後、次の獅子騎士となったようだが、それから先は聞いていない。

今頃どうしているだろうかね。


このまま話し続けても構わないね?

さて次は・・・・・・。

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