10、貴石の国

 この旅においてなによりも大事なのはパックの存在だ。

 山を抜ける知識ならそれなりに教わったものの、自然の驚異は容赦なく襲いかかる。水場はどこか、人が住む里はどこにある、昼夜の寒暖差etc.と数を上げればきりがない。その中でも衣類と食料は気を配っているからどうとでもなる。旧人類が弱い部類とはいえ、普通に比べたら運動神経もずば抜けているから、多少の難関は越えられる。だから一番の難関は水や食料が尽きた後、誰にも会えない状況だろう。生き延びるだけならなんとかなっても、最悪野生の動物に襲われたら死が待っているのだから。角の生えた猪、群れる野生の豚たち、特に熊や虎に似た大きい四つ足歩行は生き延びられる気がしない。ナイフを持っていても獣相手にはほぼ無意味だからだ。

 そんなとき役に立つのはパックだ。妖精の特性なのか、特に森の中において野生動物の接近をすぐさま察知してくれる。飛べば山を見渡し里の方角へ導いてくれるし、寝るときは獣除けの加護を撒いてくれる。また軽い怪我ならすぐに治してくれる。

 さらにパック個体の趣味として薬草探しも得意だ。

 旅の滞在途中で得られる労働の対価だけではいささか不足気味だし、遺跡あさりは運が良ければ報酬も大きいが、頼り切るにはリスキーだ。おかげで旅の収入の大半を頼る羽目になるのだが……。


「そこの群生してる実を摘んでいけ。都に着く頃には丁度熟すから、毛むくじゃら連中が喜んで食べるんだ」

「オッケー」

「摘みすぎるなよ」

「わかってるわかってる。荒らしすぎたりはしないから安心して」


 妖精がその気になれば便利この上ないのだ。

 ただし、彼らの協力を取り付ける好意そのもの自体が普通は難しいのだけど。

 そんなわけでアサカの旅にはパックが欠かせない。この幼い妖精に対する報酬は各地で求めた蜂蜜と山羊や牛のミルクとなる。特に後者は大きな街でしか求められないから、パックにとっては旅の中で見出した新たな趣味だ。


「これ私でも食べられる?」

「無理じゃねえかな。前、飢えた耳長の親子が食べたのを見たことあるけど、そのあと泡を吹いて倒れてたのを見たことがある」

「……獣のヒトはそんなの食べて平気なわけ?」

「腹の調子が悪いときに食べたら通じがよくなるんだそうだ。育つのが難しいし、山奥でしか見つからないから重宝されてる。ちなみにうちの郷にも生えてたぞ。どこで聞きつけたのか、それ目的にどっかの商人が押しかけてきたことがあってな。そいつから聞いたから間違いない」

「ちなみにその商人は?」

「悪戯好き共がどっか連れてった。あとは知らね」

 

 生きている確率は限りなく低いな、と思いつつ小指程度の実を袋に詰め込んだ。


「もう少し歩いたら大きな道に出る。そこそこ綺麗だったから人通りもあるはずだ」


 誘導に従い三時間程森を歩けば、言葉通り広い道に出た。馬車一台は優に通過できるし、運良く誘導標も見つかった。ひとまず歩いて行けば馬車が通りかかるだろうと歩けば、翌日の昼には馬もとい二足歩行のトカゲを引いた荷車が通りかかった。

 地人の男女だった。女性が手綱を握り、男性が荷台で農作物を選り分けしている。アサカが話しかけたのは女性の方だ。


「こんにちは、ちょっとよろしいですか」

「こんにちは、あんたは……旅人さんかな。それにしちゃ随分軽装だけど、王都に向かってる途中かい?」

「そうなんです。でも途中で獣に追われてしまって、荷物を捨ててきてしまったんです。迷惑じゃなければ、途中まで荷台に乗せてもらえませんか」

「ふぅん。それは大変だね。あんた目の付け所は悪くないよ。あたしたちは都近くの村に帰るところなんだけど、でもうちも見ての通り荷が多いんだよ。旅人さんを乗せる余裕はないんだよね」


 初見の相手には大概マスク姿にぎょっとされるが、堂々としていれば怪しまれることもない。

 女性に断られてしまったが、当然アサカは諦めない。姿を消しているパックがそっと耳元で呟いた。


「なーにが荷が多いんだよ、だ。お前らの体格に合わせた荷台ならおれらを乗せるくらい余裕じゃんか」


 地人は女性で一番身長が低くても最低二メートルはある。それに荷台にスペースはあるし、アサカ一人がお邪魔したところで問題ない。

 ちゃっかりしてるな、と内心で呟きつつ弾んだ声を出した。愛想笑いを見せられないから声で判別してもらうしかないのだ。


「もちろんただでとは言いません。財布だけは懐に入れて守ってたので、お礼くらいは出来ると思います」


 そういって銀貨を一枚渡せば、女性はにっこり笑っていった。


「狭くてなんだけど、よかったら後ろに乗ってお行き。旦那が作業してるけど気にしないでおくれよ」

「ありがとう、とても助かります」


 ここでのポイントは二つに分けた財布のうち、少ない方をみせておくことだ。なにぶん相手がどんな人物かわからないので、路銀のすべてを晒す危険はおかせない。

 奥さんはだいぶしっかりものの様子で、話している間もその印象は変わらなかった。反面男性は一言も喋らず、傍らに置いた素材で籠を編んでいる。にこりとも笑わないし、アサカの方を見ようともしないが気にする必要はない。

 なにせ地人と称される大きな体躯を持つ彼ら、奥方を持つ男性が余所の女性と話すことが許されない掟を持っている。これは地人の特性で、男女ともに相当の嫉妬さを持つ故の習慣だ。

 しかしながら他種族に無関心なのかと言えばそんなことはない。


「あ、どうもありがとう」

「気にしないで、荷物がなくなったんじゃ大変だろうって旦那も思ってるよ」


 男性が差し出してくれたのは瑞々しい果物だ。中を割ればたっぷりの果肉が詰まったマンゴーみたいな味がして、アサカやパックの好物だった。

 お礼を支払わねばならなかったものの、礼儀正しい旅人に夫婦は始終親切だった。村に到着してからは都までの近道を教えてくれたし、旅人の中でも女が多く泊まる安宿を教えてくれたのだ。

 村から歩き通し丸一日かけ、ようやく見えてきたのは遙か高くそびえる城壁だ。これが多くの国の中でも、とりわけ豊かで多くの種族が住まう『貴石の国』だ。

 城門を超えるのは苦労しなかった。マスクのせいでじろじろ見られるが、都会になれば様々な者が行き交うためだ。今回は遺跡関連で集団と問題を起こしたので、心臓は嫌になるくらい脈打っていたけれど、衛兵の様子では話が伝わった形跡はなさそうだ。


「あ、すごい学生がいる」


 道交うヒトのなかに本を抱えた少年少女を見つけ、思わず感嘆を漏らした。昔の感性ならたかが学生と考えるだろうが、この時代で旅をしてわかったのは、学校は安全な国だからこそ存在できる、だ。安定していない国では子供を働かせる家庭も少なくない。


「珍しいのか?」

「珍しいどころか色んな種族の子がいる。噂に違わずいい国なんだろうね」

「あー……そういえばあいつらも色んな種族が混ざってたな」

「仕切ってるのは耳の長い彼らなんだろうけど、それにしても外部を取り入れてるのは珍しいね」

「あいつら知ったかぶりの高慢ちきなやつらがほとんどだもんな」

「実際政治家に向いてるのは彼らだよ。頭の多い人がおおいもの」


 一つ国が違えば習慣や価値観も異なる。この間通ってきたのは獣のヒトが多く集う国だったから、種族の垣根を越えて仲良くしている姿は珍しい。何処か新鮮な気持ちで周囲を見渡していた。

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終わりの世界に祝福を かみはら @kamihara0083

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