1、田舎の村
「母さん、変なヤツが来た」
息子が息を切らしながら戻ってきた。
外は雨が降っている。口酸っぱく雨除けを被れと言ったのに、すっかり忘れているようだ。獣人の毛は多少の水程度なら弾くけれど、土砂降りならまるで意味が無い。自慢の毛が水を含み重くなっていた。獣人の例に漏れず息子も濡れるのは嫌いだ。だというのに興奮で目を輝かせている。
「変なのって、なんだい」
「骨を象ったかぶり物をしてるんだ」
「…………なんだって?」
「遺跡からよく出てくるやつだよ。この間、墓地の近くで発見されただろ。都に報告してたし、きっと調べに来たんだろうって長は言ってる」
「あれま。長が出てきてるのかい」
「うん、いまは長の家で話してるよ。それで、もしかしたら村に滞在するから、うちの物置を貸してくれないかって……」
「それ、村長が言ったのかい」
「ババさまだよ」
「…………ババさまかい」
長だけならともかく、最年長のババが家を貸せと言っている。苦々しい顔で母親は言った。
「……物置は散らかってるよ。とてもじゃないが貸せる状態じゃない」
「なら俺が掃除するよ」
普段は掃除なんてしないくせにこうだ。きっと息子は都から来たヒトに興味津々なのだろう。その証拠に、耳が張っている。尻尾の揺れを誤魔化そうとしているが、母親には丸わかりだ。辺境に住む子供にとって都が憧れの対象だということは、母親でも理解できた。
「勘弁しておくれよ。外からのお客人を迎え入れる用意なんてできちゃいない。父さんだっていないのに……」
見ず知らずの得体の知れない者を、例え隣家とはいえ敷地内に置くのは嫌だ。ババさまがそう言うのであれば食事だって用意しろと言うことだろう。
「断るの?」
「……断れないよ」
だが受け入れるしかない。夫が死に、母子二人だけとなってしまった近年、村への貢献が滅多に減った。村の権力者が母親らを指名したのは、親子を村に居やすくするためだ。少なくともババさまだけは親切心故の指名だろう。
「掃除は母さんがやっとくよ。おまえは長のところにいって、引き受けますと伝えておくれ。村を案内してから戻ってくるんだよ」
「ええ? 今日、雨……」
「お馬鹿さんだね。家が片付いてないんだよ! ほら、いったいった。そうと決まれば掃除だよ!」
少年は母親に家を追い払われ、再び雨具をかぶる。耳が隠れるのは苦手なのだが、いまは気にならなかった。
泥をはねながら走った。見知った村だし、なによりここは小さな規模だ。長の家に戻ったとき、長はすでに玄関に立っていた。長は少年のために手ぬぐいを用意しており、雨具を脱いだ少年の頭を拭いてくれる。
「ミ・アン。フ・アンはどうだった」
「うちでいいって。でも物置は散らかってるから、掃除したいってさ。できれば村を案内してから来てくださいだって」
「ああ、そうか。……ならもうしばらく家にいてもらう、か」
長は苦々しい顔で呟く。
そういえば、客人の相手をしなければならない長がどうして玄関に出ているのだろう。それに表情だっていつになく暗い。
「長、あのヒトは都からきたの?」
「あ? ……ああ、そうだ。遺跡を調べに来たらしいよ。あのヒトは先遣隊の一人だとさ。とりあえず様子を見て、重要そうな遺跡なら他の隊と共同で遺跡を探すんだと」
「へー……都が来るようなことってあるんだ……。あの遺跡ってよっぽどすごいの? こんな田舎にあるのに……」
「田舎で悪かったな。これでも余所に比べたらずっといいところなんだぞ。他の山はもっと大変なんだ」
「俺、他の所を知らないもん」
「はぁ……お前は外を知らんからそう暢気に構えてられるんだ。俺だってお前ぐらいの年の頃は確かに……」
少年は長の地雷を踏んだことを悟った。外に出稼ぎに行ったことがある長は、子供達に度々説教をすることがある。面白い話も沢山知っているが、苦労話となるとながったらしく退屈なのだ。引き返そうにも客人を連れて行かねばならないし、勘弁してくれよ、と小さな悲鳴をあげたときだった。
「村長殿。外ヲ、見にいきタイのですが、よロしいですカ」
出てきたのは例のヒトだ。村を訪ねてきたときと同様に、黒いかぶり物をしている。目の部分は大きく開いていて、黒がかった硝子がはまっているが、口元はボツボツ穴の開いた丸いカップが嵌まっていた。呼吸の度にコー、ホーと音がするのだけれど、息苦しくはないのだろうか。背中には一抱え以上の荷物を背負っており、一見ただの旅人のようだ。
「この子は?」
「村の子です。今日、貴方に宿を提供する予定の……」
「なルほど。わざわざ来てクレたのですか、ありがタイ」
妙な発音をするヒトの女だった。都のヒトはこういう喋り方をするのだろうかと見上げていたのだが、そのヒトが少年に顔を向けた。
都のヒトは首元すら覆うよう全身着込んでいる。従って種族を判別するとしたら透けている硝子部分しかないのだが……見辛いが、目の形状と、毛のない肌からして耳長族混じりなのだろう。少なくとも耳や尻尾がないし、臭いからして獣人混じりではないはずだ。大人であれば客人の種族を重視したところだが、少年はそこまで気に留めていなかった。困ったな、と思ったのは別の問題だ。
「獣人の飯って口に合うのか?」
である。耳長含む毛のない人種は複雑な味を好むと聞いたことがあったからだった。
少年の心中など知る由もない人物は手を差し出した。
「アサカです。よろしく」
「え? あ、俺はミ・アン。よろしく」
都の風習だろうか。首を傾げる少年、獣人のミ・アンに、アサカと名乗った客人は笑ったようである。呼吸音が乱れた。
「すみません、つい。こちラノ地方も握手ハしないんですね。……いえ、気にしなイデ、私ノ癖です」
「アクシュって?」
「手と手を握りアウ挨拶でスよ。そうイうことをする地域もあるのです」
かぶりものをしているせいか、どうも怖い人だ、という印象がミ・アンの中にあった。意外とお喋りらしい。
「村長殿。先ほどの続キなのですが、よロシければ遺跡を先に見せてもらイタい。先ホドの話では、そウ離れていないのでしょう」
「あ、いや……それは……」
「調査を早く済ませたいのです。仲間にも知らせねばならないので……」
「いや、しかし雨が強い。遺跡は野ざらしになってる部分も多いし……」
「俺は構わないけど」
ぽつり。呟いたミ・アンに長が目を剥いた。悪いことはしていないのに、叱られているような気がして下を向く。
「長殿、心配、感謝します。……見てくるだけデスので、ミ・アン、案内ヲ頼んでモ?」
「いいよ、こっち」
雨具を被って長の視線を遮ると、雨の中に飛び出した。長が「危ないぞ」と叫ぶも、アサカも案内役に続く。
天気は相変わらずだが、幸いにも雨は弱くなりはじめた。客人はこの辺りが珍しいのか、きょろきょろと顔を動かす。
「普通の村だよ。なんか面白いもんでもあるの?」
「なんでモ」
「なんでも?」
「なんでモ面白いんでスヨ。何分、遠クから来タもので」
少年の物言いも、アサカは気にしていないようだ。
「都に比べたら、うちは田舎だからなあ」
「都は騒々しい。この村ハ良いトコロですよ」
「……なあ、都のヒトって、みんなあんたみたいな話し方なの?」
「え?」
「妙な喋り方するなーって」
何気ない疑問を口にすると「ぷっ」と誰かが笑った。自分でも、ましてアサカでもない。自分と同い年くらいの男子の声だった。驚いて周囲を見渡すミ・アンに、アサカは何故か腰元の袋を叩いた。
「どうしマした?」
「えっ、いや、今声が……」
「気のせいデは。それより急ギましょう。……それと、私の喋りハ……方言デス」
「へー……じゃあ都出身じゃないの?」
「違イます。もっと遠いとこロです」
都のヒトだから、てっきり生まれも育ちも都だと思っていた。そうか、田舎から都に移り住むヒトだっているのだ。
アサカが道なりに進もうとしたところで止めた。
「アサカさん、鉄の遺跡はこっちだよ」
「……墓ヘハ小道を使うのデは? そちらはなにもないように見エルけれど」
「普通はそっちを使うよ。けど遺跡が出てきたのと一緒に、道で毒が発生したんだ」
「それは、ドんな毒」
「え? ……うーん、近寄ると息苦しいっていうか……近所のおじさんは毒を吸い過ぎて倒れちゃったよ」
「死人はでなかった?」
「死人!? そ、それはないけど……きっと遺跡から流れた穢れだって……」
「…………なるほど」
「遺跡は山の中腹にあるけど、そこから上はどこが無事で、どこが駄目なのかがわからない。毒の空気がどこにあるのかわからないんだ」
それは獣人の鼻を持ってしても判別が難しいのだと少年は語る。彼らは聴覚・嗅覚が発達しているが故に危険察知はどの種族よりも優れている。穢れ近くの村で生活できているのも彼らの特性のおかげなのだと長は語っていた。
雨除けが水を弾く音の中、コー、ホー、と音が響く。アサカはしばらく小道の方を眺めていたが、やがて少年の指示に従った。雑草だらけの雑木林に踏み込むのは、やたら頑丈そうな素材で作られた靴である。正直、アサカの格好は暑苦しいにも程がある。訪れる旅人の数が多いとはいえない村だが、ここまで重装なのはアサカくらいだ。
それにしても、アサカの足は遅い。黙々と歩いているが、子供のミ・アンより後れを取っている。都のヒトは体力がないらしい。
「荷物、持とうか?」
「ありガとう。けれど、私が持たねばナらないものだから」
けれど、村のヒトより当たりはきつくはない。やんわりとした断りだったから、気を悪くすることは無かった。
遠回りとはいえ、ひとっ走りすれば辿り程度の距離を、時間をかけて向かう。
ようやく辿り着いた遺跡は、ひと言で表すなら不気味、だろう。
地面からせり上がった鉄があちこちに露出している。尖り、時に捻られた長いネジが露出し、硬い、けれど石とは違う不思議な物体が付着している。長はこれが昔の家々の壁だっだと言っていた。
「穴が開いテる」
「あ、うん。下から噴き出したんじゃないかって……」
アサカの視線の先は、地面にぽっかり開いた穴に注がれていた。地を裂くように尖った鉄が天高く反り立っている。降り注ぐ雨は泥水となり、穴へ流れ込んでいた。
「爆発?」
「長はそう言ってた」
遺跡が露出する前、ここは村の木材置き場だった。ある夜、山を震わす爆発が巻き起こり、村は騒然となった。木こりの爺さんが一人帰ってこないこともあり、若集が探索に乗り出した先で、この惨状を目撃したのである。
木材は一つ山の向こうまで吹き飛んだ。爺さんの身体の一部も、そこで見つかっている。
「こノ雨ジャ、降り切れなイな」
「雨じゃなくても危ないよ。中は見えない毒の空気で溢れかえってる。近寄るだけで息苦しくなるんだ、降りたらもっと苦しくなるよ」
「それを調ベル必要がアルんだよ」
アサカは見えない毒など恐れもせず遺跡に近寄り、穴には近寄らぬよう、周囲を注意深く観察する。少年は動くことができず、その様子を見ているしかないのだが、顔を覆う被り物のせいで、やはり何を考えているのかまったくわからない。
ゆっくりした動きで穴の周りを一周すると、アサカは戻ってきた。ミ・アンの肩を叩くと「戻ろう」と言ったのである。その声は、心なしか弾んでいるようだった。
「いいものでもあったの?」
「ええ、とびきり、イイものがね」
この何もない村に都の人が喜ぶようなものが存在している事実に、少年の胸の内は不思議な高揚感に満たされていくのを抑えきれない。
二人が村に戻ってこられたのは、夕方になってからである。母親と長が村の入り口で待っていたのだが、長は困惑していた。それというのも母親が怒っていたからである。
後で戻ってこいといったのは母なのに、という反論は許されないらしい。というより、母はアサカに怒っているらしかった。
「子供に危険なところを案内させるなんて」
被害にあったのは木こりの爺さんと、毒で倒れたおじさんだ。それ以来事故はないし、気をつければ大丈夫なのにな、と心で呟くミ・アンをよそに母はアサカに文句をいい、アサカが頭を下げた。
「まあまあフ・アン。次はミ・アンに行かせるようなことはしない。大人を付けるようにするから……」
「当然でしょう。うちは家を貸すけど、宿屋じゃないんだよ」
「非常識なことヲして申し訳ナイ。以後、気をつけマす」
それと、と付け足す。道はわかったので、以降少年の案内は不要だと言った。
「調査は危険ヲ伴う。もしモの場合を考えたら、一人の方ガ良イでしょう」
「…………まあ、そうしてくれたらありがたいけどねぇ」
アサカについていくつもりであったミ・アンだが、不機嫌そうな母親には逆らえない。尻尾を地面に付けそうな勢いで落ち込む少年だが、異論を唱える人は誰一人としていなかったのである。長と母はアサカがどのくらい村に滞在するのかが気がかりなようで、せわしなく耳を動かしていたのだが、その程度のことはお見通しだったようだ。
「ご安心ヲ。長くテも三日くらいでしょう」
「そ、それは随分かかるのですな」
「遺跡の規模が大きいことと、毒の空気対策デスね。後発の仲間たちに毒の空気を止めてもらうタメですのデ、了承いただきタイ」
「き、霧が止まるんですか!?」
「止めルでしょうね。そうでなくてテハ、意味がない」
「それはありがたい!」
途端喜びはしゃぐ長である。アサカは明日の準備を行いたいようで、早速フ・アンに宿の借り入れを申し入れる。母子が提供できたのは古びた物置を掃除しただけの襤褸小屋だったが、文句はないようだった。
「井戸は使わせてもらいタイので、村の中で姿ヲ見かけるでしょうガ、どうかお許シヲ」
「勿論だ、好きに使ってくれ」
長は毒の空気という問題が解決することが余程嬉しいようである。フ・アンにはくれぐれも粗相のないよう念を押して戻っていったのだが、フ・アンはそれがやや不満だったらしい。客人が小屋に引きこもったのをいいことに、台所でぶつくさと文句を言うのである。
「そりゃあ毒が消えるのは嬉しいけど、宿を貸すのも、備蓄を切り崩すのもうちなんだよ。それにあの被り物はなんだい。気持ち悪いったらありゃしない」
アサカに対するフ・アンの印象は最悪なようで、ならば食事を運ぶのを任せてくれと言い張ってみたミ・アンだが、当然のように断られた。
「あんたとあのヒトを二人きりにするわけにはいかないだろ。いいから道具の手入れをしておいで!」
にべもない一言で追い返され、小屋への接近も禁じられたのである。大人しく鋤の手入れをしていた少年だが、大人しく言うことをきくばかりではない。朝の早い母が寝静まった頃合いに、木の戸窓を開いて外に躍り出たのである。
幸いにも母子の家は集落から少し離れているし、わざわざ近寄って見咎めるものはいない。足音を立てないようそうっと小屋に近付くと、少年の耳がぴくんと跳ねた。
「誰かいるの?」
小屋の中から二人分の話し声がする。一人はアサカ、もう一人は聞いたことのない声だ。小声で話しているようだが、獣人であるミ・アンならば聞き取るのも容易い声量である。悪いことをしている自覚はあるものの、好奇心に負け耳を傾けると、不思議なことにピタリと話し声が止んだ。
それどころか足音がする。思考が停止し固まってしまう少年は、戸を開けたアサカによってあっさり見つかっていた。
「ミ・アン?」
被り物は相変わらずだが、流石に分厚い上着は脱いでいるようである。アサカというヒトは思っていたよりもずっと華奢で、村の子供でも簡単に裂けてしまいそうな皮膚に、だから厚い上着が必要なのだと今更ながら納得した。
「あ、あの、俺…………」
「入るのなら、早くオイデ」
拒絶はされないようだった。恐る恐る脚を運ぶミ・アンに、アサカは扉は閉めないよう忠告すると、白い粉で線を引いたのである。
「君ハ扉側にイテください。そしテ、線から奥に入ってはいけマせん」
意味はわからなかったが、従った。驚くことにアサカは小屋の中で薄っぺらい布を張っているようで、小さな天幕を作っている状態だ。見た目、それは綿や麻といった布とは違うようである。それに布を支える細い梁はギラギラの光沢を放っているが、見間違いなければ、それは鉄の遺跡と同じ臭いである。
「その棒は鉄なの?」
驚きのあまり緊張を忘れる少年に、アサカは支柱を人さし指で撫でた。手袋を外した指は耳長よりもやや黄色みを帯びた肌である。
「鉄……とは、似て非なるモノですね」
「どういうこと?」
「説明ハ難しイ。違うものト、思ってクダさい」
「うん、わかった」
機嫌を損ねて追い返されては堪らない。それに、ミ・アンの鼻は妙な違和感を嗅ぎ取っている。入り慣れた小屋が近寄りがたいような……そう、鉄の遺跡が発する見えない毒に似た危機感を抱いたのである。
そんな中にどっかり腰を下ろしたアサカは「それで」と口を開く。
「もしかして村の外の話でも聞きにきた?」
「なんでわかったの」
「私も旅が長イからね。経験則に基づく推測ってトコロかな」
アサカは難しい言い回しをしたが、ミ・アンにはわかった。
「…………俺みたいに外に憧れる子供に話を聞かれたってこと?」
「おヤ、ミ・アンは賢イ」
「そんなの考えればわかる」
「その考エル、が難しい子が多いノですよ」
小屋に入る前とは違い、アサカの態度にはやや気安いものがある。こういうとき、大人は少しばかり口が軽くなることを知っていた。
「…………父さんは村一番賢い人だったんだ。だから、父さんの本をたくさん読んだ俺だってわかるよ」
「……………………この村にハ本があるの?」
本気で驚いたようだ。それもそのはずで、こんな田舎の村にとって本は贅沢な趣味である。食うにも役に立たない代物に金をかけていた父に、村の人々は「変わり者だ」と苦笑していたのである。それでも、人一倍働いて皆のために皮をなめしていたから笑い話程度ですんでいた。
アサカは見知らぬヒトだからだろうか、ぽつぽつと事情を喋る少年の言葉をアサカは静かに聞いている。
「イイ趣味ヲ持っていタノだね。形見ハ、大事に持っていルといい」
「そうしたいけど、お金がなくなったら売るしかないって、母さんは言ってる」
「…………ソウならないことヲ、祈りタイな」
「どうだろう。母さん、父さんが死んでから生活が苦しくて、怒ることが多くなったから」
「お父さんガ好きだっタんでしょう」
「うん、それはわかるよ。仲良かったから」
おそらく、あれは余裕がないのだろう。そんな中で自分に愛情を注いでくれていることくらいはわかる。
「最近は、成人したら外に行きたいって話をすると、嫌そうにする。……あのさ、アサカさんに都とかの話を聞いたって事は…………」
「はい、ヒミツにしますよ」
ほっと胸をなで下ろした少年である。
「私もヒトと話をするノハ嫌いじゃない。あちこち旅ヲしていると、どうにモ警戒されがちですカラね。ミ・アンのように話しかけてくれる子ハ歓迎です」
「そっか。…………ああ、ところで、その妙な喋り方なんとかなんないの?」
「重ねて言いマスガ、地方出身故、仕方ナイのです。これでもましになったのですカラ」
「ふーん。…………で、さ。都なんだけど、どんなところなの?」
「……………………まぁ、一言デ表すなら、騒ガシイ、でしょうか」
「騒がしい?」
アサカは都のことを綺麗な場所だ、とは言わなかった。希に村に立ち寄る商人は都のことを「麗しの水の都」と褒め称えるものだが、このヒトの声音は都に対する嫌悪が混ざっているようだ。目を白黒させる少年に、アサカは気を取り直したように取り繕った。
「君ハ、きっと楽しめると思う。都は耳長の黒と白、それに竜種がたくサンいるから」
「精霊は? 都にはいないの?」
「精霊は森に引きこもってルから、滅多に姿ヲ見せないよ。都にモ滅多にいない」
「なんだ、じゃあ見られないの?」
「会うことハ難しいだろウね」
「ふーん。あ、でも精霊って心の綺麗な人しか会えないんだっけ。……じゃあ俺は難しいのかな」
「…………ミ・アンなら大丈夫だと思いマスけど」
心の綺麗な人という言葉に、なぜかアサカは腰元の革袋をつつく。
「あ、ねえねえ、アサカさんはその被り物は脱がないの?」
「ああ、これ」
アサカは自称恥ずかしがり屋らしく、被り物を脱ぎたくないらしい。外見で大分損をしているようだが、根はいいヒトなのかもしれない。それにしても喋る旅に被り物に音が篭もって妙な音を立てるのが気になった。
「諦めてくだサイ。私はこれガないと、外を歩けない」
冗談にしては下手すぎるものだけれど、不思議とミ・アンには心地の良いものだった。体を揺らして笑い声をあげようとして、はっと我にかえると顎を閉じたのである。しばらく二人はひそひそ話に興じたのだが、アサカはことさら村から隣村への道を聞きたがった。やたら熱心だったのは、後から来るという仲間が来るまでの日数でも数えていたのだろうか。
「明日はなにするの?」
「遺跡で調査スルよ」
「俺もついて行ったら…………」
「駄目」
この点に関しては、意志を曲げてくれないらしい。
「その代わリ、君の望ム話をたくさんしてあげヨウ」
「本当?」
「ええ、きっと気に入る話はアルと思う。……お茶はいるかな?」
「あ、欲しい。…………えと、俺ら、耳長と違って舌が……」
「わかっテるよ。温メで用意する」
少年にとって不思議な交流は、夜更けまで続いた。たった一夜の出来事だけれど、村の外の世界を知らない少年にとっては忘れがたい時間であり、事実、この日のことをミ・アンは大人になっても忘れることはなかった。
翌朝、少年がぐっすり寝入った頃、アサカは遺跡に発っていた。
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