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その金髪の少女が治療を受けているあいだ、私の頭の裏からどうしても離れなかったのは、さっき見た血みどろで剥き出しの眼窩と、彼女の達観しきったかのようなその表情だった。ものうげでととのった顔立ちの上に一箇所だけ明らかに異常でおぞましい穴が空いているものだから、余計生理的嫌悪に身がよだつ。今でもあれを悪夢に見る。最初にあれに釘付けになってしまったことをいまさら後悔する。
見るも無残な傷痕を包帯で隠されてゆく金髪の少女に、彼の主人が――まあ私の主人でもあるのだけれど――ときたま話しかけていた。その内容は覚えていない。多分どうでもいい
その包帯の上からも血が滲んでくると、本で見た
――あれは、ご主人様がやったのだろうか?
よく見るとその金髪の少女は
――もちろん、他にどんな可能性があるというの?
まさか…
彼があの少女から眼球を奪ったのだ。どんな表情で、どんな風に?
私は何とも言えない気持ちになる。もちろんご主人様は生活のすべてがかかっていたのだから、まさに死に物狂いでこのゲームに勝とうとしなければならなかっただろう。だったら、たとえどんな酷いことをしていても、不思議ではない。許される。だって、負けたら破滅なんだから…破滅……破滅してしまったのだろうか、彼は? だとしたら、それはきっと私のせいだ。
ああ、彼が嘘をついていたらいいのに。本当は負けたら全財産が無くなるなんて、赤嘘で、でたらめ、私を騙して長く耐えさせるようにするための策略のひとつだったら良かったのに。どれほど幸せかわからない。
私は敗けたことを慙愧する。座り込んで惨めに泣きじゃくる。けれどその姿に同情するものは居ない、私はこの世で一番ひどい保身に走ったのだ――たとえ目を刳り抜かれていても耐えるべきだったのに、私は、私は、当然そうしていなければならなかったのに、あのおしとやかでお人形みたいな少女がこんなにも傷だらけで耐えたというのに……
「さあ、帰るぞ。お前もだ」
気づくと私を見下ろしている影が二つ。しかし、まだ大事な人がここに来ていない。
「ご主人様は……?」
「俺だ」
なんてベタなギャグを返すその男を押しのけて、私はなりふり構わずに、その部屋の窓へと駆け寄った。
それは予感ではなかった――馬の蹄の音が聞こえたのだ。
はたしてご主人様はまさしく馬車へ乗りこむところだった。距離は隔たっているけれど、彼の姿は見まちがえようのない強度で私の目の前に広がっている。私は思わず叫んだ。そうして身を乗り出す――自殺せんばかりに。そういう危機感を部屋の誰もが抱いたけれど、私にはそんなつもりは少しもなかったのに……。
無視されても仕方がないと思った。私のせいでご主人様は敗けて大金を失ったのだから。こんな出来損ないの奴隷の顔など、二度と見たくないに違いない。けれど、彼はこちらを――私たちのいる部屋の窓を一瞥し、そして少しの間をあけてから無言で馬車へと乗り込んだ。その表情からは何も読み取れなかったけど、彼がいつもしているような穏やかな顔のひとつだった。
「あ、あの…彼は…彼はこれからどうなるんですか……!?」
ご主人様の行く末を、私の新しい主人となった男へと尋ねると、彼は私の自殺を防止するために首根っこのところを掴んでいたけれど、淡白に
「知らん。」
と。
「あの男とは今晩出会ったばかりでな。二、三言、雑談を交わしただけだ」
それを聞いて、私は、愕然とした気持ちになった。
窓の外では降りしきる霧のような小雨が、闇の中へとおのれの姿を搔き消してゆく。茫洋と夜灯の灯る都の光だけが夜を照らし、厚い雲に覆われた空は暗黒のように月と星を覆い隠している。
月はまたいつか出るけれど、私たちの関係は、二度と、戻らない。
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