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 一秒だけ、持ち堪えた。扉の方を見て、ゲームの終了を告げる誰かがやって来てくれないかと確認した。でも誰も来ない。もうこれ以上は無理。私は何もかも白状する。

そう、一秒だけ。一秒だけ私は自分の限界を先延ばしすることができた。それは愛を信じる力の効用。――なんて空しい。私の愛なんて所詮その程度のものだったのだ。どのみちご主人様と結ばれる資格なんて、私には無かった。


Memento mori


合言葉を告げると、男は風のように部屋から飛び出して行って、敗衄した私はひとり残された。すべてが夢のように。まるで一連の事がすべてまやかしのように感じられて、ただ痛みだけが残った。

手足は灼けるように痛かったけれど、おそらくまだ歩くことはできるだろうと内心安堵している呪わしい自分が居て、それに気付いてたまらなく嫌になる。 ――まだ歩けるからって、進むべき道を自分で閉ざしたのに、あなたは何を誇っているの? 真実の私の気持ちの声が、どこかで嘲笑っている気がした。


 ゲームの勝者と敗者が決まった。私のせいで、ご主人様は敗けてしまった。ご主人様……いや、敗者の奴隷の所有権は勝者の主人に属することになっているのだから、私の新しい主人はあの男で、私にはもう元のご主人様のことを「ご主人様」と呼ぶ資格すら、与えられていないことになる。――当然のことだ。私は忠誠を誓った主人を裏切った裏切り者、奴隷失格なのだから。


 長く恐ろしい沈黙のあとに扉は開かれて、入ってきたのは審判をつとめる実行委員のひとりだった。私は襤褸を宛てがわれ、肩を担がれて階段を登っていった。どうやらこの先に「箱」があるらしい……開けられてしまった箱……ほんとうにゲームは終わったのだと不思議に感じる。さっきまでは私たちは対等にゲームをやっていたのに、今ではもう勝者と敗者に分かれている。

 私は…階段を登るのが怖い…ご主人様に、いえ、”あの人”にどんな顔を合わせていいのかわからない…立つ瀬がない…いっそ殺して欲しい……いえ、”あの人”にずっと私と一緒に暮らしてくれるつもりだったのか、聞いてみたい。彼は破産してしまったのだろうか、屋敷と土地の権利を、全部取られてしまったのだろうか。それともあれは、単なる嘘だったのだろうか、本当の賭金は大したことのない額、それとも実は彼は他にも沢山の――山ほどの資産を持っていたのだろうか?

 階段の一段一段がとても辛い。私は辛いし痛いし恥ずかしい……しかしもっと根本的に深刻なレッテルを抱えながら審判場へと登ってゆく。裏切り者なのだ、逃れようもなく。私はおぞけから震える。


 その部屋の中には最初誰も居なかった。私はそこで審判をつとめる実行委員の男から、雑だけれどとても有難い治療を受けた。包帯も巻いてもらったし、服もちゃんと元のものを着せられる。ほっとひと息つける瞬間。――そこへ先ほどまで私をあのひどい拷問に掛けていた黒衣の男が闖入してきて、見れば、その足元には襤褸を纏った少女を連れている。それが相手の奴隷であることはひと目でわかった。

私は驚いた。流れるような金髪の人形のように綺麗なその少女の顔には、片目が亡かった。

刳り抜かれていたのだ。

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