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「詐欺だ、お前は詐欺に掛けられているというのが解らんのか! あいつは――ラングトンはお前のことを愛してなどいない。ただの道具でしか無いのだ、使い捨ての商売道具!――そんなものを本気で愛する奴など居ない」
そんなの嘘。あんなに愛してくれたもの――その言葉を口に出すほど愚かではなかった。私はもう一度沈黙することに決める。これ以上は、私の大切な何かが壊れてしまいそうだから。 メメント・モリ……メメント・モリ……その言葉を想い浮かべてはならない。その言葉さえ言わなければ、全てが私のものになるのだ。勝利も、名誉も、ご主人様からの一生の愛も。
けれども、もう拷問が行われるのは止められないように見えた。
私に何を言っても無駄なことが、ばれてしまったからだ。
男によれば私は「阿呆のようなロマンチスト」で、女たらしの手管にやられて脳が退行しているらしい。それどころか私の知性的な面はすべてご主人様から直截教わったものなのに、ご主人様が居なければ私はただの田舎の野蛮人でしか、あるいは明き盲の黙阿弥にしか過ぎなかったのに、ずいぶんと勝手なことを言う。
しかし、彼は本当に苛立っているらしい、私のご主人様に対して、そして詐欺師に騙される馬鹿な奴隷に対して怒りを燃やしている。だから、これから私は酷い目に合うということが、分かりすぎるくらい分かっている。
結局、私のご主人様を詐欺師呼ばわりしているこの男だって、拷問――他人が悲痛に泣き叫ぶ様をつくりあげること――が好きに違いないのだ。だってそうでもなければ、どうしてこんなゲームに名乗りをあげるというのだろう? どうして他人に平気でこんなことができるのだろう……ううん、そのことはいま考えないようにする。このときの私は、ただひたすらご主人様が今にも掛けつけてきてくださると――ゲームを終えて相手の箱が開けられて――信じていた。だからもう少しの辛抱、あと少しの我慢と自分を励ましながら、じりじり、じりじりと……迫ってくる際限のない絶叫の痛みから、意識を逸そうとした。
男は鞭を取り出して――
「まったく、自分の賞品を傷つける俺の身にもなってみてくれ」
と言いながら、やれやれといった手つきで、ほんとうに無慈悲な表情で、くもでに伸びる鞭の束をほぐし、手首を返して、私の腹を思い切り打ち付けた
―――――!!
初めて味わう、声も出ないほどの打擲。苦痛の中にえもいわれぬ真理を見いだす人々が時々居るけれど、私は断じてそんなのではない。文字通り、断末魔の痛み。冷えた肌は紅く染まる。自分でも驚いた、こんなに鮮やかな赤い色が――遅れてやってくる、長い、長い、長い、意味を伴わない悲痛の
突如として破れる空間の張り詰めた
正直なところ、まだ耐えられないこともないのだ。でもはやく、助けて……
男は、この痛みはお前の愚かさに起因しているのだと言った。蛇の甘言に騙された愚かな女の必罰に。でも、鞭を振う男の目に暗い大罪の炎が宿っていたことを私は忘れない。
「痛いか? 痛いだろうさ、だがあまり時間がないのでな――15発で勘弁してやる」
そんなに鞭打たれたら死んでしまうのではないかと本気で思った。しかし男に容赦というものはなく、人は殺されるまで死なないという当たり前のことが私の身の上に降りかかった。
ああ、なぜこんなにも残酷な仕打ちをいともたやすく行えるのだろう。その時の私が、涙ながらに哀訴して男の目を見やると、そこにはどうしようもなく苛立った様子しか感じられない。要するに早く裏切れと言いたいのだ。なんと馬鹿なことをしているのだと私を責め立てている。仕方がないでしょ、私は愛のために頑張っているんだから。
「くだらん。こんなオモチャで天地がひっくり返ったように…まあ、その方が俺も遣り甲斐があるというものだがな。しかし時間がないから本格的なのに取り掛かるとするか。嫌なら――合言葉を言え」
首を振る。男は肩をすくめる。私はそのときも今も震えていた。ひとつは寒さのために、ひとつは恐怖のために。こんなもので済むわけがないのだから――
ここから先は思いだすのも辛い。
けれど、この日記には全てを記そうと思う。
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