10:

第二部


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 寒々しい密室。私はそこに拘束されていた。待ちくたびれて縛られた手足の先端が痺れてくる……時々体をよじらせる。誰もいない時間が永遠だと思えて不安で仕方がなかったけれど、黙って耐える。現実から目をそらすために一番楽しかった日々の出来事の数々を思い浮かべては消えてゆく――想像よりも圧倒的に、今ある現実のほうが強いのだ。かよわい幻燈の映像は、残念ながらはじけるまでの数瞬しか続かない。けれど、それでもいくらかましだった。


 その部屋の中央の椅子の上に裸で囚われていた私の耳に奇妙な音が届いたかと思うと、すぐ目の前にあった部屋の扉があっけなく開いて、姿を現したのは黒いシルエットの男だった。手に持たれた大きな鞄の存在感、掠れる金属音。そして、夜はまだ明けないということ。遠くから聞こえてくる雨の声。一瞬ぼうっとしたけれど、男の姿をはっきりと認識した――敵として。彼は敵なのだ。私とご主人様の幸せな生活を妨害さまたげる、ゲームの敵手。それがこの男の正体だった。だから、だからご主人様の為に、私がとるべき行動は……


                    米


 作戦会議を思いだす。ゲームのルールはとても簡単なものだった。ちなみにルールの説明を受けたのは、ご主人様と二人きりになった狭い寝室でのことで ……暗い窓の外の霧と、室内のゆらめく灯火が、それぞれ闇と光の役割を演じている。私たちは光の側に居て、愛するご主人様の顔がよく見えた。彼はとても真剣な顔つきをしていて、だから私も真剣になる。私たちはもうすぐ二人一組で戦いに赴くのだ。それだからには、真剣そのもの。彼は説明した。このゲームは「主人がどんなに忠実な奴隷しもべを持っているか」を競い、忠実な奴隷を持つ貴族をもてはやすためのものだということ。だから、私が良き奴隷として振る舞えば、振る舞い尽くしていれば、ゲームに負けることはない。でももし裏切ろうという心、主人を代えてもいいという堕落、自分はこんな目に遭うべきではないという傲慢などが奴隷の心の中に芽生えたならば、ゲームに敗北する。だから「ご主人様を裏切ります」と私が一言でも言えば、もうゲームは終わってしまったようなものなのだ――たったそれだけで、私の挙措のひとつのことで、そうすると彼は財産を失い、私たちの運命は永遠に閉ざされてしまうことになる――絶対にそんなことがあってはならない。たとえ厳しい試練であっても、それを乗り越えて見せなければ、私はいけない。あんなにも、あんなにも優しくされて、命を助けられて、永劫の闇からも救い出されたことを忘恩するなんて、絶対にあってはならない。もしそんなことがあったとしたら、このは地獄に違いない。


 私はご主人様に忠誠を誓う。元から誓っていたけれど、さらに重ねて刻みこむ。鉄を穿つように、闇を穿つように。私はご主人様の忠実な奴隷。そうでなければ、妻にしてもらう資格なんて無いのだから――

思いの丈を打ち明けて、変わらない忠誠を誓う。まるでそうすることによって、別のものの変わらなさとただしさを求めているかのように。炎が永遠の契約を見守っている。”実行委員会”から送られてきた装飾付きの豪華な箱と合言葉を入れるための一通の封筒が、傍に転がっている…

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