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 ご主人様と一緒に過ごす時間は、午前中も午後のひとときも、その日によって色々なことをしたけれど、夜は一種類の事しかしなかった。夜、私も彼も何もしないでいると、ひとりでに、自然と、彼の黒い瞳と私の薄みがかったブラウン色の瞳(何色かというとたぶん名前があるのだが実は自分でもよく知らない――)が混じり合い、それを契約の目印にしてアモルが降りてくる。部屋に漂いはじめる林檎の香りを感じてしばらく待つと、やがてゆっくりと夜の扉が開いて、昼の大人たちがみな嘘をついていること、隠したって隠しどおしようもない鮮やかな自然色のたいまつが人間の心の中には潜んでいるということ、金星の法則がこの地上には秘められているということ――がいきおい明らかになってきて、まるで最初からお膳立てされていたかのように、心臓を貫く愛が私たちのテーブルの前にびゅんと飛んでくる――それを食そうかどうかとおもうのも束の間――気がつくと布団の上でじゃれあっている。すると煤を出さない暖炉は情念で燃えたようになり、後は彼も私も、窓の外の景色が気にならなくなるくらい時間にとろけるのだ。

夜はそんな時間。この世の義務と苦労のことはもうすっかり忘れて、あるべき場所のてまで私と彼のふたりきりになったような気がして、運ばれて、喜んでのどかに遊ぶ時間だ。

 この遊びのことをはじめて教えてくださったのはまぎれもないご主人様で、まるでクローケーを習ったばかりの生徒に教える先生のように、やさしく包み隠さずに、すべてを授けてくださったのだった。それで私はますます彼に深い驚異と敬愛の念を抱くようになると同時に、自分の(体の一部の)平凡さに気がついて絶望するという例の悩みにも陥ったけれど、彼はそんなことはとっくに見ぬいていて、微笑んで、ただ受入れて、ベッドの上で優しい言葉を何度も掛けてくださった。――彼は本当に強くて優しくて頼りになる人だ。そんな人が私だけを守ってくれる、そう、愛の力によって。だから私は何としても応えなければならない、全力で、できるだけ精一杯、なんとしてもこれをなし遂げなければならないのだ。

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