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多分、私の命がけの懇願が通じてくれたので、その男の人は優しい
…私は恥ずかしがり屋だったから、たとえそんな追い詰められた状況にあっても、口では何も説明できなかったと思う。いま店主から殺されそうなことや、発熱がひどくて我慢できないこと、もし買ってくれるなら、あなたのためにどんなことでもすること。それに、今しがた芽生えた恋心……恥ずかしくて、とても口では言えなかったと思う(実際には熱で言葉も出なかった)。けれどもご主人様は私の心を見通してくれて、私の命を助けるために、私のことを選んでくれたのだ――
「この娘は、熱病か何かに罹っていますね」
「へえ。そうでございます。可哀想に昨日から何も喉を通らないもんで、薬を買ってやろうにも、わたくしどもにはとても手が届かず、無念のありさま。いやもし大将がうちの奴隷の誰かを買ってくれますなら、その子のための薬も買えるんですが……」
「ではいっそこの娘を引き取りたいのですが、よろしいですか?」
「へっ!? あ……いいですともそりゃ。誰を買おうとも大将の自由です。どの娘だろうが、何人だろうが…何だったらあの婆さんだって買えますよ」
店主はそう言ってひどく下品に笑う。そして商談が始まる。
「病気なので値下げておきますか、 へへぇ…」
「いえ、値切るなどという真似はしません。が、まあぼったくられたくはありませんね。そこで、どうでしょう? まずこちらで一度値段を提示して、それで貴方がご不満なら引き続き交渉するというのは」
「ええ。よろしゅうございますよ」
「では、3ルイでどうですか?」
「3ルイ!? ひぇえ、ええっ、そ、相場といったところでありましょうかな、あはは、いやはや……相場相場」
「そんなに『相場』でしたか。では……お確かめください」
そういって彼は財布からこれまで見たこともない種類のお金を取り出すと、店主に渡した。これは交換なのだ。店主がそれを受けとったとき、私は店主のものではなくなったのだ。ご主人様のモノになったのだ。その時の私の喜びようといったら。彼が私の檻の側へやってきて、穏やかに囁いた。
「今日から君は私の下で役目に就きなさい。いいね?」
わたしは絞りだすような声でようやっと、「はい」と答えられた。
舞い上がりそうなくらい、嬉しかった。勿論。実際はできない。私は馬車の中ではずっとお腹を押さえて体調の悪さに寝込んでいた。そこからの記憶が無い。
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