1――春野香織視点

第5話

「新入部員アンサンブル披露会?」


 僕はきっと家でGを見受けた時のような顔をしているだろうし、榎本さんもおんなじ様子だ。

 春野さんはよくわからないといった様子で僕と榎本さんのおかしな顔を交互に見ている。

 いや、空気読んで似たような顔しなくていいから。


「……なんですか。その恥さらし」

「その気持ちはよくわかるが、顧問が毎回やらせるんだよな」

「顧問って、なんか楽器やってましたっけ」

「トランペット。ガチでうまい」

「……音楽やってる人って8割頭おかしいですよね」

「ブーメランって知ってる?」


 遠回しに頭おかしいといわれた気がするが、気にしないことにしよう。

 僕は普通。あいあむべりーのーまる。つまりそういうことだ。

 榎本さんは難しい顔をしながら先輩にいくつか質問をした。


「本番はいつですか?」

「大体3週間後」

「……やる曲は」

「マカリッシュ・ソフィア? 子の譜面。フレキシブルの三人用」

「これ、3rd誰が吹くんですか?」

「……どうすっかね」


 片岡寛晶(かたおかひろあき)さんが作曲したマカリッシュ・ソフィア……正式名称『3パート:マカリッシュ・ソフィア~3人のフレキシブルアンサンブルのために』には二通りの編成方法がある。

 一つ目がAパターン、木管によるアンサンブル。

 二つ目がBパターン、中低音楽器によりアンサンブル。

 今回僕たちが演奏するのはAパターンだ。


 3人の、と書かれていることからわかるように、この楽譜には3人がそれぞれのパートが分かれている。

 上から1st(ファースト)・2nd(セカンド)・3rd(サード)の順番で分かれており、今回の問題は一番下の音域を担当する3rdだ。

 マカリッシュ・ソフィアの3rdの担当楽器は、


 ファゴット、バスクラ、バリサク、コントラバス


 の四種類だ。僕たちはフルート(榎本さん・1st確定)とB♭クラリネット(僕・2nd確定)とテナーサックス(春野さん・どのパートもない……が、Bパターンの方に一応2ndの譜面がある)なので、3rdを吹ける人がいない。

 つまり2ndが二人いて3rdが一人もいないという状況なのだ。


「……僕がバスクラやる感じですかね」

「テナーの音域的に、バスクラの譜面はきついな、多分」

「そうですよね、多分音域狭いから」


 なぜ多分なのかって?

 自分の担当楽器以外はあんまりよく知らないからだよ。


「えーと、つまり、どゆこと?」

「私が1stで香織が2nd、そこの幸薄そうな男子がバスクラに持ち替えて3rdってことよ」

「説明に毒を挟むのやめようか」

「事実よ」

「事実だね」

「事実だな」

「仲間がいな゛いよ!!!!」


 とにかく、しばらくの間僕の相棒とはお別れだ。学校のバスクラを借りることになる。


 〇〇〇


 譜面にはグレードというものがある。

 これは、いわゆる難易度の指標だ。

 グレード2が簡単。

 グレード3が普通。

 グレード4以上が難しい。


 今回のマカリッシュ・ソフィア――以下マカソ――は、グレード2.5。

 つまりは普通と簡単の間ぐらいの難易度だ。

 ある程度の経験者からしたら、譜読みは簡単だ。


 僕はバスクラになっても運指(指の動き)は同じだから、対して問題はない。

 榎本さんはもともとフルートだから何の問題もない。


 問題は春野さんだ。いくらRTAでワールド何とかでも、さすがにすぐ吹けるだなんて思っていない。

 だから、譜読みまでを先輩に任せて、僕と榎本さんで曲の練習をしていくのだ。

 何故か僕にだけ口撃力が高い彼女のことだ。きっと、僕と二人きりの部屋なんて嫌だろう……と、思っていたのだが。

 意外とさらっと受け入れてくれた。


「どうして挙動不審なの? 近づかないでもらえる?」

「相変わらず辛辣!」

「はあ。時間が少ないのだから、譜読みをすぐ終わらせて早く合わせましょ」

「まあ、確かに」

「私とあなた、相性が悪そうだから、音がぶつかりそうだし」


 そんなはずは、と思う人もいるだろうが、仲の良い人とは何故か音がぴったり合うし、仲が悪いやつとはいくら音を合わせようとしてもぶつかり続ける。

 音がぶつかると、同じ音を吹いていても混ざらない。これは、少人数での演奏であればあるほど顕著に演奏に影響する。

 それが嫌だからという理由で吹奏楽部では部内恋愛禁止の学校があるほどだ。


 そうならない方法は何か? 僕は息のスピードをそろえることだと思っている。

 相手の息と同じスピードで音を吹く。

 そうすればほら。


 部屋の中で、きれいに嵌った二つの音が美しく響いた。


「意外と相性いいのかもね?」


 嫌味交じりに飛び切りの笑顔で問いかけると、彼女は、不満そう顔をして、おもむろに近づいた。

 耳元に顔を寄せて――彼女の吐息が聞こえる――思い切り息を吸って。


 ぴーーーーー!!!!!!!!!


「う゛あ゛っ⁉⁉」


 フルートの高音を、耳に叩き込んだ。

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