その三、怪盗ランマ

「あの子、あたしがプロデュースしたの。いや、正確にはVTuber的なものなんだけど、言ってる意味分かるかな。ぶっちゃけると20の中の人って、あたしなの」


 中の人ときましたか。もちろん、信じられません。


 彼女曰く、中の人とは、件の20を使って地球の思想を平和的に操る計画の一端なのだそうです。言ってる意味が、いまいち分かりません。なぜ、彼女が思想を操る必要があるのか、そこがどうしても分からなかったのです。眉尻を下げてしまいます。


 レモンサワーが注がれたジョッキを片手に持って、一口だけ、喉に流し込みます。


 彼女にも、こんな妄想癖があったのかと、新たな一面を垣間見た気にもなります。


 大体、10年近く、彼女と付き合っているのです。


 20の中の人だって気づかないわけがありません。


 もし、これが事実ならばSNSで拡散して自慢したいくらいです。なにせ今現在、大人気なアイドルの中の人が、彼女だったんですからね。不特定多数の誰かと共有したくなる気持ち、分かりますよね。それほどまでにあり得ない話なわけです。


 ポテチを袋の中から取り出して口に放り込みます。


 ポリと。


「ふぅん」


 と、興味がないとの意思表示の言葉を漏らすつつ。


 それよりもプロポーズの返事が早く聞きたい、と。


 と、ニュース速報が、個室に漏れ伝わってきます。


 外に置かれたTVからのものです。聞く気などなかったのですが、音量が大きいのか、勝手に耳に入ってきます。どうやら、今、世間を騒がしている怪盗ランマなる人物が、また何かをやったようです。彼女がVTuberなほど興味がありませんが。


 なにやら骨董品が盗まれ……、


 どうやら、今回の被害額総額は5億円のようです。


 庶民な僕には驚くよりも実感が湧かない金額です。


「ふふふ」


 と意味深にも彼女は笑います。


「あの怪盗ランマってやつ、実はあたしなの。今回は柿右衛門様式の壺を盗んだわ」


 ああ、さいですか。と、またレモンサワーを喉に流し込みます。


 そのあと、お決まりのコースとばかりにポテチを一つ口の中へ。


 パリと。


 ニュースが、静かに告げます。


「今回、被害にあったのは柿右衛門様式の壺で、時価総額で5億円の品となります」


 マジでしょうか。マジなのでしょうか。とても信じられません。


 なぜ彼女は怪盗ランマが盗んだ物を柿右衛門様式の壺と知っていたのでしょうか。

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