私のご主人様はドレイ依存症

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私だけのゴシュジンサマ


「お帰りなさいませ、ご主人様」


 屋敷に帰宅したロイド様を、私はいつも通りに部屋でお迎えする。


「ミラか。ただいま帰った。……あぁ、悪いな」

「いえ、これも私のおつとめの内ですので」


 けわしくも凛々しい表情を浮かべながら、部屋に入るなり首元のネクタイを緩め始めた。


 今日も国の逆賊を捕らえる仕事で、とてもお疲れのご様子。

 背が高く、精鋭として鍛え上げた身体も、少しだけ猫背になってしまっていた。

 世間では“冷徹な執行人”や“法の貴公子”だのと揶揄やゆされているが、それはお勤めの為に仮面を被っているだけなのだと、私は知っている。


 嗚呼、少しでも早く、ご主人様を癒して差し上げたい。

 私は背広を受け取り、彼の強がりの皮を一つずつ剥がしていく。

 預かった服は仕事でかいたであろう汗が染み込んでいて、ご主人様の匂いが朝よりも濃く香ってきた。


「ミラ……なにか、変わりは無かったか?」

「いえ? 特に……」


 下着姿になったご主人様は相変わらず、私に裸を見られるのが気恥ずかしいようだ。

 顔ではなく、着ているメイド服に視線を向けているご主人様も可愛いらしい。


「いや、そうではなく……不自由とかは」

「ふふふ。心配しなくとも、この館の皆様は、私が罪人の娘であることも、ご主人様の奴隷であることも気付いておりません。ただ……」

「ただ、なんだ!? 誰かに酷い目に遭わされでもしたのか!?」


 私の肩を掴み、心配そうな表情で身体に異常が無いか確かめ始める。

 少し意味深なことを言うだけで、ご主人様はこうやって直ぐに取り乱す。



 まるで人形のように服を脱がされていく。

 あっという間に、私は一糸まとわぬ姿にされてしまった。


 私には羞恥心よりも、得も言われぬゾクゾクとした満足感が私の心を満たしていく。

 昨夜と変わらぬ姿に安心したのか、ご主人様は私の傷一つない白い肌に頬を擦りつけている。

 目は情欲の色でにごらせ、執行人としての理性も、貴族の紳士らしさも垣間見えない。

 熱気のもった吐息が、私の下腹部に何度も当たっている。

 まるで、飢えた獣だ。


「ミラ……」


 何かを懇願するような瞳で私を見上げてくる。

 私はご主人様のこの眼が大好きだ。

 奴隷の証としてご主人様から頂いた赤のチョーカーを撫でながら、私はこう答えた。


「ご主人様が居なくて、寂しい思いをしておりました。ご主人様、今日もミラを可愛がってくださいませ」



 ◇


 私は二年前まで、とある大貴族の娘だった。

 毎晩のように豪華なパーティでドレスを身にまとい、ダンスを舞い、美食に酔いしれた。


 だがそんな日常は長くは続かなかった。

 とある日をきっかけに、私の貴族生命は突然、幕を閉じたのだ。



「すまない、ミラ……すまない……!!」

「大丈夫……私は、大丈夫ですから。泣かないで、ロイド」


 私の両親の汚職が告発され、国中にその悪行の限りが知れ渡った。

 民衆は怒り狂い、支援していた貴族仲間や親類は手の平を返すように去っていった。


 残ったのは多額の借金と両親の罪、そして妹のモニカだけ。

 さらに両親は法によって裁かれ、死罪となった。


 私は大事な妹であるモニカを護る為、自分を売った。

 そう、私たち家族を告発し、地獄におとしいれた張本人のもとへ。



 元々は我が家とロイドの家は仲が良かった。

 同じ年の頃の娘や息子を持つこともあり、将来は血縁を持とうとしたほどだった。

 つまり、私と彼は婚約者だった。


 彼は想像を絶する苦悩を抱えただろう。

 愛する人の家族を死に追いやるのか、それとも自身の務めを果たすのか。


 結果、彼は仕事を取った。


 父と母が処刑された日。

 彼は泣きながら私にすがりつき、あの瞳で懇願した。


 『――俺を、許してくれ』と。



 私は彼を愛していた。

 だから私は過去を忘れ、彼を許すことにした。




 ◇


 今日は珍しく、ご主人様のお父様である大旦那様が屋敷にやって来ている。

 私に出くわしてしまうのが気まずいのか、大旦那様は自分の書斎にご主人様を呼び、なにかを会話されている様子だった。


 私はいつも通り屋敷の仕事をこなしていたのだが、その近くを通り掛かった時、二人が言い合っているのが偶然聴こえてきた。



「だから私は結婚するつもりはありません!! 何度言ったら分かるのですか、父上!!」


 普段から冷静な態度を崩さないご主人様が珍しく、大声を上げている。

 それも実の父親である、大旦那様に。


「お前も貴族の息子なら跡取りが大事なのは、当然分かっているはずだ!! ……お前の事だ、どうせあの娘が気掛かりなだけであろう!!」

「そ、そんなことは……!!」


 大旦那様も当然、私の正体を知っている。

 私の父と親友だったこともあり、私の身柄を預かったこと自体は反対していなかった。

 だが、自分の息子が奴隷となった娘に恋慕していることは、貴族当主として許せないようだ。


「ロイド……自分を責める気持ちは分かるがな」

「父上。やめてください……」

「いや、これは親として言わせてもらう。いつまでも失った婚約者ミラをその妹と重ねるのはやめろ。お前だけでなく、モニカ嬢も辛いだけだぞ……!!」




 ◇


「ここに居たのか……」

「良いのです、ご主人様。私は私です。名前が何であれ、私はご主人様の奴隷。一生を貴方様のお傍で過ごせれば、それだけで……」


 部屋でいつものようにお待ちしていた私を、ご主人様は優しく抱き寄せてくれた。

 きっと私が大旦那様との会話を盗み聞きしていたことに、気付いていらっしゃるのだろう。



 そう、私の本当の名前はモニカだった。

 私のミラお姉様は、両親が処刑されたあの日、私を置いてみずから命を絶ってしまった。


 だから私には護るものなんて、何もなかったのだ。



「私がミラお姉様となって、ご主人様を許すと決めたのです。それしか、私には生きる理由が無かったから……」

「分かっている。一番辛かったのはモニカだったのに……だが弱かった俺は、そんなお前に甘えてしまっていたんだ……」


 結局は、お互いがお互いに依存していただけなのだ。

 ただ、生きるために。

 それが本当の愛かどうかは、どうだっていい。



 私は涙で震えるご主人様の顔を、両手で優しく包み込む。

 この気持ちは言葉じゃ足りない。



 そっと唇を重ね合わせる、それだけ。

 たったそれだけでも、私のこの想いは伝わってくれるはずだから。



 気付けば、ご主人様の震えは止まっていた。




「モニカ……」

「ご主人様、私はミラです。ロイド様を愛する、あの頃から何一つ変わらない、たった一人のミラですから……」


 言葉の途中で、今度はご主人様から口を塞がれた。

 いつも通り、私を見ているようで、私を見ていない。

 でもそれでいい。


 月明かりが差し込む部屋で、大事なモノが欠けている私たちは、互いを埋め合わせるかのように一つになった。



























 大好きな人の腕の中で、私は心の中で懺悔ざんげする。


「ごめんね、ミラお姉様。でも今の私、とっても幸せだよ」


 安らかな寝息を立てているご主人様の顔を見て、ウットリとする。

 今日もたくさん、私を愛してくれた。



「だって私、お姉様よりも先にロイドの事が好きだったんだもの。だからお父様たちの情報を流したのも……」



 私はご主人様の奴隷。

 このカンケイは愛する人と私を繋ぐ、大事な赤い糸。

 絶対に、誰にも邪魔なんてさせないんだから……





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