第3話 流星
大丈夫だ。まだ俺には最後の砦、全てのストレスをかき消す魔法の液体がある。大人だけに許された嗜好品。その名はビール。
まずはプルトップを開ける時の『プシュ』な快感を楽しむ。そしてコップを傾け、きっちり黄金比率の7:3に合わせながら注ぐ。泡も味わうわけだ。そして一気にカラカラ喉に流し込む。
プハーーーーッ!野外ビールサイコー!!
「何?その黄色い水」
「これは駄目。お前には飲めない」
「僕、水も飲めるよ」
「これは
「8ビワマス」
「……それは人間換算でいくつだ?」
「何で地上人はいつも自分達の基準を押し付けてくるの?じゃあ、逆に聞くけどハマチは何ビワマスなの?」
「ハマチじゃない。ハタチだ。まあ、確かに自分勝手だ。けどコレは苦くて美味しくない。コッチ飲んでろ」
「あっ!コーラは僕、好きだよ」
「コーラは知ってんのかよ!」
自分勝手か……そうだよ、人間は自分勝手な生き物だよ。外来魚は悪くない。それを増やしちゃった人間が悪いんだ。いや、海外から外来種を連れてきた人達や、それをリリースした人達を責めてるんじゃねえ。美味しく食べてもらう為や、楽しく釣りで遊んでもらおうとして、本当に良かれでやった事なんだと思う。まさか在来種が減るなんて当時は思いつかなかっただろう。特定の誰かが悪いのではなく、これは人間文化が招いた結果だ。自分勝手に責任を擦り付け合うのではなく、人間全体で琵琶湖を助けてやらないとな……と、カッコつけても俺一人じゃどうする事も出来ないし、動く気もサラサラない。言うだけは一丁前だ。本当に人間は俺も含めて自分勝手だ。そんな人間達が美味しいホンモロコを食えなくなる未来は、そう遠くないのかも知れない。
「なあミズッチョ」
「何?」
「ミズッチョ達、湖底人で何とか出来ないのか?ギルの問題をしっかり取り組んでいる人達もいるが、頑張っても全部を退治するのは不可能だろう。湖底人達が何人居るか知らないが、全員が好んで外来魚を食べたら減るんじゃないのか?」
「嫌だよ。モロコより美味しくないんだもん」
「うん。確かに。調理したらそれなりには旨いんだがなぁ……」
「だいたいさあ、何で僕達に黙って小魚を食い荒らすような外来魚を放流したの?もし君達がだよ、家に帰ったら知らない外国人が部屋に居て、そいつが勝手に冷蔵庫の中の食糧を全部食べてたらどう思う?嫌だろ?」
わかる。わかるぞ、その
「エビ豆美味しいね!」
「お前、どんだけ食うんだよッ?!栗東トレーニングセンターで調教終えたばかりの馬でもそんなに食わないぞ!!モロコが減ったのギルじゃなくてお前のせいだろ!!」
「人間の方がいっぱい捕ってるよ。あっ!あのリュックの中身は何?」
「勘弁してくれ、俺の朝飯だ。それよりミズッチョ、もう夜だぞ。家に帰らなくてもいいのか?家族は居るんだろ?」
「僕達は夜行性だよ。今日は早起きして遊んでたんだ」
湖面に映えていた夕日が山あいに沈み、辺りは黄昏時を迎える。俺はランタンに火を灯し、ロッキングチェアに腰を掛けながら夜空に散りばみだした星を仰ぐ。そよ風が木々の香りを優しく運んで来てくれる。夜の生き物達の演奏会も始まりだした。そして隣でミズッチョがペットボトルのコーラにストローを差し込み、息を吹き込んでブクブク遊びをやり出す。ハイ、ムード全部ぶち壊しー。
「汚いから止めろって」
「何で?面白いよ」
「上見ろ、上!星が綺麗だろ」
「昔はもっと綺麗だってお爺さんが言ってた。地上人が空にもゴミを捨てたから星の数が減ったんだよね?」
「……そうだよ。空のゴミも掃除しないとな」
空は群青色から濃藍に変わる。星の数が一気に増し、辺りは闇に包まれた。時折裏手を走る
「人間はな、星と星を繋げて形を想像したんだ。昔の人はそれで方角を知ったりしたんだぜ」
「知ってるよ。星座だろ」
「おっ!知ってるのか?どれが何座かわかるか?」
「あれがウグイ座でしょ。あれがコアユ座。あっちのがドンコ座で隣のがイサザ座……」
全部魚座じゃねえか。それじゃ星座占いが成立しないだろ。
「おっ!流れ星だ。流れ星が消える前に3回お願い事をすると、その願いは叶うんだぜ。知ってるか?」
「本当に?じゃあ、次流れたら僕、お願いするよ」
「おっ!来た、今だ!」
「琵琶湖がいつまでも綺麗で有りますように。琵琶湖がいつまでも綺麗で有りますように。琵琶湖が――あっ!駄目だよ。3回言うまでに消えちゃた」
いや、大丈夫さ。同じ願い事を俺が3回願っておいたからな。
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