第2話 湖底人

 そうだな、まずは琵琶湖に水を注ぐ119本の河川をせき止めるだろ。遊覧船や漁師さんには長期休業をしてもらって、大型ポンプ1万台で約275億トンの水を吐き出すとなると……あーでも、雨も計算に入れないとな。まあ、でも5年も有れば――


「出来るわけねーだろッ!!」

「なんで?」

「何処に抜いた水捨てんだよ!!」

「飲めば?」

「1千万人が10年足りる量だぞ!ダイダラボッチ百人居ても飲みきれる量じゃねーよ!」

「じゃあ、あのブルーレイとかいう魚はどうすんだよ。どんどん魚が減ってるんだけど」

「ブルーギルな。まぁ、漁師さんも嘆いてるよな。ああ、そうか。僕っ子の家も漁業なのか?」

「違うよ。僕は琵琶湖に住む湖底人だよ」

「はあ?」


 コテイジンって何だ?湖の底に住んでるって事か?半魚人みたいなものかな?そういえば耳の後ろのピコピコは魚のヒレのような……。


「僕っ子、その耳の後ろの何だ?」

「ちょっと!触らないでくれないか!ペチャヒレだけど僕は女なんだよ。湖底では女性のヒレを触れば罪に成り『逆さオオナマズの刑』にされるよ」


 どんな刑だよ。


「そのヒレは確かに作り物じゃ無さそうだな。俺は走太そうたって言うんだ。湖底人ちゃん、名前は?」

「ミズチ。ミズッチョでいいよ」

「ミズッチョか。ミズッチョはふだんは湖底に住んでるのか?」

「そうだよ。走太は僕達の事を学校で習ってないの?」

「スマン。俺、大学中退だから」

「僕達は君達の事を習うよ。昔、地上人に三上山の大ムカデを退治してもらって、お礼に俵をプレゼントした話は有名だよ」

「ああ、なんかその話は聞いたことあるわ」

「だから走太も琵琶湖の水抜いて、外来魚を退治してよ」

「だから無理だっつーの。まあ、たとえミズッチョが本物の湖底人だとしてもだな、俺に頼むなよ。環境省に相談に行け」

「僕達には複数の人に正体をバラしちゃいけないルールが有るんだ。走太が琵琶湖の水を入れ替えないなら、地下水を止める」

「へっ?」

「僕達は日本中の地下水を管理している。僕達が地下水を止めれば、日本経済崩壊だよ」

「ちょ、ちょっと待てよ。だから琵琶湖の水抜きなんて俺個人で出来る事じゃ無いから。まあ、落ち着け。なにか別の方法がないか考えようぜ。飯でも食いながらよ」

「御飯!いいよ!」


 うーむ。京都人と大阪人の気持ちがよく分かりました。水を止めるとか言うのは卑劣だぜ。しかしマジどうすれば良いんだ?琵琶湖の水抜きなんか不可能だし、ミズッチョには諦めてもらうよう説得するか。


 俺達は日が沈みかけの奥外に出た。夕焼けを照らした湖面が杏ジュースみたいな色になっている。野暮な俺が見ても幻想的な風景だ。

 俺は野外テーブルの上に七輪を置き、木炭を入れて着火した。ほどなく通気口から炭の香りがしてくる。火が起こるまで下ごしらえだ。マナ板の上に買ってきた野菜を乗せてワイルドぶつ切りにする。男飯に繊細は不要だぜ。あっ、そうそうホンモロコだ。あり?クーラーボックスが無えや。

 横を見るとミズッチョがクーラーボックスを開けて眺めている。


「ミズッチョ!その中のモロコを出してくれ」

「全部食べたよ。美味しかった」

「食べた?いや、まだ焼く前なんだが……」

「ヤク?」

「……」


 貴重なモロコ全部食われた。焼く前に……まぁ、まだ牛肉が有るから我慢だ。男の子は泣かないぞ。さあ、気を取り直して行くぞ。七輪を団扇で仰ぎ、一挙に赤外線パワーを上げる。金網を乗せ、軽く塩コショウしただけの牛タンを『ジュー』の香ばしい音を響かせながら焼き出す。


「さあ食べやがれ!これぞ日本3大和牛の近江牛だ!」


 俺は紙皿に牛タンを3枚乗せ、ミズッチョに差し出したが、コイツは一口で平らげやがった。


「美味しい!」

「馬鹿!もっと味わって食え。高いんだぞ」

「牛って美味しいんだね」

「脂の旨味を残して焼くのがコツさ。魚も表面を素早くカリッと焼いて、旨味を閉じ込めると美味いぜ」

「へえー。魚って生と熟れずし以外にも食べ方有ったんだ。今度湖底でやってみよ」 

「……湖底に七輪持って行くなよ。頑張っても着火しないからな」

「牛、もっと頂戴」

「馬鹿言え!俺の分無くなるだろ!ミズッチョの分はもう無い!」


 そう言うとミズッチョはヒレをピコピコ動かし、ンパンパ音を立てながら何度も口を開閉しだした。それはまるで餌付けされた池の鯉が餌を催促してるかのようだ。コイツはそのパクパク催促を笑顔でしてきやがる。クッソー!か、可愛いじゃないか。なんだその可愛さは!辞めろッ!コッチに顔を突き出してお強請りするな!だ、駄目だ。あげなかった時のシュンとした顔が見たくない。この笑顔は卑怯だ。俺は可愛さに耐えられず、箸に掴んだ自分の分の牛タンをミズッチョの口の中に入れた。


「美味しい!」

「もう終わりだからな!」


 だがコイツはパクパク催促を止めなかった。そうだ。コッチが餌を持っているのを分かっている鯉が、パクパク催促を止めるはずがない。この攻撃は肉が無くなるまで終わらないのだ。俺はパクパクの可愛さに萌え、気付けば1枚1枚コイツの口の中に肉を運ぶだけのマシーンと化していた。


「美味しい!本当に美味しいね!」

「そら美味しいだろうよ!野外で自分だけ食べる、奢りの高級食材が不味いわけないだろ!」

「もっと頂戴」

「もう無いよ!オマエ、どんだけ食うんだよ!おかげでタンパク系食材無くなったよ!」

「僕、野菜も食べれるよ!」


 俺の分は?

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