ヒレツキ〜俺は湖底少女と一緒に琵琶湖の水を全部抜く!〜

押見五六三

第1話 便利屋

 県民の9割がエラ呼吸が可能だの、指に水掻きが付いてるだの、他県の奴らは滋賀県に誤った認識を持っている。中にはベネチアみたいなのを想像して、コンビニに行くのも小舟を使うと本気で思ってる奴もいた。おいっ!ふざけんなっ!そしたらアレか、彦根城は水上要塞か?それはそれでカッコイイじゃねえか。

 まあ、いくら『近畿の水道局』と馬鹿にしてこようが、京都人と大阪人のお前らが毎日風呂に入れるのは、我が県のお陰だという事実を覆す事はできまい。んな些細な優越感でこの地に暮らす俺だが、確かに不便な所は少々ある。特に俺みたいなフリーターには、バイト先が無いという悲しき現実を突きつけてきやがる。夏の間はキャンプや湖水浴相手の臨時バイトも多いのだが、正直それ以外は中々見つからない。大学中退の俺は、これ以上親にあまえる訳もいかず、独り暮らししながら働き口を探す毎日なんだよなぁ、これが。

 そんな俺が今している収入方法は便利屋だ。ホームページやSNSでオンライン受注を行い、バイクで行ける範囲に限りの代行業をしてるわけだ。主に掃除がメインだが、漁師さんや農家のお手伝いなんかもしている。そして今日は別荘の掃除を依頼され、今まさにバイクで向かっている途中ってことだ。今日の仕事は日給もよく、しかも掃除が済んだらその日は別荘に泊まっても構わないときたもんだ。場所は奥琵琶湖。絶景のレイクサイドキャンプ場だ。


「イヤッホー!晴天だぜ、風が気持ちイイィー!!」


 さざなみ街道と言われる湖周道路を北に向かってひた走る。左側にはまるで大海のように果てなく続く水溜まり。ご存知日本一の湖、琵琶湖ってやつさ。四方を山と青空に囲まれていて、走った時の爽快感は半端ない。関西のライダーなら誰もが一度は通る、至宝のツーリングコースだ。

 途中休憩をはさみ、地図で目的地を確認するともう目と鼻の先だ。バイクを停めて山道に入ると、目的地のログハウスが目に入ってきた。


「スゲー、でっかいコテージじゃん!」


 2階建ての立派なログハウスは、庭にバーベキューができる野外テーブルまで完備されていて、俺のテンションは一挙にあがった。  

 とりあえず預かっていた合鍵で中に入る。結構綺麗じゃないか。掃除中に俺のナンバープレートみたいなゲジゲジが出てきたのは、まあ御愛嬌って奴だ。

 夕方までに掃除を済ませた俺は、食材を買いに外に出かける。近くにもコテージはいくつか有ったが、どれも無人だった。まだシーズン前だもんな。


「あっ!スマホ持って来てねえ」


 うっかり忘れた。たぶんコテージの中だ。まあ誰かに盗まれる心配は無いだろうと、俺はそのまま買い出しに行った。

 諸々の食材が入ったリュックと漁師さんから直接買ったホンモロコを入れたクーラーを担いで戻ってくる。琵琶湖名物ホンモロコの美味さは、食った奴しかわからないぜ。


「今日は満天の星空を眺めながら、貸し切り湖畔でビール片手にバーベキューだ!サイコー!」


 俺は意気揚々とコテージの扉を開けようとしたが……。


「あり?」


 出掛ける前は何ともなかった筈なのに、入口付近がびっしょり濡れている。よく見ると湖畔の方から足跡みたいなのが続いていた。俺は鍵をかけてなかった事を後悔したが、まあ盗まれるものも……と、思いながら扉を開けて愕然とする。

 ベッドに誰かが座っていた。

 ビキニを着た可愛い女の子だ。

 女の子は堂々と俺のスマホを操作している。


「ちょ、ちょー!それ、俺のスマホ!」

「あっ!お帰んなさい。君、便利屋なの?」

「そ、そうだけど、アンタ誰?依頼人さんの家族?」

「ううん。違うよ」

「どこの人よ?近くのコテージに泊まってる客?」

「そうじゃない。すぐそこに住んでる。ココは庭みたいなもんだよ」

「そうなの?いや、でも勝手に人ん家に入っちゃまずいだろ。てか、スマホ返してよ」


 少女は笑顔でスマホを返してきた。

 ん?なんだ?カチューシャか?この子の耳の後ろ辺りに小さな扇子みたいな物が付いてる。しかもピコピコ動いてるが……。


「ねえ君。君のホームページに書いて有ったけど、池の掃除も出来るの?」

「ん?ああ、池や水槽の入れ替えも請けてるよ。まあ、複雑なのは無理だけどな」

「僕んちも入れ替えてくれない?」

「依頼か?この近所なら構わないぜ」

「本当に?じゃあ頼むよ」

「わかった。明日でいいかな?場所は何処だ?」

「ココ」

「ココ?」

「そう。琵琶湖の水を全部抜いて、外来魚とゴミを排除して欲しいんだ」

「はい?」


 マジかよ……。




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