その人の部屋

「なんでそんなに距離取ってるのさ」

「怪しい人には近付くなって母さんが」

「さっそくの怪しい人認定で涙出そう」

「出会い方からして怪しくない人のわけがないじゃないですか」

「朝ごはんは?」

「むきゅ……」


 ついてきたのを少しだけ後悔してる。

 おなかがすいたのは本音。拒否する理由が無いのも事実。だけど、警戒だけは怠ってはいけない。

 忘れちゃいけない初対面。出会いは想像より恐ろしい物。軽いトラウマを植え付けてきたのは、誰であろうこの人なのだから……!

「なんか難しい顔してるね……? ほら、ここがウチの部屋。ごはん抜きは覚悟できる?」

「むり」

 ふらり。

 空いた口に、体が挟まり。

 真後ろで響くばたむという音で、一瞬我に返る。

「さては罠かーっ!?」

「ふははははかかったな間抜けめ! もふ……りはしないけど、思いっきりお腹を満たしていくがいいわ!」

「悪役のノリ! やっぱり怪しい人じゃないですか!」

 けたけたと笑い声。してやられた感。くそう。

 ちょっと悔しくて、何かないかと少し手狭な部屋を観察。あっという間に一周できてしまう視界は、思っているより「散らばっている」ものは少ないことを意識させてくる。

「……ジャスティさんて、あんまり物を持たない人なんです?」

「今必要なもの以外は明日手に入れる、でいいんじゃないかな。そもそも私は魔法師ウィザードとしては常備品少ない部類だし、何か飼う訳でもないからねぇ」

 奥の方からの声。

 ふいっと覗き込む。唐突に開ける視界。居住スペースと同じくらいの広さの……キッチン。

 実家もだいぶ広く取ってはいたけど、こんなに広い台所は一般的じゃないと思うんだけど。

 私の視線に気がついたのか、横目で彼女は流し見てきて。

「そうそう、リナ。ウチの事は呼び捨てでいいよ。もうちょっと肩の力抜いてくれた方が、お互いに気楽だろうしさ」

 んぐ、と声が詰まる。

 ……そもそも。

 はじめから距離をめちゃくちゃ詰めてきたのはあっちだし、なんとなくそんな気はしていたけども!

「ジャスティさん、私より年上じゃないです?」

「んなもん気にしたら何も言えないっしょ。セルジュなんて三十過ぎたくらいかな?」

「えっ」

「十年近くはあんなもんだって聞いた。ウチも詳細は知らないけど、見た目で年食わないのは羨ましいよ」

 二十手前だけど年取るの怖いねー、と続けられる。

 年齢の話。そう言えば私、自分が「何歳か」というのは実は知らなかったりする。大体このあたり、というニュアンスならなんとかわかるけど。

 多分、五歳くらい違うはず。

 しかし言い出しっぺは相手だ。かまどに手をかざして火をおこす(あれがいわゆる「着火ティンダー」だろうか? 魔法を使えない身からすると羨ましい)姿を見つつ、慣れない呼び捨てを試してみる。

「じゃあ、えっと。……ジャスティ?」

「──〜〜っ、…………。イイね。もっと頂戴?」

「え、気持ち悪いからやだ……」

 くねくねと体をよじる姿に鳥肌。

 わかりやすくしゅんとした背中は、さらに奥の方へ。ついていこうとしたら手のひらで制される。

「向こう行ってな。客は待って、食うだけで良いんだよ。別に毒とか入れるわけじゃないからさ」

 別にそっちの警戒はしてないけど、と言おうとしても、ひらひらと手を振られてしまった。

 食糧庫か何かか。青色が滲む──多分これは私の目のせいなので、正確には氷の魔力が溢れているんだと思われる──扉から素直に目を逸らし、数歩だけ交代。

「ただ待つだけなのも退屈なんだけど」

「もふるぞ」

「ごめんなさい」

 逃げる。今の目は本気だった。

 慌てて台所から飛び出し、整頓する程の物さえないのに手狭な部屋を眺めて、ふと思った事がひとつだけ。


「……『もふるぞ』? 飛びかかってこないんだ……?」

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