好奇心に身を任せ

『しろいひと』

 見渡す限りの砂の海。

 ただしそれは、西の国の東に広がる、東の国とを隔てる大砂漠──というわけではなく。


 何もない・・・・


 少なくとも、私が見る限りでは。

 価値という価値がありそうな物は、そこには本当に一つも無い。石ころや砂の起伏にも意味を見つけられるならともかく、そこまでの観察力を私は身につけてきていなかった。

 いつの間にか、そんな場所に立っていて──ああ、と思い出したように気が付く。

 ここは、いつもの夢の風景なんだ、と。

(どうして……ここで目が覚めるんだろう。ううん。寝てる筈だから、目が覚めてないのかな?)

 取り留めの無い事を頭に浮かべる。

 両手を開閉。足をふらふら。くるりとその場で一回転。

 ……暇だ。夢の中なのに。何度も訪れる場所で、そういう時に限って意識も感触もはっきりしていて、だからこそ何もない事が余計に退屈さを増していく。

 石を掴む。投げる。音は響かず、砂に埋まる。

 どこを見渡しても同じ景色。目が覚めるのをただ待つだけの時間。

 待つ事自体は、嫌いじゃないけど。

 目的も暇つぶしも無いままただ待つのは、さすがにつらい。

(……歩いたら、何かあるのかな。今回は)

 別に、変化を期待したわけじゃない。

 知ってるから。何処にも何もない事は。

 同じ事は以前にも何度かやった。何度やっても、景色は代わり映えしなかった。

 理由が欲しかったから、無理やりでも暇をつぶせる用事が欲しかったから、そう思っただけで。

 何か変わるなんて、考えもしなかったけど。


 突風。


「──っ!?」

 砂嵐。

 慌てて目を腕で覆う。空いた左手でフードを探そうとして、旅装のマントは着ていない事に気が付く。

 寝る時の格好そのまま。砂漠ほどに暑いわけではないけれど、こういった環境に対しては無防備だ。

 肌に砂が刺さる。痛い。叫ぶほどじゃないけど、日焼けの後のようなじりじりとした痛み。それが、しばらく続いて。

(風……吹くんだ、ここ)

 変化の無さは、景色だけじゃなくて、環境もそういえばそうだった。

 風は吹かず、雨は降らず、太陽は見当たらないのに空は青い。いつも変わらない筈だったのに、いきなり砂が頬にビンタしてきた。

 何かが違う。疑問が浮かんだ所で、風がとうに止んでいる事に今更気づく。

 腕を降ろし、目を開け、やっぱり変わらない景色で、


「え──?」


 その人を見た。


 背中を向けられてはいるけれど、多分、背丈はそんなに変わらない。

 真っ白な、綺麗な髪。腰ほどもあるその髪はよく手入れされているのか、ため息すら出てしまうほどに綺麗で。

 ただ、何より目についてしまったのが、頭に乗っかる猫の耳。

 白髪に溶けるようなその色に、つい興味がそそられる。

 数歩で触れられそうな距離。声をかければ届く気がした。だから、私は自然と、その人に話しかけていた。

「あの……こんにちは?」

 ぴくり、と肩が震え。

 しかしそれ以上の反応は無く、言葉が届かなかったのかと、近寄ってもう一度話しかけようと、

   波長が合うか  しかし       まだ知るべき時ではあるまい

「──え?」

 その声は、聞こえてきた。

 ただし、頭の中から。

     万全では無いだろうな いや   それでいい

 遠く。

 そこに居ない人の声が聞こえるような、錯覚。

 目の前にいる人と声が、一致しそうで一致しない。これは会話と呼べるのか。

「あの、えーっと」

  無駄だよ      まだ知る必要も無い事なら     話す事も持ち得ない

「すみません、なんか聞き取りにくくて、」

 無意識に近寄ろうとしていた。

 何度も砂を踏みながら、足はその人の側に向かっていた。

 だから、その違和感に気がつくのは早かった。


 距離が、ひとつも縮まらない。


    そういう事だよ   話の続きは       この隔たりが埋まってからだ

 きっと、この人は知っている。

 原因もこれはなに理由もあなたはだれこの場所の意味もどうしてここにいるの

 根拠も無く、そう思って。

 必死に、手を伸ばして。

「ごめんなさい、聞きたい事が──!」


  続きは       瞳の意味を知ってからにしよう


 僅かに振り返った、その人の目は。

 どんな火よりも赤く燃える、不思議な色をしていた。

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