【幕間】そして「最強」は背を交わし

 背中で何人死んだんだろう。


 探索者。

 それは西の国の周辺遺跡、未開の地を踏破する者達の総称。

 私の両親がそうであり、今までも国民の何割かは関わってきた労働力。

 ……有り体に言えば何でも屋か。近衛騎士とは違うけど、戦力として数えられる事もあった。


 実態はそんな堅苦しい物でもなく。

 何に縛られるでもなく、未知や未開を既知や開拓に変えていく──という使命感もなく。

 多くは興味と好奇心、それと少しだけ良い暮らしを求めて、ひたすら危険地帯に飛び込む命知らず。

 だから、傷付くことも、命を落とす事も、多くは覚悟なり遺書なり遺す者だろう。

 そうして死ぬ事に特に感慨は無い。人は死ぬ。何をやってもいずれ死ぬ。その死期を自分から手繰り寄せ、うっかり生き残ったと笑えるか、二度と表情を変えないかの違いだけだ。


 自分が死ぬなら、だけど。


 ……自惚れと笑われてもいい。私は、少し桁を外れる程に強かった。

 目の前に何が居ようが負けない。誰だって斬り伏せられる。人間だろうが、モンスターだろうが、それこそ災厄級の竜種でも無ければ私はそうそう止まらない。

 自信がある。自負がある。──あった。

 そうだ。目の前にいる敵なら何だって討ち滅ぼせる。それは今までの経験も、結果も、何もかもが示してくれる。

 だけど。





 八年前。

 その遺跡は直前に、今まで無かった所に現われた大きな入り口。砂竜サンドドラゴンが暴れたという知らせもあり、その影響で隠れていた物が現われたというのが正しいか。

 発見直後、そこの探索には慎重を重ねられた。何せ未知の遺跡だ。何が居るか、何が有るか、誰も知らない場所なんだから。

 いくら探索者達が自由な扱いを受けていると言われていても、それは自由という柵の中の話。挑めるのは、それこそ国内でも指折り数えられる実力者に限られた。

 先に言ったように、私は強い部類に入る。未知への興味もあり、特別感もあり、真っ先に立候補するのに抵抗はまるでなかった。

 そうして、私を含めた四人が、問題の遺跡に飛び込む事が決定された。


 結果は、無惨なものだった。

 ……そうだ。確かに私は強いんだ。そこに間違いは無かったし、結果的に私は生きて帰れた。

 だけど──私は私の敵を滅ぼすばかりで、少しでも仲間に気を遣った事があっただろうか?





 繰り返す。

「彼女は強い」を鵜呑みにした人達が、私と組もうと何度も誘いをかけてくる。

 一度の失敗は運が悪かっただけ。次は気をつければ大丈夫。

 それを、何度も繰り返す。

 組んで未知に挑む度に、背中からは血の臭いが帰ってくる。


 私は。

 つまり、討ち殺す事しかできないのだ・・・・・・・・・・・・・

 背中で何人死のうが、それに気づく事は遂に無かった。目の前のモンスターの首を抉る事ばかりで、息の根を止めるばかりで、人を生かす為に剣を振るった事があっただろうか。

 ──無い。無い。無いのだ。ただの、一度も。


 その恐怖感は、誰かと道を同じくする事に対する抵抗感ばかり残して。

 ……気付けば、私は「強さ」以外に、何も残って居なかった。強さを讃えてくれる人はいる。功績を認めてくれる人はいる。

 ただ、それだけだ・・・・・

 私を私として見てくれる人は、もう、旧い友人しか残っていない。

 それもそうだ。そもそも私がそう生きる事を望んだのだから。


 だから、なのかもしれない。

 真っ直ぐに「私」を見てくれる目に、吸い込まれそうになってしまうのは。

 彼女の事を守りたいと、分不相応に願ってしまうのは。

 枯れていた心を潤してくれる、あの純粋で無垢な目は──いつしか私を生かしてくれる、数少ない理由になっていたのかもしれない。






「……ねぇ、セルジュ」

 夜半。

 月が砂を照らす時間、彼の部屋を訪れる。

 ──有り体に言えば腐れ縁だ。お互い、ひたすら強さを評価され、何度も死線を潜り抜けてきた仲。

 彼に気を遣う事など一度もなかった。そうしなくても死ななかったから。

 いつの間にかそれを基準に人を見ていたから、誰とも手を取り合えなくなっていたのかもしれないけれど。

「リナ、どう?」

「──どう、とは?」

「やっていけると思う?」

 妹のようなあの子は、今まで世間と言うものを知らなかった。

 あまりに与えられた情報が多すぎて、既に体力を使い切っている。慣れれば元気に戻るんだろうけど。

「……そうですねぇ。あの子の頑張り次第、でしょうか。何分、小生にも知り得ぬ事が多すぎます故」

 しかし、と彼は続ける。

「才能はある。素直でもある。努力家の一面も見えている。期待するには、十二分です」

「……そっか」

 一安心。

 この辺りの話もあいつにしてやるかと、部屋を後にしようとした所。

「珍しい事も、ある物です」

 呟き。

 それが気になって、つい振り返る。

「……何さ?」

「いいえ?」


「『誰も守りたくない』などと口にした人が、それこそ肉親の様に一人の少女を気にかけるなど──想像を遥かに超えた事でしてね」


 ぐ、と口をすぼめる。

 言いたい事はわからないでもない。だけど、それに対する答えは非常にシンプルだ。

「……仕方ないじゃん。そうしたくなったんだから」

「成長、という物でしょうか」

 ふむ、と小さく溜息。

「サヤ。人は変わるし、育つものです。八年もあれば、その時の貴女と今の貴女は、別人と言っても過言ではないでしょう。だからこそ、あの時と同じ事をもう一度口にさせて頂きます」

 目を合わせる。

 これでも自分より、数年は長く生きている男だ。耳が痛い事はあっても、耳に障る事は聞いた事が無く。

「一人で抱え込まないでください。自分の体は大事にしてください。貴女はもう、独りではないのですから」

 ……完全に耳が痛い事だった。

 苦笑いしながら、素直に忠言は受け取っておく。

「了解、『最強』さん」

「嫌味もどうか程々に。元は貴女の名前です故」

 聞かないように勢い良く扉を締める。

 彼と自分とを遮断し、誰も居ない廊下で独り。

 素直に言葉を受け取れない自分と、変わっていく自分と。それから、世界の中に滑り込んできた小さな女の子。

 まだ考える事も、受け止める事も、沢山残っているけれど。


「……そうだね。私も前に進まないと」


 まだ、足を止めていい時期じゃない。

 私にしかできない事は、これからきっと沢山生まれてくる。

 そうした時にこそ、あの子の力になれればいい。少なくとも今の自分は、そう在る為にここにいるのだから。

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