一日を終えて
「つかれた……」
ぼす、と布団に体を投げ込む。
あれから色々と──本当に色々と手続きを済ませ、用意されていた部屋に案内され、再三のジャスティさんの襲撃はセルジュさんが改めて頭にかけた魔法で制限され。
ざっと荷物を置いてから、建物内の設備をまた案内され、なるべく覚える様にしながら歩き回り、ジャスティさんが飛び込んできて頭を抱えて転がって。
──この建物そのものが、女王様の管理の下。魔法鑑定施設と呼んでいる物だと知って。
「じょうほうりょう、おおすぎ……」
「流石に一日で叩き込む量じゃ無いよねぇ。もう、すぐにでも使い物にできるくらい鍛える気かな」
うつ伏せのまま、サヤの声を聞く。
一緒に与えられた部屋までついてきてくれた。主にあの人からの護衛という意味で。
窓が開けられる。涼しい風──なんとなく感じる、夜の匂い。
気付けば、もう外は暗くなり始めている。人の往来が減ってきて、声も足音もだいぶ遠い。扉の外も人通りが少ない奥の部屋という事もあり、静けさがどんどんと広がってくる。
「私はそろそろ別件があるんだけど、大丈夫? やっていけそう?」
心配そうな声。
今までも何度も聞いてきた。いつも私が迷っている時、サヤは優しく声をかけてくれた。
……心配ばかりかけていられない。体を起こし、姿勢を低くしていた彼女と目をあわせる。
「やっていけそう、か、まだわかんないけど……まずは頑張ってみる。頑張って、頑張って、」
「それから?」
「──がんばる」
ふふ、と笑い声。
我ながら中身がない。けど、実はそれ以上に思いつかない。
セルジュさんは頼りになる人だし、ジャスティさんは……暴走さえしなければ信頼できる先輩で、受付のピースさんも無愛想だけど、聞いた事には答えてくれる。
悪い人はいない。いないからこそ、頑張ってみないと始まらないと思うのだ。
「まぁ、そうだねぇ。まずはやってみる事、か」
す、とサヤが立ち上がる。
──月の光に浮かぶ顔は、満面の笑みを浮かべていた。
「滑り出しは好調だったって、またシビュラに伝えとくよ。あいつ、リナの事になると怖いからねぇ」
「ん……えと、サヤ」
ふと、ひとつだけ。
聞いておきたいことが、浮かんでいたのだ。
別れる前に、それだけはせめて、答えが無くても確認したかった。
「母さんは、私の事を──どれくらい知ってたの?」
セルジュさんには先んじて知らせていた、らしい。
魔力に色が無い事。魔力を見る事ができる事。
普通ではない。間違いなく、一般という常識ではあり得ない、そんな異能としか呼べない特異な能力。
知らせていたのなら、それは最初から知っていた筈だ。筈なのに、自分には何も教えてくれなかったのは。
「聞かれると思って、答えは用意してあるぜ。『セルジュに知らせた以上の事は、娘としてのリナしか知らない』──ってさ」
……口が開いていた事に気付く。
慌てて閉じ、完全に先手を取られた言葉の意味を噛みしめる。
となると、つまり。
「……知る為には、がんばるしかない?」
「くっ──」
笑われる。なんかもう、慣れた。
私はどうやらそういうものらしい。
「でも、何がどうなってるのか私もわからない。見えるのは良いんだけど、それをどうしたら良いのかなんて」
「を導く為に、セルジュがいるのさ」
にやり。
腰に手を当て、サヤは邪悪に。
「ま、こき使ってやりな。セルジュはシビュラに嫌って程に弱みを握られてる。私も握ってる。万一リナを泣かせたらタダじゃおかないって、揃って脅しをかけてるからね」
「やめてそういうの!?」
何だと思われているんだろう。というか、やたらに丁寧な対応はそういう所もあるんじゃないだろうか。
ふふ、と悪戯に笑いながら、サヤはくるりと背を向ける。
「冗談だよ。八割くらいは、ね。──早めに休みなよ。私もずっとつきっきりにはなれないし、何より明日からはリナは勉強漬けになるだろうし。頭はいつでも回せるように、ね」
「う。……覚悟します」
勉強。正直、苦手。
しかし苦手だからと避けていては、きっと一歩も進めない。閉められた扉をしばらく見つめ、自分一人になった部屋で改めて布団に身体を埋める。
柔らかくて、太陽の良い匂いで、慣れてないから落ち着かない部屋。それでも眠気はあっという間で、疲労感はごまかせるものじゃなくて。
「あ──いや、いいやもう──」
ちょっとだけ。
旅の格好のままで寝そうになる事に抵抗感を覚えたけど、それ以上の眠気に面倒くささが勝ってしまった。
身をもう一度起こすだけの気力が奪われ、優しく布団に包み込まれる。全身の力が抜けていき、瞼もどんどん視界を覆っていく。
「……あした、がんばろう」
意識が溶けて、夢と現実が曖昧になる。
──ああ、これは。きっと。
浅い眠りの中で、夢を見るサインだ。
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