特別な目

 質問の意図を掴みかね、固まる事、数秒。

 ふ、と笑いながら、彼は改めて言葉を重ねる。

「何、難しい事は考えなくても良いのです。結果は、まぁ──シビュラに先に聞いていますが、その確認です故」

 ……特異な事。

 聞きたい事になんとなく思い至る。確かに、母親も驚いていた事があった。

 魔鑑師。それを目指す、大きなきっかけ。

 セルジュさんの両手に焦点を合わせ、──見える物を、そのまま言葉にする。

「右手から青、左手から白が……溢れているように見えます」

「──は?」

「ふむ」

 ジャスティさんの驚いた声。

 なんというか。靄っぽいというか、それらしい色が、両手から膨らみ伸びて散っている──ような。

 それは空間に混じって、色と形を失っていく。セルジュさんから離れるほどに、もとの姿からは遠ざかっていく。

 逆に言うと。

 その両手から膨らむそれは、確かにそういう色に見えている。

「……では、もう一度」

 す、と一旦腕を組み、また両手を広げる。

 それだけの動作で色も変わり、恐らく同じ事を問われているのだろうと、見える色をそのまま。

「緑と……赤?」

 頷き、手を下ろす。

 それだけで先程から溢れていた色は、すぐに見えなくなっていた。

「……大前提として、魔鑑師マギクスは魔法を調べる者。より正確には、魔力を解析し、魔法という物の発展の手助けをする者です」

「ほぇ?」

 そして唐突なお勉強のお時間。

 頭の切り替えが追いつく前に、まだ続けられる。

「しかし、魔鑑師が魔力を感知し解析に移るまで、それは完全に正確な物と断定するには、技術が圧倒的に足りていません。経験と、直感。複数人のそれを重ねて精度を上げる事はできますが、個人で確定とするには難があります。貴女以外は・・・・・

 微笑。

 不健康に見えた顔に、色味が差したような気がした。

「敢えて言いましょう。魔力感知という手段から得られる結果は、今までは常に嗅覚や触覚により近い物でした。しかし貴女は、今間違いなく小生からの魔力を視覚として捉えてみせた・・・・・・・・・・・。前例はありません──間違いなく異能。シビュラが推薦した事も頷けます」

 ……一度それを口にした時、確かに母親も驚いていた。

 よく覚えている。家の水鏡に残った緑色が不気味で、それを話した時にサヤが触れた後だと答えてくれたのだ。

 魔力の残滓。人の足跡。魔法の使用痕。

 そういったものを「見る」事は、普通では無いらしい。

「ええー……なにそれずるい。ウチも特別な才能のひとつやふたつ欲しかったなぁ」

 ジャスティさんのぼやきに、手を振りそうになる。

 欲しくて持ってる才能じゃない、と。

 だけど──だけど、このチカラが無かったら、私は魔鑑師を目指しただろうか? もっと別の事に夢中になって、そもそも中央を目指さず、辺境にひきこもったままじゃなかっただろうか?

 無い物ねだりなのかもしれない。ただ、それでも。


「ええ。ずるいんです、私。だから、ずるしてる分だけ、皆よりほんのちょっと頑張りたいんです」


 それは、間違えようのない本音。

 頑張りたくて、誰かの役に立ちたくて。そこに踏み込む為のチカラが、最初からここに備わっていただけ。

 隠して何も起こらないなら、明かして皆の力になろう。

 何もできないままで居るのは、嫌だったから。

「……敵わないや、これは」

 苦笑い。納得はしていないと思うけど、それでも、少しは認めてくれたら良い。

 いつの間にか壁に背を預けていたサヤに顔を向けると、何も言わずに頷いて。

 それから、改めてセルジュさんと目を合わせる。

「──ええ、登録を急ぎましょう。明日から、貴女は魔鑑師の一人に名前を連ねます。まだ実績も知識も足りないので、一先ずは見習いという形になるでしょうが」

 全身に、鳥肌が立つ。

 それは恐怖感や嫌悪感ではなく、むしろ抑えられない高揚感。

 肩が震え、顔が熱くなり、無意識に胸を握っていた左手を緩める。

 深呼吸。

 しばらくして、ようやく、声を絞り出せた。

「はい。──よろしくお願いします、セルジュさん」

 硬い雰囲気の先の、優しい微笑。

 きっとこれからもたくさんお世話になって、たくさん向けられる顔になる。


「こちらこそ宜しくお願いします、リナ殿。改め──見習魔鑑マギクスラナー、リナ」

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