「無色」という色

 拍子抜け、というか。

 思っていたほどに部屋は広くなく、しかし極端に言う程は狭くなく。

 いやしかし、壁にごっそり寄せられている棚と目の前にある机と……散らかっている足元を整理すれば広がるであろうスペース。両手がうずく。片付けたい。

「……リナ殿?」

「スイッチ入りかかってる所で悪いけど、まずは用事を済ませようね」

 わきわきと手が動いている所を見咎められた。

 少し心配そうな顔をするセルジュさんに申し訳ない。まずは、彼の言う通りにするのが無難だろう。

 片付けは後で申し出る。

「それで、何をしたらいいです? セルジュさん」

「……シビュラの娘という話、俄には信じ難いですね。いえ、むしろシビュラの娘だからこそ、でしょうか」

「ウチからしたら、女の子を迎え入れるって部屋の様相じゃ無い気がするんだけど?」

 両手を上げて降参の姿勢。セルジュさん、最強って言われている割には女性には頭が上がらないらしい。

 強さと人の性格って、意外と噛み合わないものなのかもしれない。

「では、改めて。リナ殿──こちらを」

 振り返りながら、棚から塊をひとつ取り出される。

 ごとり。重量感のある音と共に、それは割と無造作に机に放り投げられた。

 丸みを帯びているけど、所々が角張っている。透明である事以外はなんとも言えない大きな鉱物。セルジュさんの片手にいっぱいだったから、私の手じゃ両手で収まるくらい?

「……こちらを?」

「手を添えて、十秒ほど数えてください」

「?」

 言われるがまま、両手をそれに重ねて添える。

 そのまま静かにカウント開始。

「いーち──にーい──」

「……セルジュ。これは?」

「比較的に上質な『白の魔石』ですよ」

 なんとなく目を伏せ、数字を数える事に集中。

 しながら、周りの会話にも意識を向ける。

「さーん──よーん──」

「そもそも魔法師に限らず、生きている者であれば、大なり小なり体内に魔力を有します。多くは、それに属性も付随して居ましてね」

 ちらり。

 薄く横目で人影を覗く。はっきり開けるのはなんとなく避けて、気付かれないように。

「ごーお──ろーく──なーな──」

「西の国は『魔石』の豊富な採掘地でもあり、その中でも属性色を持たない『白』は、染める事で汎用の魔石にもなりますが……同時に、人の持つ魔力を測定する為の手段にもなります」

 無意識に、ぎゅっと握り締める。

 計られている。或いは、これから計るのか。

 心臓が絞られるような感覚に負けないよう、自分の手を強く握りながら。

「はーち──きゅーう──」

「実は小生、シビュラから既にこの子が『魔法を使えない』という事は聞き及んでおりますが……まずはそれを小生自身の目で確かめないと、得心行かぬ所もありまして」

 ……冷や汗。

 いや、別にそれは良いのだ。多分。なりたいのは魔法師ではないのだから。

 きっと、魔法は使えなくたって何の問題もない。むしろ体質的に使えないと早期にわかれば、魔鑑師としての自分に集中できるかも?

「──じゅう」

 目を開け、手の中の硬い感触を確かめる。

 すぐに、ふむ、とセルジュさんの声。

「しかし、これはまた珍しい。属性を僅かにも持たない『無色』は、小生の知る限り貴女で三人目ですよ」

 手をどけて、確かめる。


 鉱物には、なんの変化もなかった。


「……え。これってなんか、ぶわあぁぁって輝いたりして、私の中のアレが発覚するとか。そういうのじゃないんです?」

「そういうのじゃなかったねぇ……セルジュ。これ、私がやっても良いの?」

「構いませんよ。上質とはいえ使い道もこのままでは皆無。サヤなら結果はわかりきっている事ですし」

 興味を惹かれたのか、今度はサヤが進み出て、その魔石に手を乗せる。

 ──十も数えず、二秒足らずで透明感は緑に染まる。鉱物の中央から、それは透けていた反対の景色を押しのけながら、緑色の淡い光が全体を飲み込んでいく。

「わ──」

「緑。これは『風』だっけ?」

 セルジュさんを見ると、すぐに頷きながら。

「その通りです。サヤは魔法こそ使おうとしないものの、本当は魔力の保有量はかなり多いのですよ。……対して、リナ殿の魔力は無色の性質だと判断できます。魔力が無いと言う事は生物としてあり得ないので、希少ではありますがそういう事でしょうね」

 緑色でいっぱいの石を取り、それをジャスティさんに差し出す。

 拘束されたままだけど、頷きの反応。見てから、静かにそれを棚に戻す。

「ジャスティであれば黄色の『雷』。サヤであれば先程のように、緑色の『風』。この世界の六属性のいずれかを先天的に生物は持つ事が前提でありますが、稀に貴女のような特殊な人は居ます。怯えなくとも良いですよ」

 ……顔に出ていただろうか。少しだけ反省。

 しかし、ふと疑問が浮かぶ。

「あの、セルジュさんは──?」

「些事です。では、単純な質問に移りましょう」

 はぐらかされた。なんとなく納得行かない。

 問い詰めようとした所で、セルジュさんが両腕を広げ、先に言葉を投げかけてくる。


「リナ殿。貴女には、小生の両手がどのように見えていますか?」

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