魔法のカタチ
「もふもふもふもふもふもふうふふふふふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふうふもふもふうふふへへへへへへぇ」
「ひっ、うにゃっ、どこ触ってぴゃう!?」
「離れろジャスティ! リナはあんたのおもちゃじゃない!」
──押し倒されて数十秒。もしかしたら、数分。
頭を中心に全身を撫で回され、恐怖感でいっぱい。
必死にその人を剥がそうとしてくれているサヤの姿も見え隠れ。していたかと思えば、首だけがぐりんっと回った。怖い。
「もふ!もふもふもふ!!もふもふもふもふもふ!!」
「せめて人間の言葉を思い出せぇ!!」
……会話になる気配がまったくないし、離れてくれる気もまったくしない。
正直なところ、気持ち悪い。離れて欲しいのは本音だけど、これって何を言っても無駄な気がする。
サヤには申し訳ないけど、無抵抗の方が早く終わる気がして、もう何も考えず(というか考える体力が無くなってしまって)脱力して、されるがままになってみた。
「もっふもふもふもふふふもふもふうふふふふ……」
……抱き締められた。なんだろう、逆効果な気がしてならない。
言葉というか、変な音的に頭が目当てだと思ったんだけど、気付いたら胸に額を押し付けられてる。何したいんだろうこの人。
呆れ(と疲れ)でもう一人に助けを請おうとする。サヤがどれだけ力づくで離そうとしても動かないなら、もしかしたらこの人なら、と。
振り返って、姿が無い事に気づく。
「え、うそ」
消えた。
……さっきまでぎこちないながらも、ちゃんと話して、しかも直前では助けてようとしてくれた人が、もう居ない。
まさか逃げたというわけでは無いと思うけど、心が折れそうになる。身動きが取れないから探しようなく、本当にこの人どうしたらいいのか。
──と、考えようとしたその時、前方で僅かに影が揺れる。
「もふ──もふもふ──もっふもふふ──」
「……過集中が過ぎて警戒が甘くなるのは悪癖ですが、今この時だけは感謝しましょう」
ゆるり。
痩せた長身の手は、いつの間にかその人の肩にかけられていて。
静かに一言だけ、言葉を紡ぐ。
「
一瞬。
呼吸の間もなく、光の帯がその人を縛り付けた。
「ほぁっ──と、うん?」
腕を後ろに、膝を合わせ、そのまま横に転がり落ちる。
先程までの鳴き声(?)は、ちゃんと人の驚いた声に変わり、少しだけもぞもぞと動いた。状況確認だろうか。
身だしなみだけ整えて──髪はもう、水鏡がありそうな所まで我慢しよう──、恨み節をひとつ。
「……きもちわるかったです」
「──。……。もふ?」
「ひっ」
首を傾げながらの一言。それにどうしてここまで悪寒が走るのか。
「さんきゅ、セルジュ。……なんでジャスティって小動物を前にすると、普通に限界越えてくるの?」
「……ジャスティですから」
落ち着きを取り戻し、立ち上がりながらのサヤの言葉に、改めて疑問を覚えるだけの余力ができた。
できたのは、いいんだけど。
「あの、二人とも。ジャスティって、もしかして」
質問。
先程までの会話で、「
それと目の前の女性とは、あまりに印象が違い過ぎる気がする。
「ああうん、こいつが
した。
変な想像、思いっきりしました。
ぱくぱくと口を開け閉めしながら、必死に頭の中を整理しようとしている所で。
「どんな紹介されたのかは知らないけど、はじめましてー。ウチが『
縛られ、床に横倒しになったまま。
その人は、笑顔を満点にしながら自己紹介してきた。
「連れて行くって選択を取った理由を聞きたい」
「
「完全に犯罪者みたいにキリキリ歩かされてるウチの意見は? 無視?」
「犯罪者じゃないんですか……?」
先頭にジャスティさん、すぐ後ろにセルジュさん。
最後尾の私からは、全員の姿が視界に入る。
そう言えばそれなりに歩いているとは思うのだけど、セルジュさんの言う私室はまだ遠いのだろうか? 体力だけならそれなりに自信はあるけど、この手のハプニングは何度も起きて欲しいものじゃないのも本音。
「……大丈夫だよ、リナ。ジャスティ以外はまともな奴しか居ないから」
緊張の気配を悟られたか、サヤから声をかけられる。
ほんの少しの安心。そこに言葉が続けられた。
「そもそも『
「……へ?」
安心が今度は恐怖に変わる。
それはそれで噛み合わない。魔法師ならむしろ、杖は本当に命と同じくらい大事にするものだ。
無くても魔法を使える人は確かにいる。セルジュさんだってそうだろう。
だけど、それは本当にひと握り。多くの魔法師は杖などを前提として魔法を使う者だと聞いている。
……それを自分から折る? どういう事?
「──魔法という物には適正があり、その適正は人によって様々です」
今度はセルジュさんからの言葉。
間違いなく、この中では魔法に対して一番詳しい人だ。目を向け、耳を傾け、言葉の意味を逃さないように。
「日常生活でも魔法が使えない者、逆に戦闘規模の高出力しか放てない者。緻密な術式の上に繊細な魔法を運用する者、豪快に魔力を固めて実直に叩きつける者。使い方も姿形も、個々人で全く異なってきますね」
通路を初めて曲がる。
そういえば、ここまでずっと一直線だった。道は覚えておかないといけないかもしれない。
「ウチはねー、かなり特殊なんだ。他の人と同じ事やっても、魔法が全く飛ばないの」
会話に混ざるジャスティさんの声。
……初見より圧倒的に落ち着いている声に、まるで別人のような感想が浮かぶ。
「だから、ウチがやるのは杖の先端に魔力を込めて、思いっきり
不名誉ー、と笑う。
なるほど、二つ名の由来には納得がいった。
この人は人の杖を折るのではなく、自分の杖を折り続けてきた。だからこその
……どこかでセルジュさんが漏らしていた「敵でもある」というのは、もしかして物損的な意味だろうか。
「──さて、貴女はどうなるか……調べてみないとわかりますまい。その為に、ここまで案内して来ましたので」
考えようとした所で、セルジュさんの声に顔が上がる。
いつの間にか通路は突き当り、目の前には小さな木製の扉。
それが何を意味するのかを悟り、また緊張が全身を包む。
暴れ出す心臓。渇く口。……優しくサヤに背中を擦られ、ひとまずの深呼吸。
落ち着くまで待ってくれていたセルジュさんは、改めて言葉を続ける。
「既に用意は整えております。それではどうぞ、リナ殿」
扉が、開かれた。
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