筆頭魔鑑
「お邪魔ー」
石造りの建造物。威勢の良い声が響き渡る。
すぐさま目を向けてくるのは……たった一人。広い室内だというのに、それはカウンターの向こうから。
「相変わらず元気ですね、サヤ。こちらの事を考えもしないのはいい加減にしてくださると助かるのですが」
「嫌味も二流だねぇ、ピース。それはキミがご機嫌な時のサインだよ?」
けらけらと笑う右手の人。
カウンターからは溜息。一拍ののち、それは自分への問いかけに。
「……貴女は?」
威圧感。錯覚。──かな?
視線に射竦められ、無意識に左手を胸元に寄せる。手に力が入っている事に気付いて、深呼吸。
肩の力を抜き、返答。
「リナです。名前を出せば通じるって……シビュラの、娘です」
「──……。あの人の、娘」
「ああいえ、血は繋がってないんですけど。なんて言うか」
驚愕と疑心の混じった目に、また慌ててしまう。
こういう状況は未経験だ。どうしよう、とついサヤを見上げてしまう。
頼れる時間はそんなに長くないから、頼り過ぎるのもいけない筈なのに。情けない自分を心中で戒めながらも、右手はつい彼女の手を握ってしまって。
数秒後。微笑みと共に、サヤの補足が入る。
「とっくにセルジュには
まず返ってきたのは溜息だった。
しかし、それもすぐにピースと呼ばれた女性の動きにかき消される。
指を二本。僅かに光が宿され、それをこめかみに軽く当てる。
──母が同じ事を何度かやっていた。顔を合わせる事なく対象を指定して会話する、念話の手段。
この国では、当たり前となっている魔法のひとつ。自分はひとつとして習得できなかったけど、見ているとやはり便利なんだろうなと憧れる。
「……待っていた、との事です。恐らくすぐに」
「りょーかい。五分も待たないっしょ。リナ、ゆっくりしとこう」
睨まれているにも関わらず、ゆるりとした姿勢で壁にもたれかかるサヤ。
この度胸、見習うべきか。緊張して足は震えるし心臓はうるさいし、ずっと口の中は乾きっぱなし。
少しでも「暇」な時間を作らないように、質問で隙間を埋めようとしてみる。
「あの、サヤ。最強って言ってた人って──」
「さっき言ったセルジュって奴。安心しなよ、取って食われたりはしないから」
いや、なんだろう。回答の角度がずれているというか。
首をかしげたら笑われた。……意図的にずらした? 可能性は高い。サヤは、昔からそういう人だ。
「安心しろってのは本当。というか、リナが気をつけるべきはジャスティだけじゃないかな、ここは」
……気をつけるべき人がいるのか。いてしまうのか。
「サヤも割と危険人物じゃないの?」
「失礼な。探索者やってるから綱渡りと言えば綱渡りだけど、見た目以上に私はまともだよ」
見た目以上に、か。
敢えて問い詰めないでおこう。見た目が一番おかしいのは自分という自覚はそれなりにある。
頭の耳に手を添える。ぴる、と小さく震え、ほんのちょっとの不快感で反射的に拒否。
──猫耳。らしい。水鏡で見てもそうだとしか言えないこれは、普通の人は持ち合わせていない物。なら自分は普通じゃないのかと言われてみれば、実際普通「未満」である事以外は大抵が普通だ。
変な物がくっついているだけ。それそのものに対して嫌な思いをした事は……少ししか、無いけど。
「リナ。──リナ?」
顔を覗きこまれている事に気が付き、慌てて背筋を伸ばす。
いけない。そもそも自分は確かに客ではあるけど、人を呼び出した立場でもある。それ相応の立ち居振る舞いはしないと。
意識を改めて眼前に向け、目の前のその人と対峙する。
「先に聞いては居ましたが。それでもあの人の娘と言われると、相応の緊張があるものですね」
──長身。ローブから覗く指先は、それだけで痩せているのがわかるほど。
それは顔にも出ていて、というか……目の下の隈と滲み出る疲労感は、なんだろう。不健康。それだ。
人前に出るような格好じゃないとは思うが、しかし恐らくこの人は。
「始めまして、リナ殿。小生、この国の筆頭魔鑑を名乗っております、セルジュと申します。以降、お見知りおきを」
腰を居られて、ようやく頭の高さが合う。
背の高いその男性と、丁寧な挨拶と共に目を合わせた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます