西の国の見習魔鑑

ねこのほっぺ

はじまり

その少女、貧弱につき

「あつい……」

 天から注ぐ、灼熱の陽。

 地面の砂も、人の影も、それは等しく焼いていく。

「サヤ……こんなこと、まいにちやってるの……」

「毎日じゃないけどねぇ。今日は……まぁ、最悪なくらいに天気が悪い」

 砂漠を踏破する、二つの姿。

 揃って外套に身を包み、肌の露出を可能な限り避けている。太陽に焼かれ、水分を失う事を避ける為だが。

「……ぬぎたい」

「女の子がそんな事言っちゃダメだぞー。誰が何してくるか知れたもんじゃない」

 外套の中には当然、過剰な程の熱が篭もる。

 小さな方はそれに慣れていないようで、足取りが少しばかりおぼつかない。倒れる程ではないのだろうが、間違いなく体力を消耗している。

「……休む? リナ」

「やすんでも……やすめない」

「そうだね、ごもっとも。まぁ日が落ちる前には抜けられるだろうし、……私の水もあげるから踏ん張りなー」

 じりじり。

 影も水源もなく、広がる景色はひたすら砂。

 憎たらしい程の青い空は、嫌味な程に熱源を隠してはくれず、地面からも同量の火が襲ってくる錯覚すら覚える。蒸し焼かれる。小さい方が呟いて、苦笑が帰ってきた。

「あの辺、確かに天然の水は豊かだもんね。結果、暑さだけで言うなら中央より快適かも」

「……もしかして、ちゅうおうも……?」

「流石にここよりゃマシだよ。水職人、多いから」

 放っておくとこの女の子は伸びかねない。

 会話でなんとか気力を引き延ばそうとしてみる。

「日除けと水で、場所さえ選べば日中は涼しく、夜は夜で温かい。勿論そうでない場所もあるけど、逆にその辺は居住区にはならないからねぇ」

「……めざす」

 ざし、と足音が強くなる。

「たおれるまえに、つく」

「よーし、良い子だ」

 まだ若干ふらついてはいるが、先程よりは回復はした。

 革袋を手渡し、水分補給。暑いには暑いし汗も出るが、無補給でも移動だけならなんとでもなる。これは流石に慣れの差で、同じ事をこの少女に強いるのは酷だろう。

 何せ、彼女は人間らしく生かされてから、恵まれた環境の辺境から出た事がなかったのだから。

 半日かけての砂漠の踏破など、拷問と呼んでも差し支えない。

「……そろそろ、見えてくるかな」

 小さく呟く。声に、リナの反応。

 まだ朧げだが、それでも砂のみの景色に変化が出てくる。陽炎。陽のせいで揺らぐそれは、しかし見えてくれば大分近いものだと想像もつく。

「もうちょいだよ。わかる? あれが、大門」

 指しつつ、軽く背中を支えてやる。

「私達の目指す、西の国の中央だ」






 入国後も砂はまだ伸びているが、先程までと比較するとだいぶ少ないもの。

 というより、地面の感覚が硬い。下に石畳があるからか、砂を踏む感覚はむしろ砂利と呼ぶ方がより近いか。

「……涼しい? あれ、屋根も何も無いのに?」

 水を飲み、汗だらけの顔で辺りを見渡す。

 溶けかかっていたさっきと比較すると、かなり復活してきたようだ。

 微笑みながら、サヤの解説。

「シビュラは何も話してなかったんだ? この国は主要な道や門あたり一帯に、日除けの魔法をかけてるんだってさ」

 ゆらゆらと手をかざす。

 勿論それは何かを掴むわけではない。太陽も依然として輝きを緩める気配はない。

 しかし、それでも間違いなく、移動中よりは快適だった。

「正確には適温化サーマルプロテクションかなぁ。人間ひとりひとりに付与するには大規模な魔法なんだけど、土地に蒔く分には簡単なんだってさ。魔法師、よくわかんないねぇ」

「へえぇ……」

 若干の冗談を交えたサヤの解説に、しかし想像以上に目を輝かせ。

「魔法師って……凄いんだね!」

「そうだぞー。魔法師って凄い。間違いない。私の知る魔法師、どいつもこいつも化物ばっかだもん」

 くすくすと笑いながら、だけどと本題を思い出させる。

 脱線したままでは、きっと主目的を見失ってしまう。可愛い子ではあるが、同時に危なっかしさも目立つ子なのだ、定期的に軌道を修正してあげないと、あっという間に道に迷ってしまうだろう。

「リナが目指すのは、魔法師ウィザードではなく魔鑑師マギクス。魔法を使う者ではなく、魔法を解析する者。おーけい?」

「おーけいおーけい。大丈夫、間違えてない!」

 フードを勢い良く脱ぎながら、元気いっぱいの回答。

 ──弾けるように飛び出す、頭頂からの獣の耳。猫のそれに近いものだが、ずっと押し付けていて嫌ではなかったのだろうかと思わなくもない。

 そもそも、この国で彼女のように獣の耳が生えている人間など、今まで一度も見た事がない。常識を問うような程に常識が当てはまるかも怪しく、それについての言及は避ける事にする。

「いいね。勢いは大事だ。じゃ、物怖じするようになる前にさっさと行こうか」

「うん、行く行く。──え、どこに?」

 勢いが有り余っての即答だったが、一瞬で目を丸くしながら疑問が戻ってきた。

 ちょっとだけいたずら心が芽生え、手を握りながらそそくさと歩き始める。


「この国の、最強の魔法師の所にだよ」


 手のひらから、驚愕の反応が帰ってきた。

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