掃除をしに

汚ならしい、5階建てくらいの古ぼけた木造建築の階段を上がっていた。階段には埃が溜まり、手摺の柵にも埃が絡まったクモの巣が張られている。

 白く塗られた壁紙も剥がれ落ち、中途半端に壁から垂れていた。

 外が曇っているのに、この建物には電球のひとつもない。その為薄暗いのだ。だからと言って視界が悪いと言うわけではないのだが。


 この建物は一階に二つの貸部屋がある。

 その5階辺りの一つの部屋。そこに私の父が住んでいた。


 部屋の前まで来て、ボロい木製の扉を叩く。埃が舞って、非常に汚かった。


「はい、はい」


 そう言って現れた父は、私の記憶に残る父と姿がずいぶんと変わっていた。

 禿げた頭、汚く薄汚れたランニングシャツとパンツ、目は落ち窪み、ガタガタで茶色く濁った歯が半開きになった口から覗いている。

 痩せただろうか。いや、そんなことはない。良くみればまだ肉はついている。なんなら筋肉としてしっかりそこに付いている。

 だが見るからに老けた。見窄らしい格好をしているせいでさらに老けているように見える。

 というか、普通に汚ならしい。不潔だった。


 父は私を見て、その落ち窪んだ瞳を瞬かせた。その顔は私が誰であるか分からないようだった。


「ヨウ」


 私は、よく父にしていた挨拶をしてみせた。片手を上げて、「ヨウ」と一言。ただそれだけだ。

 それだけでも父はどうやら気付いたらしく、「あぁ!」と声をあげてその顔に笑顔を張り付けた。


「なんだ、お前かぁ。誰か分からなかった」

「思い出してくれたようで何より」

「それで、どうしたんだ?」

「ここを掃除しに来た」


 私は時々、ここに来て掃除をしている。ほっといたら父は部屋を片付けないのだ。ただでさえ汚ない建物に住んでいるというのに。

 父は私の言葉に「あぁ、そう」と急に素っ気なくなった。興味がなくなってしまったらしい。

 一体、何を期待していたのか。私には分からないがそれこそ私は興味がない。

 私は家に上がると、その汚ならしい父の部屋の掃除に取り掛かった。

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