もしもの話
そこはよく知る部屋だった。当然だ、僕の住んでいるフラットなのだから。
でも、どうやら僕はこのフラットに住んでいないことになっているらしい。僕はそれに動揺することはなく、それもそうだろうと納得していた。僕はこの世界が、僕の知る世界ではないことに気付いていたから。
「君は誰だ?」
僕を睨むのは、僕とルームシェアをしている友人だ。友人は僕を覚えていない。だから酷く警戒されている。
「分からない?」
「分かるわけ無いだろう」
「そっか。僕は君をよく知っているよ」
僕を知らない友人は、僕の知る友人とは想像がつかないほどに荒れていた。不作法で頑固で我が儘。正直、僕といても僕以外の親しい人間がいるのか怪しいような友人なのだが、人が一人、関わらないだけでここまで人は変わるのかと驚く。
そして、胸が痛んだ。彼は僕がいないことで本当に孤独になってしまっているのだと。
僕らよりも年上で何かと気にかけてくれる男は、相変わらずこの家に顔を出しているようだが今し方追い出されていた。ついでに言えば、彼も僕を知らなかった。
そうか、僕はそもそも、この世界にいないのか。
「それで、君は誰なんだ」
苛立ち気に聞いてきた友人に、追い出される前に名前を告げる。しかし、友人はやはり僕が分からないようだった。
「記憶にないな」
「でも僕は君を知っているんだ」
「例えば?」
「煙草をよく吸って、人付き合いも悪い。でも頭は良くて、その頭でいろんな人を助けてくれた。僕も助けてくれた。人には勘違いされがちだけど本当は優しいし親切で、ちょっと不器用なんだ。手先は器用だけど」
ジャキン、と音がした。見ると、友人が僕に向かって銃口を向けている。
彼もよく、こんなとんでもないことをしてくる男だった。だがいつも冗談ばかりで、心臓に悪いと僕はいつも怒った。
しかし、今の彼は、目の前の彼は、本気だ。下手に口を開けば、あの銃口から容赦なく弾は放たれる。そして、僕を殺す。
「何で僕を知っている?」
「友人だからだよ」
「友人?笑わせるな、僕に友人なんていない」
鼻で笑われる。その姿を見て、僕は落胆した。友人なんていないと言われたにでも、僕を知らないと言われた事にでもない。
友人は確かに癖の強い困った奴だったが、心がないわけではなかった。
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