初めて
宝中陽愛に出会ったのは、ぼくが某公立高校に入学してから間もなくだった。ぼくは高校に入学してすぐに、アルバイトを始めた。始めたきっかけは、お小遣い稼ぎとか、大した理由ではなかったと思う。バイト先に選んだスーパーマーケットは、マニュアル仕事が多く、店長や先輩も皆気が良かったから、慣れるのにそう時間はかからなかった。
ある日、バイトをあがり、制服のエプロンと三角巾を畳んでいると、店長が近づいてきてこう言った。
「来週から、新人が入ってくるよ。君と同い年だから、仲良くしてあげてね。」
ぼくが勤める店舗では、ほとんどのアルバイトが大学生か社会人で、高校一年生でバイトをしているのはぼくだけだった。そのこともあって、店長はきっと気を利かせて言ってくれたんだろう。正直、ぼくも同い年のアルバイトの存在に興味は抱いていた。
タイムカードを切り、制服に着替えるため控え室に入ると、既に人がいた。しかし、いつものシフト仲間である松村くんではなく、見知らぬ女性だった。彼女はぼくに気づくと、慌ててお辞儀をし、名札を見せてきた。
「あ、おはようございます。今日からここで働くことになりました、宝中と言います。」
不思議な声だった。淀みの無い声音でありながら、どこか奥深い。女性的な高めのトーンであると同時に、コーラスの調律が取れている。人の耳を喜ばせるためにあるような声の持ち主だった。その声の衝撃もそのままに、ぼくも名札を出した。
「あぁ、どうも、どうも。ぼくはこう言います。ちなみに、ホウチュウってどうやって書くんですか。」
「珍しいですよね、宝物の宝に、最中の中と書きます。」
「モナカですか、恥ずかしい話、漢字が苦手なんですよ。モナカのナカってどう書けばいいんですか。」
そう言うと彼女は、少し目を開いてこちらを見てきたが、それ以上何も言わず、ポケットから取り出した可愛らしいメモ帳に「宝中」と書きつけた。
「これです。」
「へぇ、モナカのナカは中って書くんですか。モは守とかですかね、あのパリパリの表面が中のクリームを守っているんですから。」
少しとぼけた口調で言うと、彼女は小さく笑った。笑い声の中にすら、オーケストラがいるようだった。
「確かに、そっちの方が合っているかもしれません。でも、本当は最高の最と書くんです。サイチュウと書いてモナカと読むんですよ。」
今度はメモ帳に「最中」と書いて、ぼくに見せてきた。少し癖のある丸い文字が印象的だったのを覚えている。
「なるほど、とても勉強になりました。ありがとうございます。」
もう少し、その声を聞くために話をのばしたいと思ったところで、控え室のドアが開いた。
「あ、宝中さん、業務内容の詳しい説明するから、早く来てね。あと、未成年用の確認書類もあるから。」
そう店長が言い、彼女は先ほどより少しトーンを上げて、わかりましたと応じた。ぼくに会釈をすると、猫のようにぼくの横を通りすぎていった。美容室のいい匂いと、純情が鼻に触れた。先の店長の言葉を思い出し、彼女が同い年の新人なんだとわかった。
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