処女

天使由良(あまつかゆら)

予感

最近新しくできたと地元じゃすっかり話題になった喫茶店で、奥の方の席に座ると、倉井は開口一番に言った。


「季節ってのは難しいね。春だと思ったらもう夏だ。きっとこんなに小さく、大きな変化をするものは、季節と女心ぐらいだろう。」


「なんだ、失恋したのか。」


「いや、失ったわけじゃない……僕にとってとても大事なものを得たはずなんだ。今それが必要かは別としてね。」


 そう言うと倉井はどこか満足気に、カウンターで購入したアイスラテとドーナツをバランスよく配置して、最新の携帯で写真を撮った。その後にしばらく携帯を操作すると、ひとつ頷いてからテーブルに置いた。そこから度々通知の振動が、空虚にテーブルを揺らす。


「今度のは、何がいけなかったんだ。」


「それがさっぱりだ。彼女に好かれたい一心で、彼女の一番の友人とも仲良くしていただけなんだ。そしたらどういうわけか、友人の方から告白された。今度はそれを見ていた彼女が、それっきり何も話してくれなくなってしまった。」


 思わずぼくは、口に含んでいたアイスモカを吹き出しそうになった。それを倉井は見咎めたが、それすらも滑稽で、遂にむせた。慌てて胸をたたくぼくを、倉井が恨めしそうに睨みながら言う。


「ばか、真剣なんだぞ。きっと彼女は、自信がなくなって僕のもとを去ったんだろう。彼女も僕のことが好きだったに違いない。」


 面白いことを考えているなと思いながら、ぼくは真面目ぶった顔でしばらく彼の話を聞いた。一通り彼の持論を聞き終わる頃には、店内に流れるジャズバラードも、気づけばポップなブルースに変わっていた。


「……あ、もうこんな時間だ。今日は付き合ってくれてありがとう。」


「いや、大したことじゃない。倉井がいい恋愛をできるよう祈ってるよ。」


「なんだよそれ。おまえこそ、もう高校2年の夏なんだから、恋愛のひとつぐらいしろよ。顔はそこまで悪くないんだから。」


「余計なお世話だよ。」


 ぶっきらぼうに答えて、ぼくはさっさと荷物を持って立ち上がる。倉井が残っていたドーナツを慌てて頬張り、ぼくの後を追う。喫茶店のドアを開けると、外は日が落ち始める頃だった。むわっとした空気がぼくを包み、これから夏が本格化することを感じた。しばらく倉井と雑談しながら歩き、帰路の途中でわかれた。その時、ポケットの中のスマホから着信音が聞こえてきた。電話をかけてきた相手を確認すると、ぼくは倉井が喫茶店で言った、最初の一言を思い出した。

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