悪役令嬢のメイドは死に戻りの力で世界を救う

浪漫型筍

プロローグ『鳴り響くラッパの音』

 ラッパの音が鳴り響いていた。

 走馬灯って本当にあったんだな、なんて死にかけの彼女は考えた。それは何故か。白んでぼやけた頭に、沢山の記憶が流れ込んで来たからだ。頭のキャパシティーを余裕で超えるその記憶の波は、それでもスラスラと彼女の頭の中へ入り込んできて、彼女はその記憶たちを一つ一つ、それはもう簡単に理解していった。

 昔住んでいたベッドの感触。綺麗だと思った風景。握ってくれた母の手の温度。頭を撫でてくれた父の微笑み。輝かしい、記憶。十数年ほどの彼女の記憶。そんな彼女の記憶の多くは―――との日々の記憶で、自分の人生は―――とともにあったのだと彼女は静かに理解した。―――のプラチナブロンドの髪が、ルビィ色の瞳が、時折見せてくれた笑みが、頭の中でチラつく。


 ――あぁ、願うなら、もう少しあの方の笑顔を見たかったな、なんて。


「――――――!!!」


 全身に巡る熱さ。体を動かそうにもピクリとも動かない。感覚も、熱さ以外何も感じない。耳鳴りが酷くって、世界の音すら拾ってくれない。ドクドクと熱さが外へ流れて行っているはずなのに、一向に体の熱は放出されることはなく。走馬灯で埋まった彼女の頭は酷く落ち着いていて、このまま自分が死ぬことを冷静に悟っていた。


「――――――!―――!!!」


 遠くで誰かの叫び声が聞こえた気がした。体の熱さしかわからないのに、ハタハタと頬に暖かいものが伝ったのが分かった。

 ゲホッ。彼女の口から熱さがあふれ出る。くらくらする頭。目を開ける。端からブラックアウトしていく視界。そんな中、美しく揺蕩う赤が見えた。彼女はその赤を前に、どんな宝石よりも綺麗だと感じた。


「―――!!!」


 やがて赤すら見えなくなった。思考がバグって、自分が何を考えているのかもわからなくなった。

 熱さが頂点に達する。とにかく熱くて、熱くて、熱くて。脳をめぐる走馬灯の勢いは増して、増して、増して。ラッパの音が多くなって、早くなって、大きくなって。私は何もわからなくなって、わからなくなって、わからなくなって。そして彼女は、もうすでに自分の体が命を落としていることに気が付いた。


「っ――――――!!!!!」


 走馬灯の記憶が流れ続ける。ループし続ける。ねぇ、その記憶はもう見たよ。その記憶は見せないでよ。それ嫌いなんだ。見たくないよ、それ。

 記憶の波は混濁し、彼女という存在はその波に溺れ、自我さえ消えかける。もう何もわからない。わからない、わからない。わからないから、そのまま音も時間も何もない世界でわからないまま生きていく。そんな気がした。記憶だけが残る世界へ、旅立つことを悟った。


 …………?


 だけど彼女はその刹那、あることに気が付いた。


 …………ねぇ、私


 ラッパの音が鳴り響く。


 この記憶、知らないよ?


 天使が、ニーナの頭をガツンと殴った。







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