苗(8/23改稿)
山地圭介は星を数えるようにひとつひとつと視点を合わせていき、思いを描いた。
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『山と海が交わるところ…どうしてこうも感情が沸き上がるのか。』
『空と地上とが重なるところ…どうしてこうも追いかけてしまうのか。』
『植物と動物たちが共存しあう姿…なぜそんなにも浮世離れで目が離せないのか……』
『空気と身体が触れあうとき…なぜこんなにも心地がいい。』
『人と人の心のやり取り…なぜこんなにももどかしい……』
『……競合しあうその背中は色んな意味で世界を越える。言葉を越した境地は、あまりにも美しく、自分も世界を越えたくなる。あの世界大会のように、あの周期四年開催の祭典のように。
そして、私が努めていた先の社長の姿のように--。』
数えきれない星の下、または砂丘の上、私は独り仰向けで倒れている。心臓の鼓動はおろか、見る影もなく衰えている…そう、私は、両手を広げ死んでいる。誰にも気付かれない、見付けられやしない、この砂丘の上で倒れている。少しばかしの距離を歩けば、海が見えたり、山の頂が見えたりするはずだけど…私にはもうそんな力など作れやしない。
私の知る心理学の本にはこう書いてあった。
『自分がいま居る環境は誰かが仕向けてきたものではなく、自分で作り出してしまったもの』だと……。
だから私は知っている。私が砂丘にいるこの意味も、波に煽られ岸に上がってきた要因も、陽が落ちた時間帯にいる理由も、女性同僚が睡眠時に現れた原因も……私が作り出した私自身の
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--未明。
山地は、社長を前にして怒声を上げては会社を飛び出した。これは女性同僚から手渡されたペットボトルで水分補給をした日の終業時刻の出来事である。
外はまだ真夏の陽射しが強く、アスファルトの水逃げで道路が揺らぐ。
社長の前で自分の作った資料を破り捨て、耐えきれない悔しさを胸にするような顔をして、玄関を飛び出した山地圭介。崩れながら両手を広げた素振りの山地は、地面に着地して仰向けで空を見るような形で倒れていった。もちろん、そのような大胆な倒れかただったため、帰宅しようしていた仲間が山地に駆け寄り必死に声をかけた。
ここでふと、疑問が湧く人もいるだろう……が、もう少しお付き合い戴きたい。
退勤を迎え社内から出てくる雇用人たちは、山地を中心にして人囲いを作り上げた。これから外勤をしようとしていた社長をも捲き込んで、本人は返事もせずにただ大の字に額に汗をかいてはグッタリしている……。
慌てた社長は人だかりを裂くように中心へと向かっていく。顔と名前を一致させなくても雇用人の姿をみて『誰が、どうで。』と把握が出来る社長は、鳩胸を張りながら山地に近付いた。
社長はやるせなさでいっぱいだっただろう。自分の目の前で彼は会社方針に対しての問いを投げ掛け、さらには自分なら何とか出来ると豪語した。それどころか、彼は怒りのままに書類を破いてはばら蒔き、次第にはが差し出した炭酸水を床に落としたのである。これで終わりかと思いきや、倒れているのである。暑さで気持ちが滅入っているというのに、気持ちもヒートしていきそうだ。いやオーバーヒート状態だ。
社長の気持ちとは別にパートタイマーとして働きに来ている主婦たちは、自分の身に付いている知識とこの会社で培った連携プレイで山地を救おうとした。
彼が所属する部門から行くと持病かと手が止まったが、連日の暑さと様子を見て熱中症だと判断した。倒れてしまったからには、周囲に居る人たちが救助をする必要があった。ただ従業員も人間であり、暑さと大量出荷の重ねで心の余裕と筋肉痛とで、正直に自分のことだけで精一杯であった……。
どよめく状態を正そうとするかのように、声の張った指示が下る。
「はい、服を脱がす!!」
指示リーダーから発せられたものだ。
人だかりが一瞬にして仕事モードに切り替わる。山地の同僚達も眼をパッと見開き…というか、それぞれ違う場所で動きを見せて頼りなさそう。そして、山地の手当てを出来る距離にいた女性同僚も不安気な顔をしておどおどとしている。それを見かねた指示リーダーは首を傾けては、「近くに居るんだから!」と彼女に圧を掛けた。しかし、彼女は女性であり、例え同僚だろうが人命救助だろうと指示されて身動き出来るものではなかった。
結局、リーダーは呆れた顔をしながら社長の方を向いたが残念ながら救急対応をしており、自分が行くしかないと考えに至った。自分の息子と比べては同い年でもある山地に深い息がこぼれた--
リーダーの記憶のなかで、社長が語りかける。
「今回は納得のいく人を雇用できたよ。」
しかしリーダーは、今までと相変わらずに迷惑の掛かる人材を採用をしたと苛立った。
「社会のルールとして『自分の身は自分で管理するのが責任』であり、今回の『連日の暑さで熱中症になる』のは予測出来たこと…。最悪の場合は後遺症をのこす恐れがあるんだし、この業界では常識だ。
いわいる暗黙の了解……。
特に自分は現場責任者であり、私には私なりに想いがある」--。
『私が行くわ!』と脚を踏み出したころには、リーダーが使えないと括っていた中年の男性が、山地の服を脱がし始めていた。山地と同じ所属の
そもそもパートさんたちと山地が居る所属の違いとは、雇用保険が効き、より待遇の良い会社に転職出来るという対応である。また社会復帰を望み入社をした者や福祉のサポートが必要とする同僚もおり、十人十色の部門だ。いまはまだ設立して年月を重ねていないこともあり、長年の経験を積んだパートさんたちが指揮して業務を回している状態だ。使えないと括られている空知に関してというと、パートさんたちと本人のコミュニケーションが上手くいっておらず、スケジュールと自然相手で動く仕事のため指令がザックリ過ぎて本人が掴めていないだけなのだ。
さて、熱中症の応急処置としての脱衣なのだが、主婦であるパートさんたちは何故か引きぎみになっていき、今まで現場で見せていなかった弱さを露呈し始めた。本来なら人への評価を態度で示すような言動が見られるのに、それぞれが眼の行き先を困らせ、主婦たちの会話とされる口も梅干しを食べたような酸っぱさを漂わせては手荷物が揺れる--。
立場が逆転したかのだろうか、それとも同僚は彼に対して何か気持ちでもあるのだろうか……。
空知は真剣な眼差しで救助という業務をこなし、タイミングよく朝に配布されていた熱中症マニュアルを見ながら遂行していく。自分でも着ないスーツを山地から脱衣させ、新卒入社の
少し体つきのいい
「だれの時計かしら?」と、山地とよく話すパートさん。しかし、誰に話しかけても答えが出ずに社長のところにたどり着いた。社長からは「あぁ、山地の時計だな」と答え貰ったのだが、確認されている手から時計を瞬時に奪われ、山地のもとへと去っていった。腕時計を拾ったパートさんは暑さで下ろしていた黒い前髪でさらに目の前を暗くさせては、自分の車へと乗り込んだ。山地の同僚たちが感じていた想いを実感するかのように、走り去るその車にスピードはない……。
社長は山地の腕を取りながら、留め金具がバカになっている腕時計をはめていた。ちょっとの衝撃で外れてくる腕時計を普通に着用していたのかと思うと、山地圭介に念を抱いた。誰かにとっては不正解とする想いを心の奥底で付箋に綴った。山地が口にした「私をカットするか」「植物をカットするか」を復唱させながら、時を刻む針さえも止まっていた腕時計を本人の元に還して場を外した。
--救急車の音が近付いてくる。
サイレンに気付いた空知と平部は顔を見合せ安堵をさせながら、山地にささやく。山地を運んだ他の二人も溢れんばかりの感情を剥き出した。
リーダーはというと結局のところ自分も仕事で疲れており、正常な判断が下せなくて帰宅した。脱衣をさせられなかった女性同僚はただただ山地の身体と命の安全を祈るしか出来なく、憎たらしいはずの太陽に向かって瞳孔を小さくさせては無事を祈る。
雲がひとつもない、ここから見える空の下。
ビニールハウスや会社がある、この地の上。
自然と駆け引きをしている職場環境のもとで、職場の仲間たちはひとつの想いだけをここで結び想い連ねる「無事であるように。」。
山地が落としたとされるポットの苗は外見こそ茶色く果てていたが、根だけは確かに生きていることを会長だけが知っている--。
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山地圭介が独りでいる砂丘で、雨が降り出しそうな冷たい風が頬を撫でた。輝いていた夜空は未知の空へと変わった。
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