熱中症(8/18改稿)

 ここは四六時中と風が吹き続け、砂がたまり丘となる……。そう、ここは砂漠を模した砂丘である。



 ここに、ある青年が独りでやって来た--



 --自己本意に会社を飛び出してきた青年は、乗り込んだバスの椅子に対してすぐさま「やさしくするな。」と気持ちを苛立てていた。

 何を思ったのか海へとたどり着いた青年は、まずは重たかったビジネスバッグを投げ棄て、次にスーツのジャケットやネクタイ…本皮靴という順番に脱いでいき、最終的にワイシャツとパンツ姿で海の中へと入水した。膝たけ位まで浸かったその身体で彼は海面に自分の顔を写しは、笑っているように見える辛い顔をして微笑んだ。その後は意識付いたように自傷行為として両手で海水をすくい口元に押し込んだ。夕陽時に立ち寄ったため海は赤く、青年が口から海水を吹き出した際には本人が実際に吐血をしたかのように想像ができた……

 まもなく海はそんな青年を追い出そうと、風に煽られて作り出した波で砂浜へと煽っていく。自分の不甲斐なさに涙を流していたが、海にはそんな余裕があるわけもなく、海は海として『この世界』を『水平線』を保つために岸へと上がらせた。

 俯きながら歩いてきた青年は、こうして砂丘のど真ん中へとたどり着いた。


 自分の屑さに過敏になりながら、陽が暮れて見える星に、心の天秤に委ねたのであった……


 その青年の名前は『山地圭介《やまぢけいすけ》』という。

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 「-、-山地さん…、聴こえてます??」



 「……はっ、!」

 私は同僚の声にも気付かず、独りの世界に入り込んでいた。そうだ…私はいま、仕事という名の業務を通り越して…

「あ、ど、どうもすみませんでしたっ。作業を止めてしまって」

 呼び掛けてくれた同僚に、言葉に出せるだけの気持ちと謝罪を乗せる。利き手で握り締められた苗はガクブルと私の気持ちに巻き込まれて震えていたがそんなことは関係ない。


 「よかった。最近晴れ間が続いているし、私達の仕事はハウス業務だから…。外の気温が低いからといって、見余っちゃいけないよね。だーけーど、熱中症になってしまったかと思ったよー。今日貰った熱中症対策マニュアルの一つとして書いてあったじゃない?『呼び掛けに反応しない』とか。私、現実になっちゃった!とか思ってさっ…。あっ、ごめん…つい」と、いつも柔らかい声を掛けてくれている女性の同僚が、これでもかとばかりに瞳を細め私を見つめてる。

 なんの瞳なのだろう…と、私は返事をするための言葉を頭の辞書から探しいると、肩をバンっと叩いては、会長から差し入れられた水分補給を胸へと投げ込んだ。ペットボトルが渡されると知らない私は苗を地面に落として、眼をポツリとしながら受け取った。背を向けてハウスを出ていく女性同僚に、「今すぐ休んで!それに、その苗は枯れているから気にしなくて良い。」と置き言葉され、「ありがとうございます。」とも伝えられずに見送った。…たしかに地面に落ちた苗は茶色く果てていて商品向きではなかった。

 夏の暑さの影響以外に、汗が余計に溢れ出た。


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 --疲れていた山地圭介は砂丘の中で眠りについて夢を見ていた。



 苗の大きさに合わせてポットの置き場を広げていた山地は、ため息を付きながら考えた。『植物が大きくなるように、人間もまた大きくなるのだから…スペース《心の距離》は大事だ』と。

 そして女性同僚の一言を思い返して、手を止めて、ゴム手を剥いでペットボトルを手に持った。


 汗で滑って動かないキャップにやきもきしながら開けたとき、山地は雑夢ざつむから覚めた……。





 「……………ゆめ、…」

 ――どうやら私は疲れていたみたいだ。

 思えば職場は自分と自然との駆け引きだった。ハウス業務では暑さと寒さの見極めであり、毎日と睨めっこである。受粉する虫が来ない事を対象に、アブラムシや害虫との勝負である。

 仕事を確実に覚えていた私は、行動が趣味にも近い感覚で人生の熱源だったことに間違いはない。


 「熱中症……」

 自分で口にこぼして、クスッとしてしまう。しかしこんなところで面白いことをいったところで何になる?…誰かが笑うわけでもない、指摘をするわけでもない、私のところへ歩み寄ってきて肩を叩くわけでもない。でも言葉の掛け合わせが面白くて独りでツボに入る。キュウンとした病気のような痛さが胸を締め付けては、ブワアッと鳥肌に仕立てていく。それほど夢中になっていたという証しなのだろう。なんなら悲しいのに笑えてくるし、笑っているのに誕生日ケーキの蝋燭を消してしまったような気持ちに似ている。だけども自分で火を消してしまったのだから……仕方がない。


 ……どうやら、私は熱が出ているらしい。

 風はいつもより冷たく体は芯からポカポカする。頭がボーッとし始め、思考を少し動かせば目眩と吐き気を感じる。頭痛を抑えようとすればするほど仕事をしていた自分のことを思いだし、耐え難くなっていく苦しくなる。解決策を捜すように、なんとか動かせた両手で砂を引っ掻く。意識が朦朧していためる誰の声と錯覚し、会話をするように私は言葉を選んで返事をする。

 「...リーダー、バジルのカット終わりました、言われた通り、わき芽を残しました。

  次の作業に入ります。」

 私の手には切ったバジルの香りが遺る……。

 「はい……、ミントの切りに入ります。」

 切られたそのミントは、私が知りたくもなかった爽やかさを漂わせて嘲笑っている--。


 職場の風景が脳裏から鮮明になってくる。

 ただ商品の数ととして作られた小さな苗たちの、挿し穂という技術を用いられて、無様にも並んでこちらを睨んでくるその姿。眼を背けたくなるその真実は、振り返れば私が知らなかった事実こと。草花が睨んでくるのは不思議じゃない。私が入社するまえに覚悟していれば防げた話だった--。




 手の平に爪が食い込むぐらいに砂と共に握りしめては、『砂である私は悪くない』のだと、ほろほろと私の心から避けていく。会社方針を掴むかのような、感覚が砂で伝えてきた。確かに私は自己本意であり、会社があっての従業員。それでも私は誰とも協力することもせず、独りよがりに仕事をこなしてた。後悔はするけれど、どこが駄目なのかわからない。私は誰よりも会社を愛していて、戸惑いも隠せなくなっている。

 ………、色んなことが一気に駆け巡り眼も閉じられない。


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 膝を抱えるように両腕を回して、月明かりの下で山地は座る。山地の髪でも揺れるその風は秋風のようにどことなく冷たくてしっかりしていた。寒さを隠すようにと左腕を膝に対してきつく絞めたところで、腕時計が太ももに当たり外れ落ちた。腕時計の金具がバカになっていることも知りながら、父のことを想い愛用していた山地であった。しかし、金具が外れた事を知っていながら時計が止まっていることに気付きはしない。


 時刻を見ずに心のなかで陽が昇ることを否定する山地。ただ自分とは違い、屑なんかではない一生ものの星を姿勢を崩して仰向けになって眺めては、深く呼吸をする……。まるで息を引き取られてしまうような星たちに「ありがとう、」と口から混み上がった彼である--

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