第13話 弟子の名
優しい香りが立つ紅茶をティーカップに注ぎ、二人が同時に口をつけ一息つける、普段紅茶を飲まない零治だが口の中に広がる紅茶の旨味に舌鼓を打つ
「さて、どこまで話したかの…あぁ、そうじゃ、それでお主は魔法を学ぶ気があるのか?」
(質問に質問で返すが、何故俺に魔法を学ばせようと思ったんだ?人間ですらない俺に…)
零治は馬鹿ではない、知識とは貴重なものであり己の武器になるもの、それも何かの技術の知識なら尚の事他人にそうやすやすと教えるものではない、零治はそのように剣術の師匠から教えられていた
「うむ、そうじゃのぅ、儂はそこそこ名の知れた魔道士なのじゃよ、賢者や大魔法使い等と持て囃されとった、しかしの過度な名声は身を滅ぼす、儂の力を欲して様々な者がやって来ての、ただ教えを乞うたり自国に招くだけなら良かったのじゃが、世の中には強引な者が多く手荒な事をする、そんな事に辟易した儂はこんな森の中で一人住んでおるんじゃ」
(………)
アガレスが自分語りを始め長々と話しているのを今回は黙って聞いてみる事にした零治、そして一口紅茶を飲んでから話を続けるアガレス
「じゃが何十年も森に居るとな、あれだけ嫌気が差していた人との関わりが恋しくなるんじゃよ、儂も人間じゃし寂しくもなる、しかし今更人里に戻る事はできん、もし人里に戻り儂の素性がバレればまた騒ぎが起こる、じゃから人里には戻れん、そんな時にお主が現れた」
(俺?)
「そう、意思疎通ができ物事を考える知性があり、魔法を扱う才能もある、正に儂が求めていた逸材じゃ」
今後人と関わる事が出来ないと思っていたアガレスにとって、零治の存在は一種の救いだった、己が人生の最後でこの世に自分が居た痕跡を残したいと思うのは当然だと言えた
(爺さんの言いたいことは分かった、教えてくれるのなら此方とそても有難い、分からない事だらけだしな)
アガレスの考えが分かれば零治としても拒む理由が無い、寧ろ異世界に来て右も左も分からない零治にとってまさに渡りに船であった
「おお!そうかそうか、引き受けてくれるか!いやぁ良かった良かった!」
ホッホッホと上機嫌に大声で笑うアガレス、余程嬉しかったのだろう、零治にはいまいち理解できなかった
(そんなに嬉しいのか?)
「ん…ま、まぁの、それよりも儂の弟子となったからにはお主に名を付けんとな」
零治に指摘され若干顔を赤らめ咳払いをして話を逸らすアガレス、そしてアガレスは零治に名を授けると言う
(あれ?名前って大事な物なんじゃないの?そんな軽く付けちゃって良いやつ?)
「全然軽くないわい、お主が儂の弟子でなければ付けはせん」
(あ、そう…名前無いと不便だし別に良いけど、あまり変なの付けないでくれよ?)
「当り前じゃ、儂の生涯最後の弟子にふざけた名を付ける訳無かろう」
そう言ってアガレスは腕を組み考え込む、そこから小一時間ほどうんうん唸りながら考え続ける、その間零治は優雅に紅茶を飲んでいた
「決めた!お主の名は【アストル】じゃ!」
(ッ!!)
アガレスの名付け直後に零治の全身に衝撃が走る、体の奥底から力が漲るのを感じる
【名付けを確認しました、これより個体名[アストル]のステータス閲覧権限を解除します】
朦朧とする中、零治の脳内にいつもの声が響くのだった
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