第33話 排他

「質問だが、自分にとって都合の良い思想や文化を普及させる方法って知ってるか ?」


 休憩を終え、再びガヨレルに跨ってからジョナサンが尋ねた。


「…焚書とかどうだろうか。一度全てを壊した上で、新しい思想を教育するというのは」

「悪くない線だ。だが、そんな事を無理に行えば待ってるのは反発だろう。後々まで引きずってしまう因縁になりかねない…もっと穏便な方法がある」

「…ダメだ。分からない」


 少し考えたルーファンが答えるが、ジョナサンは首を横に振って別の答えに期待をする。しかし、さっぱり分からなかったルーファンは片手を上げて降参をした。


「教えてくれ」

「大事なのは既成事実…つまり、自分達の意思で排除を行ったという方向に持っていくんだ。そうすれば誰も責任を取らなくて済む…最悪の場合でも、時代が悪かったとして有耶無耶に出来る」

「自分達から ? どうやって ?」

「簡単だよ。まずは権威を用意する…例えば、そうだな。別の国で商いをやって成功を収めた商売人だとか、国外で政治学や社会学を収めた優秀な学者…そんな風に箔付けをしてやるんだ。操り人形になってくれそうな奴らに対してだ。根拠はいらない、証拠もいらない…引っ掛かる様な奴らは、そんな事をいちいち調べるような賢いオツムなんか持ってないからな」


 ガヨレルの手綱を握り、日が照り続ける砂の上を移動しながらジョナサンは語る。ルーファンとサラザールは、彼の両端を移動しつつ耳を傾けていた。


「そして、箔付けをしてやった彼らを利用する。都合の良い情報を吹聴させるんだ…他の国は自分達の社会よりもはるかに幸せに暮らしていて、それらは特定の思想や文化によって成り立っていると言い切ってしまう。ついでに自国への罵倒も忘れない…「それに比べて我が国は遅れている」とか「後進的且つ未開の土人じみた生活をしている」とか、徹底的にこき下ろすようにする。こういう情報を流し続けるにあたって、最初に標的にするのは貧民だ」

「どうして ?」

「簡単に言うなら焚き付けやすい。おとぎ話では清らかな心を持つ貧民とやらが頻繁に登場するが、どこまで行こうがあんなものは創作だ。現実は醜い。大半の貧民ってのは、なるべくして落ちぶれた連中だよ。無知且つ無能…その癖にプライドだけは誰よりも高い。這い上がるための努力を自ら放棄し、僅かな可能性からも逃げ出した分際でどうせ努力をしても無駄だとのたまう…とにかく悪いのは外部の要因であって、自分ではない。それが彼らの考え方だ」


 気温が上昇し続ける中で話すのは流石に疲れるのか、ジョナサンはしきりに水筒から水を飲みながら説明を続ける。そんな最中に突然視線を感じたルーファンが時々辺りを見回すが、特に異常は無かった。


「そんな連中が外国の事情とやらを聞いたらどうなると思う ? 滑稽な事に、全員で必死にある訳もない架空の理想郷と、そこに存在する思想や文化を必死に祀り上げ始めるんだ。自分が惨めな生活を送っているのは、腐敗して無能ばかりが蔓延る社会が悪い。きっと他所にあるらしい先進国とかいう場所なら、自分は有能として幸せに暮らせる筈…なんて、そんな事を本気で考えだすんだよ。無能だらけの社会でさえ負け犬になる様な奴が、それよりも遥かに優秀な者で溢れている環境で勝ち上がれる筈が無いのに」


 そう話す彼の態度はどこか呆れが混じっていた。自嘲してるかの様にも受け止められそうな苦笑いも浮かべている。


「それで ? そこで終わりって訳でも無いでしょ ?」

「ああ。中流層はそういった貧民の声を聞いて、もしかすればそうなのかもしれないと肩を持ち出す。良くも悪くも流されやすいんだろうな…そして、富裕層は庶民に媚びを売っておいた方が得だと心得ているからか、喜んで彼らに協力をする。最後にそういった国民の風潮を受け止めた行政が、渋々思想や文化を流入させていく事になる。こうして、文化的侵略ってのをひっそり行っていくんだ」


 サラザールが相槌を入れると、ジョナサンは社会がいかにして特定の思想に染まるかを簡潔な流れとして説明をする。しかし、その説明だけでは分からない部分がまだ残っている。


「だが、そういった外部の知識や価値観を受け入れたくないという者もいるだろう。争いになったりしないのか ?」


 全員が全員受け入れられる様な人達ばかりではない。そう思ったルーファンは内部での衝突が起きそうになる場合はどうするのか気になってしまい、ジョナサンに質問としてぶつける。


「反抗的、もしくは受け入れようとしない者は徹底的に迫害をするよう仕向けるんだ。他所から持ち込んだ素晴らしい思想や文化を受け入れない者は、進化と発展を拒む忌まわしい連中としてね。右翼、左翼、懐古主義者、差別主義者…ありとあらゆる汚名を背負わせ敵として認識させ、民衆の意思の下に排除と迫害を進めていく。そうなれば誰も何も言わなくなる。仕方がないんだ…ちょっとでも異議を唱えれば、次は自分が社会的に抹殺されてしまうんだから」

「そしていつしか、都合の良い思想に染め上げられた人々で溢れかえるというわけか…確かに恐ろしいな」


 ジョナサンからの回答を聞き終えたルーファンは慄いた。確かにこのやり方は権力者にとっては有難いのかもしれない。自分にとって都合の良い価値観を穏便に植え付ける事が出来るとなれば、間違いなく悪用をするだろう。


「スアリウスはこの手口を何度も行って来たんだ。多くの部族や小規模な集落を吸収して植民地化…そして支配しながら発展した。だけど皆が皆そういった策略に引っかかる程馬鹿じゃなかったってわけだ」

「それが、これから会うという砂漠の先住民達か ?」

「その通り…僕達は彼らの事を”リゴトの守護者”と呼んでいる」


 スアリウスという国が抱える負の歴史と、それに抗った人々の存在にジョナサンが触れる。それが砂漠にいるらしい先住民達の事を指しているというのは、ルーファンも容易に当てる事が出来た。


「まあ、当事者である彼らから詳しい話を聞けるさ。この手の問題っていうのは、ちゃんと双方の視点から見た上で――」

「二人共、静かに」


 ジョナサンがそのまま喋り続けようとした時、サラザールが突然二人を呼んだ。そのまま彼女の言う通りに進行を止め、二人は何事かと思って彼女の方を見る。


「…何かが来る」


 彼女は呟いた。


「実を言うと、俺もちょっと前に視線を感じた。気のせいだと思ったんだが」

「し、視線…⁉」


 後出しではあるが、ルーファンも先程から違和感に苛まれている事を告げる。全くそんな事を気にしていなかったジョナサンは少し狼狽えていた。


「恐らく、あなたの抱えている違和感とは別…かなり大きい」


 僅かに地面から伝わる震動によって、サラザールはこちらへ向かって来ている”何か”の強大さを推測した。次第に大きくなって来たその震動は、明らかに地震とは違う。この時、彼らはまだ気づいていなかった。彼らがいる地点から東南の方向にある砂丘、そこを越えた魔物の群れが何かから逃げるように必死の形相で自分達の方角へ向かって来ていた事を。

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