毒(二)

 青田はそう告げながら姿勢を正してゆく。

「最初に先輩からお話を伺った時には、あまりに妙なことを言い出すものですから珍しく記憶違いをなされているのかと思いましたが――さて永瀬さん。藤田さんのお母様の『おかしな証言』。今からでも思い当たるものは無いですか? ご一緒にお話を伺ったんでしょ?」

「無理ですよ。メモを取っていたわけでもないですし。そもそも志藤さんの記憶違いの可能性だって――」

「ご安心ください。しっかりと証言の裏は取ってあります。そうとなればお母様の証言は妥当になるんですが……これだけヒントがあっても?」

 青田がさらに永瀬に確認するが、今度は声が返ってこなかった。丸フレームの奥の瞳がスッと細くなる。それを見た青田が僅かに首を傾げた。

「――お母様はこう仰ったんです。『いざ面接って時に台無しにしてしまって』です。これが俺にはどうにも引っかかった」

「それだけですか?」

「ええ。それだけです。ですがこれほど妙な話はない。まず――面接に失敗したわけでもなさそうだ。面接にすら行っていないようですしね。さらに言えば面接から逃げ出したわけでもない。これなら単純に『面接から逃げた』と言えば済む話です。つまり準備段階で藤田さんは取り返しの付かない事をしてしまった」

 青田はまたも朗々と語る。綺羅星のごとく居並ぶ文武百官を従えて忠誠を誓う君主の前で自らの策をつまびらかにする「軍師」ように。そして青田はもはや余人には構わず語り続けた。

「最初は髪を染めたか何かしたのでは無いかと考えましたが、それは染め直せば済むこと。伝え聞くお母様の印象では染めたぐらいで諦めるというのもどうも不自然だ。では、こう考えればどうだろうか? ――即ち、藤田さんはあまりに思い切った髪型にしてしまった可能性。例えばモヒカンにしてしまえば? これはもう致命的だ。誤魔化しようはあるかもしれないが、どうしたって無理が出てくる。それでは藤田さんが思い切った髪型にしてしまう理由、あるいはモデルがいるのか?」

「いるんですか?」

 永瀬が思わず尋ねた。

「います。『気ままにカーバンクル』というソーシャルゲームに登場するキャラクター『海賊ジシュカ』がね。ご覧になりたいですか?」

「是非」

「やはり、ご存じでは無い。少なくとも永瀬さんは見た目がわからないと仰る。これもまたおかしな話ですね。先輩から藤田さんの趣味、使用キャラクターについても報告を受けていたはずですが……まったく興味を持たれなかったのですか? これほど簡単に確認出来るのに」

 青田はスマホのディスプレイを永瀬に見せつけた。ディスプレイには不敵な笑みを湛え金髪を縦半分に刈り上げた「海賊ジシュカ」のバストアップが表示されている。ソシャゲのキャラクターとしては特徴がわかりやすくて良いデザインなのかもしれないが、面接に臨むにはどう考えても不適当な髪型だ。そして、それは永瀬も認めるしかなかったようだ。

「…………」

「ご納得いただけましたか? もっともさらに想像してみると、藤田さんはいざこれからゲーム、というタイミングなのに、この髪型で貴方の前に現れたわけですから――少しばかりは同情も出来ます」

「それも……わかるんですか?」

「それに気付いたのは藤田さんの髪型の変化に気付いてからですけどね。いや、最初から違和感がありました。なぜ担当編集は重要なビジュアルイメージを伝えようとしないのか? とね」

「それは……」

「先輩から聞いています。小説である以上、そういった描写をおざなりにしてはいけないのだと。それが絶対の決まりではないでしょうが、少なくとも先輩の担当である以上は先輩がそういった描写にこだわることは知っているはず。それなのに何故後回しになったのか――と言うか先輩に言われるまで口にしようとはしなかった」

 青田はスマホを懐にしまう。

「もっとも編集者の全てがそこまで気を回すことはないのかも知れない。だが、あの髪型を伝えないというのは――あまりにも不自然」

「そこで私が使い走りになって快談社、というか大城戸さんから聞いてきたんですよ。『永瀬さんは、藤田さんの遺体がどんな髪型をしていたのか、知っていますか?』と」

 志藤までが加わって永瀬を包囲してゆく。

「その答えは当たり前と言えば当たり前。『わからない』です。大城戸さんは、藤田さんがどんな髪型で死んでしまったのかは知っていました。それを編集部で話した記憶もある。だが、それがどこまで伝播したのかはわからない」

 さらにその志藤の証言を青田が引き継いだ。

「知っていても良い情報なのか。それとも知らないふりをした方が良い情報なのか。それが永瀬さんには判断出来なかった。死に導いたこの場所で得た情報は即ち『知っていてはいけない情報』なのだから。やむなく永瀬さんは沈黙を選んだ。妥当な選択かとは思いますが――それは結局『妥当』でしかない。他から情報が出てくるとその沈黙は違和感になる。そして『何故、黙っていたのか?』という疑惑が始まる」

 青田は瞑目した。

「それでも色々対応策は思いつけます。勇み足で先輩に話を持ちかけてしまったと、後から情報収集して知っていたかどうかを有耶無耶にしてしまうとかね。だが貴方はそういった行動は起こしていない。その理由も色々推理できるんですが……永瀬さん」

「……なんでしょう?」

「基本的に人間をなめてますね? 貴方」

「はい」

 躊躇無く永瀬は青田の問いに答えた。薄ら笑いを浮かべながら。その笑みは人を戦慄させるに十分な異様さを湛えている笑みではあったのだろう。しかしこの場にいる二人――青田と志藤はそれに動じる様子を見せない。

 だがその代わりであったのか……懐に入れた青田のスマホが震えながら落ちた。

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