毒(一)
「なんだ……」
「犯人」として指摘されたはずの永瀬が、悠然と笑みを浮かべた。その光景は異常と言うしか無いのであろう――通常なら。だが今は「異常」が「通常」を上回っている。そして、それを「犯人」が確かめるように、こう切り出した。
「『さすが』と言うべきなんでしょうね。ひょっとして志藤さんも気付いていたんですか?」
「いえ。私は青田にそう言われるまで気付きませんでした。どれほど永瀬さんが『おかしな行動』を取っていたのかをね。ただ今日はすでに『永瀬さんが犯人』とだけは伝えられていましたよ。それなのに『不自然な死』がどうやって出来上がったのか、説明しないものだから……」
「よくわかりました。それで先ほどのような言い争いも出来たわけですね」
やはり異様な光景と評するしかないのだろう。しかしこの場に居るのは「犯人」と「小説家」と「軍師志望者」だ。通常の秤では、到底計ることが出来ない存在。だからこそ「犯人」である事を指摘され「犯人」はそれを認めながらも終局には辿り着かない。もちろんそれには他に理由があるのだが……
そんな状況の中、永瀬が不意に青田へ問い掛けた。
「――青田さん。私にも『おかしな行動』について教えて貰えますか?」
「そうですね。別途に報酬を頂けれるなら構いませんよ。それが俺の流儀でして」
青田も「犯人」からの要求に淡々と答える。だがそれはあまりにも簡略すぎる回答だったようだ。永瀬が訝しげに尋ねる。
「流儀?」
「……青田は別に謎を求めて汲々としているわけでは無いんですよ。自分が動くときには報酬を要求します。おわかりでしょう? 印税はまさにその報酬でした。が――」
志藤が青田のフォローに回るが、その言葉は途中で断絶された。その先は言わずもがなと言うべきだろう。出版するにあたって交渉を務めるはずの永瀬が裏返ってしまったのだから。どう考えても印税が発生するようには思えない――少なくとも永瀬を通しては。そして永瀬も事態を察する。
「わかりました。私は青田さんの推理を聞くために何かしらを提供しなければならない……ということですね」
「『何かしら』では無くて俺の要求は一つだけ。ゲームをしましょう。永瀬さんもそのおつもりがあるのでは? 何しろ特に誘導することもなく、ご自身で箱を挟んで俺の前に立つんですから――俺は自白でも始めるのかと思いましたよ。かつての藤田さんとのゲームでも、こういった形で対峙されたのでは無いですか?」
――だとすれば迂闊。
青田はあっさりと永瀬の『おかしな行動』を指摘して見せた。だがそれは本番では無い。永瀬が要求する『おかしな行動』をどれほどの精度で指摘できるか? それを青田は端的に示してみせたわけだ。もちろん挑発の意味合いもあるのだろう。そうと悟った永瀬の表情が一瞬こわばる。だがそれでも永瀬は深く頷いた。
「……良いでしょう。ゲームですね。そのボトルで行うのですね?」
「せっかく準備しましたからね。まずは元に戻しましょう」
言いながら青田は二列目のボトルを入れ替える。
「そうだ。交換する二本は永瀬さんが選びますか? 貴方ほどの『運』の持ち主であれば特に作為は必要無いでしょうし」
「……私の『運』が良いなんて、どこから思いついたんですか?」
言いながら永瀬は自らの前に並ぶ四本の左側――青田からは見れば右側――一本目と、それと対角の位置にある青田の側の四本、その右側の一本目を手に取った。そしてそのまま入れ替える。
「随分と遠い二本を入れ替えましたね。もちろんそれで結構です。それで永瀬さんの運の強さに気付いた理由ですか? そうですね。まず『不自然な死』を出現させるには強力な『運』の持ち主でなければならないだろう、と先にあたりを付けていました。そして別方向から永瀬さんの名前が浮かび上がってきたので、最終的には足し算の問題です」
「……そんなに『おかしな行動』をしていましたか?」
永瀬が半笑いを浮かべながら、どこか他人事のように重ねて尋ねる。青田はそれに対して深く頷きながらも、永瀬を留めるように左の手のひらを翳した。
「ゲームにも応じてくれるようですし、お答えしたいのは山々なんですが、先にゲームの準備を進めましょう。次は当然シャッフルです」
「相手側の四本ですね?」
「無論」
短く答える青田の声が合図だったように、まず永瀬が青田の前に並ぶ四本のボトルのシャッフルを始めた。青田はジッとそれを見つめ続け、今度は青田が永瀬の側の四本をシャッフルし始める。永瀬はその様子を見て苦言を呈した。
「……もう少し綺麗に並べませんか?」
「手元が暗いんですよ。俺の側のボトルもかなり乱れています」
「では、最後にお互いが並べ直すと言うことで」
「仕方ないですね」
青田と永瀬がそう申し合わせて、シャッフルされたボトルを綺麗に並べ直した。それを確認した青田が口を開く。
「さて、これで準備が整いました。あとは俺から飲んでいけば良いわけで……しかし全部飲む必要は無いんですよね? 永瀬さんの『運』をもってすれば一つ目で俺は口にしてはいけないボトルを引き当てるわけですから」
「そうなります」
青田のそんな確認に永瀬は薄ら笑いを浮かべながら応じた。その笑みに不吉なものを感じたのか。それとも、あまりに常識からかけ離れた状況に畏れを感じたのか。そういったものに押し出されるように志藤は青田に声を掛けてしまった。半歩だけ右足を進めて。
「……おい、青田」
「なんです? ここに来て横槍は勘弁していただきたいんですが」
「毒……じゃないんだよな?」
「そうですよ。あくまでゲームですから。大体どこから毒を調達するんです?」
「それは……」
青田のコネならば、それは決して不可能では無いはずで志藤もそれを知っている。それならば何故『調達できない』などと青田は言い出したのか?
「――では、ご説明しましょう。決定的だったのは藤田さんのお母様からお話を伺ったときですね」
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