言葉だけで(一)

 果たして何時頃の接触が小説家らしいのだろうか? ――そんな益体の無い事を志藤は考えてしまう。改めて接触手段を考えるが、考えるまでもないことだがそんなノウハウは無い。青田の使い走りをしていたときは責任を全て青田に預けてしまい、自分自身を俯瞰していた志藤だったのだが、自分から動くとなると色々と勝手が違う。

 何となく決定的な行動から目を逸らすように、色々日常の雑事を片付けていったが、それももう無い。今日は奈知子が打ち合わせのため外出しているので志藤は夕食の下ごしらえも終わらせてしまっている。カレイの煮付けは後は温めるだけで問題無いし、冷蔵庫の中には、わけぎと油揚げの酢味噌和えがガラス製のボールに入って鎮座してた。後は奈知子に任せれば形を整えてくれるだろう。

 掃除もさっさと済ませたが、これも何と言うことの無い仕事だ。柏市の賃貸マンション。その二階の2LDKともなればさほどのコツも要らないだろう。もちろん風呂、トイレも抜かりなく。つまりは――覚悟を決めるしか無い。

 志藤は寝室兼書斎であぐらをかき、ローテーブルに載せたノートPCの前で息を吐いた。そしてベージュ色のスウェットの袖をまくる。


 虎谷との「打ち合わせ」について志藤は永瀬にキチンと報告した。進捗を知らせるのは社会人として当たり前でもあるし、出版することが目標なら永瀬との間に溝を作るわけにはいかなかったからである。さらに他の場所でも「不自然な死」が発見されていることを悟られてはいけない、という縛りもある。あくまで藤田の死についての調査。この範疇に収めておかなければ……

 それならば永瀬には、あれこれ探られる前に適度に情報を伝えた方が良い、と志藤は俯瞰した。永瀬の性格的に「連続殺人」なんてものがチラついてしまえば最後、

「これは大当たりじゃ無いですか! 早速調査しましょう!」

 となってしまう可能性が高いと志藤は考えた。これで永瀬が暴走まで行ってしまうと、警察に事の発端を探られ虎谷まで辿られてしまう。そうなってしまえばあらゆる意味で最悪だ。虎谷に迷惑を掛けてしまう以上に、志藤自身が周囲からの信頼を失ってしまう。それがなにより恐ろしい。

 それに藤田の死について調べることによって、この段階で伝えなくとも結果的には同じ事になるのではないかと――虎谷の感覚を信頼するなら、ということになるが。それならば永瀬に伝えるのは「連続殺人」の輪郭が見えてからでも十分だろうと、志藤は納得することにした。

「凄いですね、志藤先生。まさか本職にアテがあるとは」

 だが志藤の心配を余所に、警察の人間から話を聞かせて貰った――そんな前振りだけで十分に永瀬は興奮気味だ。もっとも、それは「きっと永瀬は暴走する」という志藤の見立ての正しさの証明でもある。だからこそ志藤も永瀬の賞賛の受け止め方に迷った。

 前回とは違い、二回目の打ち合わせはよく使っている快談社近くの喫茶店で行われている。本来なら電話なりメールで十分なのだが、虎谷の話を聞いてしまった志藤が直接会うことを希望したわけである。永瀬も心地よくそれに応じた。

 そして現れた永瀬の出で立ち。黒のニットブレザーに、スリムジーンズ。相変わらずの志藤のコンプレックスを良い感じに刺激してくる。そのせいか永瀬の性格の見立てについては見極めたはずの志藤の腰が引けていた。パワードレッシングを受けたような状態に陥っている。

「……いや、まぁ、青田絡みで出来たコネだし」

「では、いよいよ青田さんの登場ですか? 警察から依頼された形も出来ましたし」

 やはり永瀬の興奮は終わらない。もっともそれが永瀬という人物の構成には欠かせない要素であるのだから、当たり前と言えば当たり前だ。だが、その提案に志藤はあっさりと首肯することが出来ない。青田に話を持っていくとなると、他にも発見されている「不自然な死」について言及しないわけにはいかないからだ。であるならば、せめて虎谷が漏らしてくれたアテについては目鼻立ちを付けておかなくては――あまりにも自分が子供の使い過ぎる。

 だからこそ「小説家」である自分が有利だと永瀬に伝えた上で、さらにこう志藤は切り返す。

「青田については、もう少しだけ待ってください。それに永瀬さんにもお願いがあります」

「私に? なんでしょう?」

「藤田さんのご家族に会うことは出来ませんか? いや、是非とも紹介して欲しい」

 虎谷の話では、どうにもドライな家族関係だったようだが、それならそれで悲しみに暮れる遺族に遠慮して、という気遣いは不要と言うことになる。であるなら、そちらも調査しておかねば――このまま話が進めば、間違いなく青田の指示で会いに行くことになるだろう。この見立てについて志藤には自信があった。だからこそ前倒しで調査を行う、という理屈にも自信があった。

「はぁ……確かにそれは私の受け持ちですね。可知案先生のご家族ですか」

「永瀬さんが苦労してくれれば、私も青田を紹介しやすいですし」

「やります」


 つまりアレは青田のファンという事なんだろうな、と改めて志藤は思い返した。それを上手く利用出来たわけだが、同時に自分の逃げ道を塞いでしまっている。永瀬が遺族と面会する段取りを整えるまでには、こちらも何とか形にしておかなくては。

 志藤が虎谷に教えてもらった問題のブログのタイトルは「カーバンクル調教法」――しばらくROMっていたが、いい頃合いのはずだ。

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