蹲る闇(五)

 気付けばファミレスでよく見られる光景が志藤と虎谷が座るテーブルの上で描かれようとしていた。それぞれのグラスはすでに空、虎谷が注文していたウインナーが半端に残り、それでいて注文した虎谷はまったく食べる気配が無い。さらに紙ナプキンだけが散乱し、それぞれのスマホがつき合わされ、それぞれの持ち主の顔を下から照らしている。

「……練馬と世田谷だ。他に『不自然な死』がある場所は」

「それは自殺として処理されているんですよね?」

 志藤が再度確認するが、虎谷はそれに反応しない。これ以上は漏らせないということなのだろう。しかしこれで終わってしまっては、志藤としては――もちろん青田も――動きようが無い。

「生意気なことを尋ねますが他の署の情報ってそんなに伝わってくるものなんですか?」

「それは……例えば本庁の捜査一課なりに配属されてずっとそのまま、ってパターンも確かにあるがそこから所轄に異動するパターンもあるんだよ。本人の希望でな。そうすると、だな」

 志藤はそこまで聞いて納得した。そういった理由で人脈が築かれるならば虎谷は「個人的に」そういった話を実際に確認しているのだろう。間違いなく全てが感触だけの話では無いらしい。いや感触は感触なのだろう。しかしその感触を複数の警察官が感じていたのなら、そこには紛れもない「本物」が存在しているのではないか? そしてそれが本当なら――取りあえずこの「連続殺人」についてはこだわることを止めた方が良い、と志藤は俯瞰する。

 下手をすると他署の誹謗中傷になりかねないからだ。その代わり原点となった藤田の死についてはまだ確認すべき事がある。虎谷の判断で漏らすことが出来る「何か」があるはず。実際それが無くては青田に話を持っていくとしても徒手空拳が過ぎるのだから。

「それでは……話を変えます。話を蒸し返しますが藤田さんの行動ってそんなにあやふやな物なんですか? 例えばSNSとか……そういった痕跡を辿ったりとか」

「ああ、それなら詳しく話せる。要は『防犯』の話になるからな。言うまでもない事だが、SNSの発達は当然良からぬ事を考えてる連中も気を付けている。決して、とは言わないがネットに痕跡を残さないように注意深くなっている。だからこそ、そんな注意をしてくる相手には気を付けた方が良い」

 なるほど。確かに「防犯」の話だ。志藤は思わず浮かべそうになった苦笑を堪える。

「だけどな、そういった“もの”をまったく使わないなんて事はやっぱり出来ないんだよ。そこでSNSからは隠れるように接触した上で、連絡方法を決めておく。当人達だけは理解出来る形でな」

「復号するための鍵を当人達が持っている……そういうことですね」

 暗号を伝えたい相手がだけが平易な文章、あるいは重要な意味を持つ文章だと読み取れる様にすることを「復号」と言う。暗号を「解読」出来るようでは、それはそもそも暗号として用を為さないわけだ。つまり、そういった用を為す――つまり暗号強度が高い――言葉がSNSを媒介に飛び交っているということになる。

 こうなってしまえば、警察の捜査方法もいにしえへと回帰してしまうことになってしまうのだろう。足で稼いで情報を採取していく手法に戻ることになり――やはり話が大きくなりすぎる。

 「不自然な死」に違和感を覚える、などという根拠だけでは。

「……藤田さんな。実はそのネットの方でちょっとトラブルになってたみたいなんだよ」

 不意に虎谷が告白する。「不意」と言うほどに会話が繋がっていないわけではなかったが、志藤も戸惑ってしまう。

「え? トラブル?」

「事件性があるって事なら、捜査としてはそこがまず中心になっただろうな」

「いえ、でも一月ひとつきは捜査したんでしょ?」

「一月は大袈裟だが確かに『話は聞かせて貰った』よ。だが、あくまで任意だし、それもややこしいんだ。警察相手と言うことで嫌がるタイプみたいだしな。その藤田さんのトラブル相手」

「そんなの私……ああ、そうか」

 志藤は自分が期待されている役割に気付いた。そしてそれは青田が乗り出してきても、同じ事を要求されるに違いない。つまり――小説家としての自分だ。そういう建前でトラブル相手と接触して欲しい。それが虎谷の伝えたい内容であり、それは虎谷がこのファミレスに姿を現した理由でもあるのだろう。

「そうだ。警察相手にするよりは向こうも態度は軟化する、と俺は考えている。それに『作家先生』なら――」

「相手の自己顕示欲を刺激できるかも知れないと? 確かにこの話のはじまりはそうでしたが、そんな事を言っている場合では……」

「しかし他にやりようがない。現状ではな。その上、他に『不自然な死』を漏らされても困るんだ。あくまで感触の話になってしまう」

「あくまで『藤田さんの死』についてだけ調査をしている風を装えと? いや、そもそもそれ以外やりようが無い……」

「結構な事じゃ無いか」

 志藤の訴えを無責任に虎谷が突き放した。だが責任云々を持ち出すなら、そもそも話を持ちかけたのは志藤なのである。その上、虎谷には貴重な情報まで漏らして貰っているのだ。志藤は「自分の役割」について納得すべきだと俯瞰した。

 例え調査の先に連続殺人があるとしても、今志藤に出来る事は警察以上に少ない。むしろ警察よりも優位な点があるだけ幸運と考えるべきだろう、と。

 こうして二人はお互いの納得の元に必要な情報を交換し――松戸市のファミレスをあとにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る