蹲る闇(四)
踏み込んだがしかし志藤としては即座にそれを引っ込めるつもりであった。つまりは否定されることを前提に質問を投げかけ、そんな勘違いをされ続けるよりマシ――という建前を虎谷に使って貰う。そんな計画であったのだ。だからこそ突飛な考えを口にした。
もっとも突飛すぎては即座に否定されて終わってしまう。志藤はある程度は説得力のある推論にしたつもりだ。まず、毒物の追跡調査が難しいという話。そこから連想できるのは当たり前に他の管轄に捜査を依頼することのややこしさがあると志藤は考えた。ましてや状況がはっきりしない「不自然な死」である。自殺で収めることも出来るし、遺族も突き放すほど素行がよろしくないらしい藤田の死の真相を探るための依頼となれば……虎谷も「自殺」で収めるべきだろうと納得したのではないか?
だが、そこで虎谷の「引っかかり」が再燃した。その「引っかかり」は忙しい仕事の中で即座に思い出せるようなこと。ある程度、同僚に藤田の家での捜査を確認するほどの積極性を持たせるような「引っかかり」。となれば素人たる志藤が自然に考えるのは――
――より大規模な犯罪が関わっているのではないか?
と、言うことになる。大規模というのは単純に捜査範囲の話だ。だが大きくなればなるほど再捜査に取りかかるのはなかなか難しいものがあるのだろう。そこで志藤は「連続殺人」を匂わせる言葉を口にすることで、まずは話のとば口にする目算だったはずなのだが……
「志藤。それはお前の情報提供者が持っていたものか?」
気付けば虎谷の表情が、思わず生唾を呑みたくなるほど厳しくなっていた。志藤はその問いに慌てて首を横に振る。そして、そんな仕草だけでは到底身を守れないとばかりに慌てて言葉を添えた。
「ち、違いますよ。虎谷さんの話を聞いて、適当にでっち上げただけです」
「何だか青田さんが乗り移ったんじゃ無いのか、作家先生。……わかった。それは信じよう」
「それよりも……まさか本当に?」
「本当だとわかっているなら、とっくに捜査してるさ。単純に気持ちの悪い偶然があるってだけの話――そういうことになっている」
「でも毒……」
「毒が共通しているわけじゃない。共通項はただ『不自然な死』があるだけ」
志藤は自らの表情が訝しげに歪められるのを止めることが出来なかった。いくら何でも虎谷の妄想に思えたからだ。いや、正確に言うと虎谷の言葉を信じたくない自分がいる――と志藤は俯瞰した。何しろ虎谷の話を受け入れしてまえばそれは……
「連続殺人? 本当に?」
「お前が言い出したことだろ? 何か察する所があったんじゃ無いのか?」
「それは何か言いたげな虎谷さんの様子を見ていたからですよ。私は『不自然な死』が他にも起こっているなんて事も知りませんでしたし」
「そうか……そうだな。確かに俺が不自然だった――のかも知れない」
そう認めると同時に虎谷はグラスに残った三分の一を飲み干した。志藤もそれに倣い一端整理しようとする。もっとも整理が必要なのは予想外に「当たり」を引いてしまって、動揺した自分の心。話自体は簡単になると志藤は俯瞰した。
虎谷の話に何かしら根拠があるのかはわからないが、他にも「自殺とも事故とも他殺とも」判別できない死の形がある。そして警察はそれを「自殺」と判定して処理してきた。そんな話なのだろう。だが今回……だけかどうかもわからないが、わかりやすい「毒」というものが出てきた。しかし結局は「自殺」になってしまった。それが虎谷の「引っかかり」なのだろう。だがそれだと首を捻る――いや気付きたくない事実とセットになっていることが推測できるのだ。
だが、ここで尻込みしていても仕方が無い。それにこの推測はほとんど「当たり」だろうと志藤は諦めていた。
「所轄以外でも、そういった『不自然な死』が見つかっているんですね?」
「……ああ」
「だが、それはすでに『自殺』として処理されているから、掘り返すわけにはいかない――ねぇ、虎谷さん」
志藤は意を決して虎谷の名を改めて呼んだ。
「そんな事が本当なら……一体どれほどの『殺人』が隠されていると考えているんです? これってとんでもない話なんじゃ?」
「自殺」に疑義を挟み込み、尚且つこれほど虎谷が深刻に捉えている以上、結論としては「他殺」――つまりは「殺人」だ。志藤はそれをはっきりと口にすることで、虎谷に詰め寄った。
「……俺が考えてるだけで二件。ああ、今回の件を含めれば三件か。だがそれも東京だけの話だし、下手をすればもっとマズいことになっている可能性もある」
「そんな……」
自殺だと思っていた「死」が「殺人」であるとするなら、その「死」がいつ自分に降りかかってくるのかわからない。殺人者が、今も獲物を探して歩き回っていることになるのだから。いや、それより前に――一体どれほどの闇がすぐ側に蹲っているということになるのだろう?
殺されたことにも気付かず気付かれず、ただただ「自殺」と処理されてしまった、そんな落とし穴の様な闇だ。
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