第29話
☆☆☆
それからの2年A組は見違えるくらい仲のいいクラスになった。
多少の喧嘩はあるけれど、互いに納得するまで話し合って仲直りができる。
ひとりぼっちでご飯を食べる子もいないし、学校にこられなくなる子もいない。
楽しい時間はあっという間に過ぎ去っていく。
夏休みも、体育祭も、文化祭も、新年も、あたしはクラスのみんなと一緒に過ごすことができた。
そして、4月。
3年生に進級する前日の日、あたしと洋人君は公園で会っていた。
洋介君との思い出がある、あの大きな公園だった。
「明日には俺の記憶から千奈が消えてるんだよな?」
2人で歩きながら言われて、あたしはうなづいた。
「そうだよ。みんなは3年生になるんだもん」
「わかってるはずなのに、なんか実感がないんだよなぁ」
洋人君はそう言って両手を頭の後ろで組んだ。
実感がないのはあたしも同じだった。
本当にみんなの記憶を消してしまうんだと思っても、なんだかピンときていない。
ただこの1年間が本当に、夢のように楽しくて、まだ夢を見ているような気がしている。
「洋人君、手をつないでくれる?」
石段までたどり着いたとき、あたしは右手を差し出した。
洋人君は当然のようにあたしの手を握り締めてくれる。
一瞬だけ、洋人君の顔が洋介君とだぶってみえた。
近親者なのだから似ていて当然だけど、洋介君には洋介君の、そして洋人君には洋人君のよさがある。
そして今あたしは、洋人君のことが好きなんだ。
太陽は徐々に傾き始めていて、2人の時間がもうすぐ終わってしまうことを告げていた。
「もう、消すのか?」
聞かれて、あたしはうなづいた。
「家に戻ってからじゃ決心がつかないかもしれないからね」
「そっか……」
洋人君は正面からあたしの顔を見つめた。
とても真剣に、そして真っ直ぐに。
あたしはちょっとくすぐったさを感じてうつむくけれど、洋人君が右手であたしのあごを引き上げた。
「ちゃんと見せて。心に刻んでおきたいんだから」
「うん……」
胸の奥に痛みが走る。
本当は記憶を消したくなんてない。
ずっとこのまま一緒にいたい。
そう願っている。
けれどそれは叶わない願い。
あの小説の主人公たちのように、あたしたちは身分違いの恋をしているんだ。
「じゃあ、またね」
「あぁ。また出会う日まで」
「さよなら、洋人君」
「さよなら、千奈」
あたしは洋人君の手を強く握り締めた。
そして目を閉じる。
みんなの記憶の中から、あたしを消してください――。
あの時どうしても願えなかったことを、心の中で強く願った。
「千奈っ!」
名前を呼ばれ、ハッと息を飲んで目を開ける。
洋人君の顔が目の前にあり、唇に柔らかな感触がぶつかった。
初めての感触に頭の中が真っ白になる。
今のは、キス……?
そう思った瞬間、あたしの頭の中でパチンッと何かがはじける音がした。
あ、今みんなの記憶が……。
洋人君から手が離された。
キョトンとしてあたしを見つめている。
「君は、誰?」
洋人君はあたしに忘れられない楽しい思い出と、初めてのキスを残して、そして、記憶が消えた。
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