第26話

「で、でもあたしは1年後にはもう記憶を消してるんだよ?」



「かまわない。だから俺たちはまた出会うんだ。いちからはじめるんだよ」



いちから、はじめる……。



記憶を消してしまえばすべてがなくなってしまう。



次の年はまた新しい人生を歩むことになる。



そう思っていたけれど、洋人君は違った。



たとえ新しい人生だとしても、また出会おうと言ってくれる。



「記憶が消えても心には残る。だからこの1年間を楽しい思い出で埋め尽くすんだ。そうすれば俺は、千奈のことを心にとどめておくことができるから!」



洋人君の言葉に胸がじんわりと熱くなっていく。



そんな風に考えたことなんて今まで1度もなかった。



こんなに長く生きてきたのに、気がつかされることはまだまだ沢山ありそうだ。



「本当に、そんなことができるかな?」



「できるさ! 俺のじいちゃんがやったんだぞ? 俺にだってきっとできる!」



洋人君はそう言いきった。



力強い言葉に涙が滲んでくる。



「だからさ、ちゃんと学校に来いよ」



あたしの体はようやく椅子に戻された。



ホッと息を吐き出すと、手に汗をかいていることに気がついた。



「でも、あたしが行くとクラスがめちゃくちゃになっちゃいそうで怖くて」



「そんなことない! そうなったら、俺や真夏や綾がどうにかしてやるから!」



みんななら、きっとあたしの味方をしてくれると思う。



でも、本当にそれでいいのかな。



まだ心には迷いが生じていた。



「甘えればいいんだよ」



洋人君の言葉に顔を上げる。



そこには包み込むような笑顔を浮かべる洋人君がいて、一瞬洋介君の顔がダブって見えた。



「長く生きてきた分、自分にも厳しくなってるんだろうけれど、俺たちに甘えればいいから」



「洋人君……」



「千奈のことは俺が守る。だから、心に残る思い出を一緒につくろう」



あたしは覚悟を決めて、大きくうなづいたのだった。

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