第24話

2人の笑顔を思い出すと、胸がチクリと痛んだ。



結果的にみんなを騙していたことになるのだ。



「そんな……」



「だから、中学2年生が終わるころあたしはまたみんなの記憶を改ざんしなきゃいけない」



「改ざんって、今度はどうするんだよ?」



「今度はみんなの中からあたしの記憶を消すの。浅海千奈なんて最初からいなかったことになる」



言いながら、声が震えてしまった。



今まで何度もしてきたことなのに、どうしてこんなにつらい気持ちになるんだろう。



「俺も、千奈のことを忘れるってことか?」



「そうだよ」



洋人君がどれだけつらそうな顔をしても、あたしはうなづくしかなかった。



余計な期待はさせちゃいけない。



これ以上、あたしの人生に巻き込んでもいけないから。



「それってどうにかならないのか? 13歳でも14歳でも、そんなに変わらないだろ?」



「ダメだよ。そうやってずるずる生活をしていても、高校生や大学生になったらどうするの? あたしはずっとこの姿のままで、みんなだけ大人になって行って。あたしはそういうのを見るのは辛いんだよ?」



「でも……っ!」



洋人君はどうにかならないかと、眉を寄せて考え込んでしまった。



「それなら、俺の記憶だけ残しておくことは?」



「それも、できない」



あたしも、それができればいいなと思ったことは何度もある。



2人だけの秘密を共有して生きていくのだ。



でも結局時間がたてば同じようなことになると気がついた。



相手ばかり成長してあたしは変わらない。



そんな生活を続けることができるとは思えなかった。



いずれ相手があたしから離れていくか、あたしから離れていくか、どちらかの運命しか存在していないのだ。



赤の他人の中学生と大人が一つ屋根の下で暮らしていて、黙っている人も少ないはずだ。



「なんで……」



現実を突きつけられた洋人君がうなだれる。



全身の力が抜けていくように、グッタリと。



そんな姿は見たくなかった。



2年生にあがるまでまだまだ時間はあるのだから、洋人君の笑顔が見たかった。



「本当はすぐにでも記憶を消すことができるの」



そう言うと、洋人君は顔を上げてあたしを見つめた。



その目には恐怖が浮かんでいる。



「大丈夫だよ。すぐに記憶を消すことはできなかったから」



あたしは自嘲気味に笑って言った。



「美鈴さんたちにこの屋敷に暮らしていることを知られて、魔女の話までされて、これ以上みんなを巻き込むことはできないと思って、記憶を消そうと思ったの。だけど、できなかった。何度も何度も洋人君の顔が浮かんできたから」



一気に言って、息をついた。



洋人君が目を見開いてあたしを見ている。



あたしは恥ずかしくなって視線を伏せた。



「俺のため?」



「それは違うよ。自分のため」



本当にみんなのことを考えるのなら、とっくに記憶を消してしまっている。



それができないのは自分のせいだ。



洋人君はアルバムに視線を移し、「本当に、沢山生きてるんだな」と、呟く。



「そうだよ。だって、戦国時代からだもん」



あたしはクスッと笑って答えた。



「その時代って大変だったか?」



「そうだね。毎日毎日どこかで戦いがあったよ。戦うことで自分の領土を広げて強さをアピールできる時代だったし」



「一番楽しかった時代は?」



聞かれてあたしは空中へ視線を向けた。



「テレビができたときかな。東京オリンピックが開催された時代だけど、わかる?」



聞くと洋人君はうなづいた。



「知ってる。1964年だろ? じいちゃんが見たって言ってた」



「そうなんだね。あの頃はどこの家でもオリンピックにあわせてテレビを購入してた。あたしの家でもそうだったよ」



「家って、ここのこと?」



「ううん。あの時はこの洋館にまだ人が暮らしていたの。あたしは同年代の女の子がいる家の次女になってた」



「家の人の記憶を改ざんして?」



あたしはうなづく。



今はひとり暮らしをしているけれど、そうやって人の子供として生活することも多かった。



「お金とかってどうしてるんだ?」



「500年も生きていれば、ある程度お金の稼ぎ方もわかってくるよ。13歳でできる仕事なんて今は限られているけれど、昔はそうでもなかったし」



「そっか。その頃に沢山貯めておいたのか?」



あたしはうなづいた。



誰かの子供になっているときはお金もいらないし、それほど大変な暮らしではなかった。



古銭は今では大変値打ちが出ているものもあり、コレクターに売ると生活に困ることもない。



「大変だったんだな」



不意に洋人君があたしの手を握ってきたので、一瞬体を硬直させた。



「別に、それほどでもないよ」



生き方は十分にわかっている。



大変なことも沢山経験してきたけれど、結局のところ慣れてしまうことが一番だった。

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