第22話
玄関横の窓から外を確認してみると、思っていた以上に大雨が降り注いでいる。
その軒先で洋人君がずぶぬれになって立っているのだ。
「なんで!?」
思わず声を上げてしまった。
軒先に入ってればこれほどぬれることはない。
雨が降り始めてからも家の周りをウロウロしていたのかもしれない。
ブルリと身震いをする洋人君を見ると、もうほってはおけなかった。
風邪を引いて学校に行けなくなったり、サッカーの試合に影響が出たりしても嫌だ。
あたしはすぐに玄関ドアを開けていた。
ギィィィとひどくきしむドアを開けると、そこにはずぶぬれで驚いたように目を見開いている洋人君がいた。
「本当に、ここに暮らしてたんだな」
洋人君はあたしの顔を見ると笑顔になって言った。
あたしは目をあわせられなくて、ただうなづく。
「入って」
そう言うと、洋人君は小さくうなづき、屋敷内へと足を踏み入れたのだった。
☆☆☆
ここに他人を入れるのも初めての経験だった。
あたしは客間に洋人君を案内し、暖かな紅茶とタオルを差し出した。
「サンキュ」
洋人君は髪の毛を少し乱暴にタオルで拭いて、紅茶を飲む。
「なにこれ、うまいな」
「前にインドに行った時に買ったの」
「インド?」
「そう、30年くらい前」
あたしはそう言って紅茶を一口飲んだ。
芳醇な香りが口いっぱいに広がり、甘みがなくても十分においしいと感じられる。
これはご飯と一緒に飲んでも合う紅茶だった。
「30年……」
洋人君の表情が険しくなり、テーブルの上にカップを置いて居住まいを正した。
あたしはうなづく。
「話を聞かせてくれるか?」
「わかった」
洋人君を屋敷に入れるということは、そういう話をするということだとわかっていた。
あの時からあたしはすでに心を決めていたのだから。
「あたしはもう、500年くらい生きているの」
「500年」
洋人君は笑わなかった。
ただ、500年という途方もない年月を思って呆然としている。
「今では戦国時代って呼ばれてるのかな? そのくらいの時代だよ」
「あぁ。歴史の授業で習ったことがあるよな」
「そうだね」
あたしはうなづき、大きな棚に近づいた。
西洋の立派な本段だ。
その下は引き出しになっていて、開けると何冊ものアルバムが入っている。
これらはあたしが生きてきた証拠になるものだった。
テーブルの上でそれを開くと、洋人君は一瞬眉を寄せた。
「これって千奈?」
白黒写真を指差して聞いてくる。
「そうだよ。それはまだ最近の写真。90年くらい前かな?」
白黒写真にはあたしと同年代の子たちが写っているが、海外にいたときに撮影したものだった。
海外で学生をやっていたときに校舎内で撮影した。
「もっと前になると、この辺かな」
あたしはページをめくって洋人君に見せた。
そこには写真ではなく、あたしの自画像が挟まっている。
まだ写真が存在していなかった時代だ。
それを見て洋人君はこめかみに指を押し当てた。
「大丈夫?」
「あぁ。大丈夫」
そう答えるものの、顔色はよくない。
あたしはアルバムを閉じて、紅茶のお変わりを準備することにした。
カップを持ってキッチンへ向かう。
洋人君がどんな反応をするかわからない。
もしかしたら信じてくれないかもしれないし、美鈴さんたちのように魔女と呼ぶかもしれない。
どっちにしても、もう今までどおりの関係ではいられなくなると思う。
それでも、もう後戻りはできなかった。
新しく紅茶をいれて客間へ戻ると、洋人君が熱心に写真を眺めていた。
「どれもに千奈が写ってる」
「うん。どんなことがあったのか、そうやって記録しておくことが好きなの」
つらくなるからあまり写真を見返すことはないけれど、ひとりきりになってどうしても寂しいとき、アルバムを開くのだ。
そこには今まであたしに優しくしてくれた人たちがいる。
思い出しているとだんだん安心してきて、よく眠ることができる。
「本当に、不老不死なんだな」
洋人君の言葉にあたしはうなづき、そして右手首を見せた。
そこに残されている傷に洋人君が息を飲むのがわかった。
「自分で切ったの。死ねないんだって証明をするために」
「証明?」
聞かれて一瞬口ごもる。
洋人君へ向けて他の男の子の話をするのがためらわれた。
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