第20話
☆☆☆
この洋館はあたしにとって暇つぶしに最適な場所だった。
本の量はもちろんのこと、2階はすべて趣味の部屋となっていて、レコードが山のように置かれている音楽の部屋や、キャバスや絵の具が大量に買い置きされていた絵描きの部屋などがある。
どれもあたしが名づけたものだ。
ここへ来て数年は屋敷から出なくでもいいくらいだった。
この屋敷内で得た知識も沢山ある。
それでもあたしは外へ出た。
本を沢山読み、沢山の音楽を聴いて、沢山の絵を描いて。
やっぱりそれらを外に出て感じたいと思ったから。
本に出てきた実際の場所に足を運んだり、歌手や作詞家たちの地元に訪れたり、素敵な風景画を描きたくて場所を探してみたり。
そしてまた、あたしはここに戻ってきた。
沢山のものを見てきたはずなのに、今のあたしの頭の中には洋人君のことでいっぱいだった。
なにをしていても洋人君の顔が浮かんできてしまう。
どうにかしてそれを忘れたくて、あたしは音楽の部屋でレコードをかけて大声で歌った。
どれだけ歌ったって、周りは森だから関係なかった。
歌っている間は心が晴れやかになって、気分がスッキリとする。
だけどやっぱり頭の片隅には洋人君がいた。
だから、次の日もまた次の日もみんなの記憶を改ざんすることはできなかった。
ろくに寝ていなくても、食べていなくても死なないから、生活はだんだん乱れてくる。
夜も昼もなくなって、学校も休みっぱなし。
そうして一週間ほどが経過したときのことだった。
本の部屋で読み飽きた書物を広げていると、庭先の方で足音が聞こえてきたのだ。
大きな屋敷でもあたしひとりしかいないし、本の部屋は庭に近い位置にあるのですぐにわかった。
あたしはハッと息を飲んで廊下へかけ出た。
廊下にある窓から外の様子を伺ってみると、そこには渡り中学の制服を着た2人の女の子の姿があったのだ。
「真夏と綾……!」
思わず大きな声を出してしまいそうになり、両手で口をふさぐ。
あの2人が本当にここまで来てしまった!
焦りで背中に冷や汗が流れていく。
その時綾が2階へ視線を向けたので、あたしはすぐにしゃがみこんだ。
心臓が早鐘を打ち始める。
玄関も1階の窓のカギも全部ちゃんとかけているから、きっと大丈夫だ。
両手で口を塞いだまま、外の音に意識を集中させる。
2人は屋敷の玄関周辺で行ったり来たりしていて、入れるかどうか確認しているみたいだ。
「思ってたよりも綺麗だよね」
綾の声が聞こえてくる。
「本当だね。誰かがちゃんと管理してるんだよ。お化け屋敷なんて嘘じゃん」
真夏は怒った声を上げている。
妙な噂のせいであたしが休んでいると思っているのかもしれない。
「もしかしたら誰かが入居するのかもしれないし、今日はもう帰ろうよ。外観だけで十分わかったからいいじゃん」
「うんそうだね。これで美鈴と雅子を黙らせることができる!」
真夏が満足そうに言い、2人の足音が遠ざかっていく。
足音が完全に聞こえなくなってからあたしはそっと立ち上がった。
窓の外を確認すると、2人の姿はすでになかったのだった。
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