第19話

どうせ1年間だけなんだから楽しんでしまおうと考えたのが悪かったのだ。



楽しむところか、本気で洋人君のことを好きになってしまった。



1年間だけでいいから、一緒にいたいと願っている自分がいる。



悩んだまま何度か記憶の改ざんを試みているうちに、窓から朝日が差し込んでいた。



昨日家に戻ってから着替えもせず、ご飯も食べていない。



不老不死だからなにも食べなくても平気だけれど、空腹は感じられるから不便だった。



仕方なくベッドルームからキッチンへと移動して、冷蔵庫から出来合いのおかずを取り出す。



炊飯器に残っている冷たくなったお米をお茶碗についで、レンジで温めて、それを食べた。



ひとりきりの食事はいつもこんな感じで終わる。



そんなときでも、あたしの頭の中には洋人君の存在が浮かんでは消えていっていた。



一緒に食べたハンバーガーはどんな食べ物よりもおいしいと感じられたっけ。



その時の味を思い出すと、途端に目の前にある食事が味気なく感じられてしまい、途中で箸を置いた。



急速になくなっていく食欲。



残ったおかずは冷蔵庫に戻し、自分の体を見下ろした。



制服はクシャクシャにシワができてしまっている。



「学校、行きたくないな……」



行けばまた洋館だの魔女だのと噂をされる。



あたしが噂の対象になることは問題じゃないが、それが原因でクラスメートたちの関係にヒビが入るのが嫌だった。



あたしはクラスをめちゃくちゃにするために中学校に通い始めたわけじゃない。



結局、この日はどうしても気乗りしなくて、無断で学校を休んでしまった。



普通なら家に電話があるはずだけれど、ここに電話は通っていない。



先生に、あたしから電話をかけたという記憶を植えつけるのは簡単なことだった。



それらが終わってから私服に着替え、あたしは屋敷の2階へと向かった。



家具も生活用品も、以前暮らしていた住人がほとんど残していっているため、各部屋に生活観が残っている。



あたしは2階の最奥の扉を開けた。



畳で言うと20畳以上はあるその部屋は、壁前面に本棚が置かれていた。



上から下まである本棚にはぎっしりと書物が詰め込まれている。



海外の本が多かったが、中には日本の小説や歴史の本も置かれていた。



前の住人はかなりの読書家だったみたいだ。



あたしは本棚の中から一冊の恋愛小説を取り出して、部屋の中央に置かれている揺れ椅子に腰をかけた。



椅子はギィと悲鳴を上げたものの、まだ壊れずにあたしの体重を支えてくれている。



「私は彼のことが好きだけど、それでも気持ちを伝えることはできなかった」



あたしは小説の一説を声に出して読み上げる。



もうすでに暗記するほど読んだ恋愛小説だ。



身分違いの男女が恋に落ち、互いに好きだとわかっているのに伝えることができない。



2人の気持ちに気がついた周囲の人間が邪魔をしに入り、2人は更に追い詰められていく。



そして最後に2人は池の中で入水自殺をしてしまうという悲恋だった。



あたしは時間がたつのも忘れてその物語に入り込んだ。



どうしても伝えられない気持ち。



どうしても一緒になれない苦しさ。



それでも2人でいようと決めた男女。



「残された人たちはどんな気持ちだったんだろう」



あたしは本を読み終えて呟く。



この物語を読んだ後、必ず思うことだった。



物語は男女中心に繰り広げられているから、残された人間の苦しみや悲しみ、もしくは憎しみは出てこない。



だけどそこにもきっと沢山の物語があったはずだと、あたしは思う。



「残されたほうもきっと、悲しかったのにね」



呟くと、涙がこぼれてしまった。



慌てて指先でぬぐい、立ち上がる。



ここに置かれている本はすべて一通り読み終えてしまっていた。



最初の頃、海外の本を読み進めるのはさすがに困難だったけれど、今では難なく文字を追いかけることができる。



英語に中国語にフランス語は、日本語と同じくらい習得しているという自負があった。



これが普通の13歳なら、テレビでもてはやされていたかもしれない。



テレビに出ることなんて、絶対にできないのにね。



そう考えてひとりで悲しく笑った。

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