第17話
☆☆☆
「千奈おはよー!」
元気いっぱいに声をかけてきたのは真夏だ。
真夏のなにがあっても変わらない笑顔に癒される。
「おはよう真夏」
「千奈、今日はあいつらなにも言ってきてない?」
さっそくそんな風に質問してくる。
あいつらとは、もちろん美鈴さんたちのことだ。
あたしがここにいなければ、真夏と美鈴さんたちが嫌いあうこともなかったはずだ。
「大丈夫だよ。それより真夏は宿題してきた?」
いつも宿題を忘れる常習犯である真夏へ向けてそう聞くと、途端に泣きそうな顔になってしまった。
思ったとおり、やってきていないみたいだ。
「ほら、早くしなきゃ提出できないよ?」
「うぅ……わかってるよぅ」
真夏は泣きそうな顔のまま自分の席へと向かったのだった。
ひとりになってホッと安堵の息を吐き出した。
これでいい。
あたしはもともとひとりなんだから、大丈夫だ。
そう思って、机の中から教科書を取り出したのだった。
☆☆☆
「今日はひとりなんだね? やっぱり魔女だから?」
休憩時間中にそんな声をかけてきたのは美鈴さんだった。
よこには安定の雅子さん。
あたしは返事もせずに教科書に視線を落とした。
「返事くらいしなよ」
雅子さんがあたしから教科書を奪い取る。
咄嗟に視線を合わせてしまった。
このまま無視しようと思っていたのに、そうさせてもらえないみたいだ。
「教科書、返してくれる?」
「はぁ? あんた人の話聞いてた?」
雅子さんがニヤついた笑みを浮かべた。
「魔女だからひとりなのかって質問したんだけど?」
美鈴さんが更に言葉を続ける。
黒い感情が溢れそうになるが、それをグッと押し殺した。
ここで言い返したり、喧嘩をしたら本末転倒だ。
「ちょっと、いい加減にしなよ」
無視しようと決めたところで、いつの間にか綾が近くまで来ていた。
2人を睨みつけている。
「綾、かまわなくてもいいから」
「ほっとけないでしょ。友達なんだから」
綾の目は真っ直ぐだ。
あたしが何を言っても聞き入れてもらえそうにない。
「ごめん、あたしひとりになりたいの」
こんな言葉使いたくなかったけれど、わかってもらうために言うしかなかった。
あたしの言葉に綾が目を見開く。
美鈴さんと雅子さんは同時に目を見交わし、そしてまたニヤついた笑みを浮かべた。
「ひとりになりたいんだって。魔女だもんね。人間の友達なんていらないよねぇ」
雅子さんは必要に嫌味を投げかけてくる。
あたしは今度こそ聞こえないフリをして、教科書に視線を落とす。
何度も勉強してきたことでも、時代が移りかわっていくことで教科書の内容も変わっていく。
結局何が正しいのかなんてとっくにわからなくなっていた。
「ごめんね綾」
あたしは綾のほうを見ずに小さな声で言ったのだった。
☆☆☆
昼休憩の時間になっても、あたしはひとりで給食を食べていた。
真夏と綾が誘ってくれたものの、首を縦には振らなかったのだ。
洋人君は気にして何度も話かけてくれたけれど、それにもあまり反応しなかった。
やがてみんな諦めたようにあたしから離れていく。
これでいいんだ。
友人を失ってしまったことは辛いけれど、暇つぶしの勉強ができるのだから問題はない。
あたしはもともとそういう人生を送っていたんだから。
あたしはそう言い聞かせながら、味気ない食事を終わらせたのだった。
☆☆☆
思えば、学生を経験するときはいつも友人と一緒にトイレに行ってたっけ。
ひとりでトイレの個室に入って、ふと思い出す。
少し昔の先生は『トイレくらいひとりで行きなさい』と言っていたけれど、それより前の先生は『トイレには複数人で行きなさい』と言っていた。
セキュリティが甘くて、部外者が校内に入り込むことが当時は多かったからだ。
それに比べれば今はとても平和になった。
学校の外には監視カメラが設置され、24時間体勢で学校を見張っている。
それに対して安全になったという人もいれば、息苦しくなったと言う人もいる。
沢山の人を見てきたから、他人の考えは簡単にはわからないということも、ちゃんとわかっているつもりだった。
用を終えて出ようとしたとき、誰かがトイレに入ってくる音が聞こえてきた。
そしてすぐに会話が始まった。
「あの噂、本当だったりして」
その声は真夏のもので、カギを開けようとしていた手が止まった。
「魔女の噂?」
綾が答えている。
出て行くタイミングを失ってしまったあたしは、2人の会話に耳を傾けるしかなかった。
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